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七十四、少しずれている二人三脚

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「カード形式のレシピに、それを複数枚閉じることが可能なカバー。鉄製の板に、磁石で紙を固定する。様々な形の物を作り、磁石を嵌め込んで遊具や学習道具とする・・・随分と有意義な茶会だったようだな、デシレア」 

 ほくほく顔の三家が帰った後、改めてふたりでお茶を飲みながら、オリヴェルはじとりとデシレアを見た。 

「わ、私は普通にお話をしていただけです」 

「君にとっては、そうなのだろう。だがな、デシレア。君の考える物は金になる。幸いこれまでは勝手に使用されるなどの被害に遭っていないが、この先もそう上手くいくわけではない。手痛い思いをしないよう、発言には充分注意するように」 

「はい。以後、気を付けます・・・ふふ。オリヴェル様、お父様のよう」 

「俺は、手のかかる子どもを持った気分だ」 

 はあ、と大きく息を吐き、オリヴェルはカップを手に取る。 

「すみません。お話ししているうち、色々浮かんで楽しくなってしまったのです。ゼリーを喜んでくれたのも嬉しくて」 

「まあ、あの三家とは正式に契約も結んだし、信用もおけそうだから然程気にしなくてもいいがな・・・だが、何を話ししたのかは絶対に報告するように」 

 オリヴェルの言葉に、デシレアの表情が一気に明るくなった。 

「はい、それはもちろんです。それで、あの。実は、また今度お茶をしましょう、と言われているのですが、大丈夫ですか?」 

「その辺りは自由にするといい。気にし過ぎて、デシレアが自由に考えることが出来なくなるのは、本意では無いからな」 

「ありがとうございます、オリヴェルお父様」 

「その言い方はやめろ・・・何か、いけないことをしている気持ちになる。そうだな。言うなら父上に言ってやってくれ。物凄く喜ぶ」 

 ふざけて言ったデシレアに、一瞬とてつもなく嫌そうな顔をしたオリヴェルが、何かを思いついたように口角をにやりと上げた。 

「ああ・・・それは、確かに」 

 オリヴェルに意地悪く言われ、デシレアは気の抜けたような声を出す。 

「あれほど舞い上がっている父上というのも、珍しいからな。母上もだが、デシレアが娘になるのがとても嬉しいらしい。まあ、俺の妻、になるのだから、正式には娘ではなく嫁なのだが」 

 少し照れたように言うオリヴェルにも気づくことなく、デシレアはあの、鴨を携えてメシュヴィツ公爵夫妻がやって来た日を思い出していた。 

 

 おふたりとも、とてもお優しくて頼りになって、導いてもくださって、とっても感謝しているのですけれど、あれは、凄かったです・・・・・。 

  

 オリヴェルが薬を盛られた事件の話を聞いた際、エーミルは『どうしても抹消したい記憶、声がある。そのためにはデシレアの協力が必須だ』と言い出し、デシレアに『エーミルお義父様』と呼んで欲しいと懇願して来た。 

 一体どんな嫌な目に遭ったのか、と心配して聞いていたデシレアは、その願いに思わず耳を疑った。 

 何があれば、そのような事で記憶を払拭できるのかとも思ったが『思い出すのも悍ましい相手にそう呼ばれた』と余りにも必死に言われ、恥ずかしく思いながらもデシレアがそれを音にした途端、公爵は目を輝かせて喜び、幾度も呼ぶ羽目になってしまった。 

 そして、それを聞いていた公爵夫人も『アマンダお義母様と呼んで』と言い出し、結果デシレアはふたりの間に座らされ、延々とその言葉を言い続けることとなった。 

 

 嫌では無かったですけど、何というかこう、目の輝きと圧が凄かったです・・・・・。 

 そしてエーミルお義父様。 

 すみません、バージンロードは実家の父と歩きます。 

 

「まあ、それはさておき。あの三家は、上手く事業を展開しているだけあって、夫妻揃ってなかなかの遣りてだったな」 

 オリヴェルの言葉に、あの茶会を思い出したデシレアもしみじみと頷きを返す。 

「そうですね。あの時はよく分かっていませんでしたが、今になって、ご夫人方も立派な戦力なのだと痛感しています。私も、オリヴェル様のお役に立てるようになりたいです」 

「デシレアは、今のままでいい」 

「オリヴェル様・・・それって、役立たずのままでい・・いぃっ、なんて、拗ねたこと言わないです!すみません、ごめんなさい、分かっていたのに曲解したふりをしました!」 

 軽い口調で、ぽんぽんと言いかけたデシレアは、オリヴェルの眼鏡がきらりと光るのを見て、即座に態度を改め深く頭を下げた。 

「まったく」 

「あ、あのそのあの・・・ああ!それに、あの器に注目してもらえたのも嬉しかったです」 

 あたふたと話題を変えたデシレアをちらりと見るも、オリヴェルはそれ以上詮索することなく、ああ、と息を吐く。 

「彼等がデシレアの才能に目を付けたのが分かったからな。あのゼリーと器で引き付けておけばそれ以上のことは、と思ったのだが、俺の読みが甘かった」 

「ゼリーと器・・・なるほど、あれにはそんな思惑が」 

 新事業の匂いを察知した夫人達が、それだけに集中すればというオリヴェルの策だったのだと気づき、デシレアがぽんと手を打った。 

「ということは、私があの時点でオリヴェル様の考えに気づくことが出来ていれば、また改めての会合は必要無かった、と」 

「確かにそうだが、あれらは有意義な物になりそうだからな。結果良かったとは思う」 

「ですが、私のせいで、オリヴェル様の手をまたも煩わせることに」 

 自分が、夫人達との茶会で考え無しに色々と発案してしまったために、オリヴェル様は改めて三家との会談を持つ羽目になった、としゅんとしてデシレアが言えば、オリヴェルがおもむろに席を立つ。 

「オリヴェル様?」 

  

 え? 

