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七十一、推しと見つめ合った結果・・・涙が

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「え?ということはつまり、オリヴェル様のレストランに、秘密のお部屋が・・・!」 

「また、大げさな」 

 苦笑するオリヴェルの手を借りて、デシレアは、建物裏に付けられた馬車から下りる。 

 王城での件もあり、気分転換をして帰ろうと決めたのはいいものの、内密の話もしたいということで、ふたりはオリヴェルが経営するレストランへと来た。 

 しかしながら、今回は既に精神疲労を覚えているデシレアのため、裏から入り専用の個室を利用する、とオリヴェルに言われたデシレアは、秘密の部屋だと目を輝かせている。 

「だって、他の方には内緒なのですから、やっぱり秘密のお部屋ですよ。裏から入って、お客さんは通れない所を通って、なんて、わくわくします」 

「メシュヴィツ専用というだけで、秘密でもなんでもない」 

「専用というのが凄いです」 

 声を弾ませて言うデシレアに、オリヴェルが少し意地の悪い顔をした。 

「となれば。そこで、気が付かないか?」 

「何にです?」 

「以前、ここを使った時」 

「あ!あの時はきちんと着替えて、馬車で表から来ましたけれど、こちらからなら、今日のように着替えも必要なかった・・・ん?でも今日は王城へ行っていたので、きちんとしたドレスを既に着ているから、問題無い?ということは、やはりある程度の服装は必要なのかな・・・でも、秘密のお部屋だから、別にどのような服装でもいいとか?」 

 ぐるぐると考えるデシレアに、オリヴェルは正解と頷いた。 

「ここから入れば、服装は気にしなくていい。だが、毎回という訳にはいかないし、初回の時は、婚約した君と共にここを使っているという周りへの意識づけもあった」 

「つまり?」 

「時折は表から、もちろんきちんと正装して、ということだ」 

 オリヴェルの言葉に、デシレアも頷きを返す。 

「そうですよね。オリヴェル様がいらっしゃるかもしれない、と期待を持って見えるお客様もいらっしゃるでしょうし」 

「俺は餌か?・・・と、そういうことではなく。きちんと差配している、目を配っていると安心させるためだ。つまりは信用問題だな。それに、俺達が来ることで、従業員の弛みを抑制することも出来る」 

「なるほど」 

  

 なるほど、とは言いながら、具体的な目配りとはこれ如何に。 

 ・・・・・え、何か嫌な予感がしますよ。 

 もしかして、そのためには個室ではなく、たくさんのテーブルが並ぶ場所で食べる必要があるのでは。 

 給仕の方の動きとか、お客様の雰囲気から満足度を測るとか・・・・わあ。 

 きっと、というか、絶対にそう。 

 

 思っていると、オリヴェルがデシレアの額をぴんっと弾いた。 

「きちんと聞いていたか?俺は今、俺達、と言ったんだ。これまではひとりだったが、この先はデシレアにも付き合ってもらうからな」 

 覗き込むようにしてオリヴェルに言われ、デシレアは少々歪んだ表情で了承した。 

「畏まりました」 

「随分と嫌そうだな?」 

 対するオリヴェルはとても楽しそうで、デシレアはそんなオリヴェルを見ながらため息を吐く。 

「だって。その場合、いつも個室とは限らないのでは、と」 

 げんなりと言ったデシレアに、オリヴェルが目を見開いた。 

「何だ、鋭いな。その通りだ。客の様子も見たいからな」 

 そういった事も必要、と言うオリヴェルに手を引かれ、デシレアは建物の中へと入って行く。 

「はい。そういうのも、大事なんだろうなというのは分かります。気は重いですけれど」 

 はあ、とため息を吐いたデシレアが、次の瞬間には明るい顔でオリヴェルを見た。 

「でも!今日のところは個室。誰も来ない」 

「ああ。料理が揃えば、従業員ですら呼ばなければ来ないな」 

「ふふ。安心、安心」 

「・・・複雑だ」 

「え?」 

「何でもない」 

「オリヴェル様?」 

 オリヴェルの呟きを聞き取れなかったデシレアが問うも、その時にはオリヴェルの来店に気づいた従業員の姿が見え、会話はそこで終了してしまった。 

 

 

 

「今日は、驚いただろう。しかし証拠も掴んだからな。カールからも注意がいくだろうし、もうデシレアに関して悪い噂を流そうなど、考えなくなると思うから安心しろ」 

「悪い噂、ですか?」 

「ああ。デシレアが妬ましかったのだろうな。色々嫌味も言っていたし」 

 オリヴェルが言うも、デシレアは意外すぎて話に付いて行けない。 

 

 私が妬ましい? 

 聖女様が? 

 

「ないですよ、オリヴェル様。そんな、聖女様が私をなんて」 

「ほう。王子宮に勤める侍女を使って『レーヴ伯爵令嬢は、禁止されている魅了の魔法を用いて人心を掌握している』という噂を流そうとしていたのだが?」 

「あ、それさっきも言われました。でもまさか、そんな噂を聖女様が」 

 それほど疎まれているのだろうか、と衝撃を受けるデシレアに、オリヴェルが真摯な目を向けた。 

「聖女は、自分より目立つ者を許さない。同性なら、尚のことだ」 

「自分より目立つ存在を許さない・・・」 

 その言葉に、デシレアは聖女の言葉を思い出す。 

 

 確かに、そのような事をおっしゃっていたけれど。 

 でも、本当に? 

 

「聖女は、確かに素晴らしい力をもって世界の為に尽くした。だが、今日のような彼女も、また嘘偽りのない聖女の人格だ・・・驚き、幻滅したのではないか?」 

「そうですね。驚いてはいますが、幻滅したということはありません。ただ、衝撃を受けたというのなら、オリヴェル様こそ大丈夫ですか?」 

 注文を終え、料理を待ちながらのオリヴェルの言葉に、デシレアはゆっくり首を横に振り、むしろとオリヴェルをおもんぱかる。 

 

 だって、あんな。 

 オリヴェル様の想いを踏みにじるような発言。 

 自分は振りむくことは無いけれど、生涯自分へ一途な愛を捧げろだなんて。 

 例え、オリヴェル様がその覚悟でいても、聖女様に言われてしまうと、かなりの衝撃だったのでは? 

 

 思うデシレアは、窺うようにオリヴェルを見つめた。 

「いや、俺はまったく問題無い。元より、聖女がああいう思考の持ち主だと知っていたし、俺のことはデシレアが癒してくれたからな。どうということも無い」 

「え!?そうなのですか?」 

 しかしあっさりとそう返され、事実、気にした様子が微塵も無いオリヴェルを見て、デシレアは驚愕に目を見開いてしまう。 

 

 聖女様の、あのお考えをオリヴェル様が知っていたなんて・・・・・! 

 

「そうなのですか、って。前にもそう言っただろう?既にデシレアが癒してくれた、と」 

 忘れたのか?と胡乱な目になったオリヴェルに、デシレアは慌てて首だけでなく手までも横に振って、覚えていることを表現した。 

「ああ、いえそちらではなく。その、オリヴェル様は、聖女様があのようなお考えでいらっしゃると、知っていらしたということですか?」 

 そして驚きにデシレアの動きは不審になるも、オリヴェルは動揺した様子もなく、食前酒のグラスを揺らす。 

「ああ」 

「それでは、聖女様はオリヴェル様のお気持ちを知っていて、それであのような」 

「それは無い。知っていて、流石にあの物言いはしないだろう。聖女のあれは、俺の気持ちに気づいていたということではなく、ただ単に周りすべてに傅かれたい、尊ばれたいという欲求だな。その相手が異性であれば、愛情という形を求めるのだろう」 

 

 ま、周りすべてに傅かれたい、尊ばれたい、しかも相手が異性なら愛されたい、ってなんかすご・・・ん?でも、聖女様ならありなのかな? 

 物語のヒロイン、ってことなら。 

 

 淡々と言葉を紡ぐオリヴェルに、デシレアは若干引いてから、聖女という立場を思い納得した。 

「そうなのですね。なんか凄い要求な気もしますけれど、聖女様なのですから、みんなから尊ばれるのは当たり前ですよね。傅かれもするでしょうし」 

「確かに、何処へ行ってもそういう状態だったな。見目もいいから、異性からの注目も高かった。思えばあの頃、聖女の欲求は満たされていたのだろう」 

 オリヴェルの言葉に、デシレアも頷く。 

「今は前ほどちやほやされない、みたいな事をおっしゃっていました。教会だけが今も満たしてくれると」 

  

 それに、王子妃教育がどうとか、ともおっしゃっていましたから、もしかするとストレスが溜まっているのかも知れませんね。 

 それで、余計にそういった欲求が強くなってしまうのかも。 

 

 思うデシレアの前で、オリヴェルが大きなため息を吐いた。 

「そのお蔭で、突然の教会訪問が増えて辟易している」 

「何処へ行っても、ちやほやされるのが当たり前だったなら、それが減ったとなると聖女様もお辛いのでしょうね。唐突な変化に付いて行けていないのかも」 

「正にそれだ。世界は平和になり、俺達は新しい一歩を踏み出した。聖女は、恐らくそれを受け入れられていない」 

 オリヴェルの声に、切なさが宿る。 

「オリヴェル様」 

「聖女が元々平民だったことは、知っているか?」 

「あ、はい。知っています」 

 それは、子どもでも知っていることだとデシレアは頷いた。 

「極普通の平民として一生を終える筈だった者が、聖女として神託を受けた。その事に依って彼女の生活は一変し、そこらの貴族なぞ目ではない贅沢も覚えてしまった。それはもちろん、聖女としての役割の対価のような物だったわけだが、その役目は既に終えた。そして、俺達の人生はこれからの方が長い。いつまでも、過去の栄誉にしがみ付いていてはいけないのだが、聖女は・・っ」 

   

 え? 