 もしかして、置き去り!? 

 余罪充分で放置刑に処す、とかですか!? 

 

 一瞬そのような考えが過ったデシレアだが、オリヴェルはそのデシレアの前まで歩いて来ると、今度はデシレアの手を取って立たせ、ふたり掛けのソファへと移動して座らせた。 

「オリヴェル様?」 

 そして、その動向を何が何だか分からないままに受け入れているデシレアの隣へと、オリヴェルも座る。 

  

 わ、わざわざ一人賭けのソファから移動して、座り直してのお説教? 

 これ以上、煩わせるなとかでしょうか。 

 にしては、表情が穏やかですけれども。 

 こう、滑らかな絹の質感を思わせるような、心地よい、凪いだ雰囲気。 

 ・・・・・何故でしょう。 

 急に、お菓子のかるかんを思い出しました。 

 あの、しっとりとした白い生地。 

 そして、まるで今のオリヴェル様のように、ほどよい甘さを感じる味。 

 食べたいです。 

 でも、そのための材料を見つけられていません。 

 

「デシレア。俺は、君の自由な発想が好きだ。だから、俺の前では何も考えず、自由に考えを口にしていい。外に出れば気を付けて欲しいが、俺の傍ではそんな心配も不要だ」 

「山芋」 

「え?」 

 想いを込めてデシレアの両手を握り、誰よりも君の理解者でありたいとの願いを口にしたオリヴェルは、デシレアの口から飛び出した言葉に、一瞬思考が停止した。 

「かるかん・・・あ、お菓子の方のかるかんです・・・を作るのに、山芋とお米・・・ええと、とある穀物が必要なのです。シェル子爵家の領地には、紙の原料となる植物があると聞いたので、山芋もあるのではと思いまして」 

「・・・・・デシレア。君は、俺を何だと思っている?」 

 問われた瞬間、デシレアはその瞳を輝かせ、背筋をぴんっと伸ばす。 

「オリヴェル様は、英雄様で、公爵令息様。魔法師団団長様で、凄腕の剣士で最強の槍騎兵。見た目最高に麗しく、中身はとてつもなく男前でこの上なく優しいうえに面倒見もいい、私の自慢の婚約者様です」 

「婚約者だという自覚はあるのか」 

「はい、もちろんです。家に婚約を決められないための風除け、羽虫さん除け。そして、ええと目くらまし」 

 王子カールと聖女エメリにオリヴェルの心を気づかれないようにすることを、目くらましと言ったデシレアに、オリヴェルは苦笑した。 

「言い方」 

「ええええ。でも、そういうことですよね?花石を渡せないというのは」 

「ああ。やはり、そこで気づいたのか」 

「はあ・・・まあ」 

 実は前世からの推しの事なので知っていました、とは言えないデシレアが目を泳がせていると、オリヴェルがその目を覗き込むように顔を寄せる。 

「聖女との話の時、デシレアは、当然のように俺が誰を想っていたのか知っていただろう?以前から何となく気づかれているのではと思っていたが、あれで確信した。そして君は、その想いを踏みにじるような真似をするなと、俺のために怒ってくれた」 

「あ」 

 

 そういえば私、オリヴェル様からはっきり誰かを想っているなんて聞いていないのでは? 

 となれば、当然、そういった相手がいて、しかもそれが聖女様だという事実に思い至る筈も無いのに、私ってば普通に知っていること前提で、オリヴェル様ともお話ししていたような・・・・。 

 これはもう、オリヴェル様の頭の回転の良さに感謝ですね。 

 花石を渡せない、から私が察したと思ってくださって。 

 あれ? 

 でもちょっと待って。 

 もうオリヴェル様には、前世の記憶があることをお話ししてもいいのでは。 

 

「あの時、俺はとても嬉しかった。そして改めて、君と生涯を共に出来ることを嬉しく思っている。それで、だな」 

 オリヴェル様ならば、アストリッド様同様、前世を覚えていると言っても馬鹿にしたりしないという確信がある、と思うデシレアに、その時オリヴェルが照れたような視線を向けた。 

 

 ああ、麗しの御尊顔。 

 こんなに近くで見られる栄誉に感謝を。 

 ああでも、前世からの推しだなんて知ったらオリヴェル様、私をストーカー認定する、なんてことがあったりして。 

 それは、絶対に嫌です・・・・・! 

 

「デシレア。勝手だとは分かっている。だが、契約の話は無かったことにしたい」 

「っ!オリヴェル様、私ストーカーじゃありません!」 

「は?」 

 デシレア渾身の叫びにオリヴェルは、浮かべていた照れを一瞬で消し去ると、怪訝な顔で眉を寄せた。 

 


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