 どうしたのでしょう、急に。 

 もしや、何か辛いお話を思い出して・・・? 

 

 そこで不意に押し黙ったオリヴェルを、デシレアが心配しながら見守っていると、静かに扉が叩かれた。 

 

 あ、なるほど。 

 そういう。 

 廊下の気配が分かるなんて、相変わらずの凄さです、オリヴェル様。 

 私なんて、ちっとも気づいていませんでしたよ。 

 でも、このテーブルは結構窓側にあって廊下から遠いので、分からない私の方が普通、のはず。 

 ・・・・・それにしても、今日のお料理もすっごく美味しそう。 

 中途半端な時間なので品数少な目で、とかお願いしましたけど、普通でもまったく問題無かったかも。 

 

「足りなかったら、追加すればいい」 

「それもそうです・・・え?」 

 給仕が退室するのを見計らって言ったオリヴェルに、極自然に返事をしそうになって、デシレアは固まった。 

「『品数、少なくしなければよかった』と顔に」 

「っ!」 

 言われ、慌てて顔を押さえたデシレアを見て、オリヴェルがくつくつと笑う。 

「ううううう」 

「いいじゃないか。食欲があるのは、いいことだ」 

「そうですよね!・・・って、何かひっかかりますけど、それでいいです。そういうことにします。食欲最高!」 

 開き直ってそう言ったデシレアは、未だくつくつと笑っているオリヴェルをじろりと睨んだ。 

「あ、そうだ。聖女様が、私はオリヴェル様に貢がせ過ぎだとおっしゃっていて。それはそうかなと思うのですが」 

「・・・・・は!?唐突に過ぎるだろう。この話の流れで、それとは」 

「思い出したので」 

「いや、直前まで子猫が威嚇するように俺を睨んで・・・まあ、いい。いつものことか。いいか、デシレア。俺は断じて貢いでなどいない。前にも言ったが、普通だ、普通」 

 若干投げやりに言ったオリヴェルが、きれいな所作で料理を口に運ぶ。 

「ですが」 

「では、言おう。聖女は、かなりの数の宝石やドレスを強請っている。俺も、デシレアに強請られてみたい」 

 堂々と言われ、デシレアは固まった。 

「え」 

「先日、カールに聖女が強請っている所を見かけたのだが、とても羨ましかった」 

「・・・・・ええと、それは聖女様に強請られている王子殿下が羨ましかった、のではないのですか?」 

「だから、そう言っている」 

「では、私が強請っても仕方ないではないですか」 

 自分にはどうしようもない、と困ったデシレアがオリヴェルに訴えるも、オリヴェルもまた困惑の表情になる。 

「何を言っている。デシレアに強請られることに、意味があるのだろうが」 

 オリヴェルの言葉に、デシレアはぽかんと口を開けた。 

「え?聖女様に強請られたいのではないのですか?」 

「違う。あんな風にデシレアが強請ってくれたら、と思って見ていた・・・そういえば、聖女が『ごめんなさいね。でも、オリヴェルがそう望むなら』とか何とかよく分からないことを言っていたな。そうか、あれはわざと俺に見せたということか。そして、俺が望むなら、というのはそういうことか・・・そうか。漸く理解した」 

 そうだったのか、とひとり納得するオリヴェルに、デシレアは恐る恐る尋ねた。 

「それで、その。オリヴェル様は、聖女様に何と答えたのですか?」 

「もちろん。『聖女が謝ることではない。デシレアが強請ってくれないことと、聖女は関係ないのだから』だな」 

「今のお話から察するに、恐らく聖女様は、オリヴェル様が聖女様に何か贈りたいと言えば、受け取るとおっしゃりたかったのではないでしょうか」 

「そのようだな。馬鹿げた話だ」 

 そう言って苦い顔でグラスを口に運ぶオリヴェルに、デシレアはおずおずと声を掛ける。 

「あのう、オリヴェル様。先ほどおっしゃっていた、私の悪い噂を流す計画。その腹いせだったりしませんか?」 

「ん?しかしそれなら、俺の噂にするだろう?標的は、デシレアなのだぞ?」 

「だからこそ、私なのでは。オリヴェル様が聖女様を優先しなくなった、とお嘆きでもあったので。そしてそれは、私の存在のせいだと」 

「しかし、先ほどの話でも分かっただろう。聖女はデシレアが自分より注目されること、評価されることを面白く思っていない」 

「確かに、それもあるのでしょうか」 

 一理ある、と頷いたデシレアに、オリヴェルが真剣な目を向けた。 

「しかし、俺がデシレアを優先するから面白くない、か。何か対策すべきだな。ああ、言っておくが、俺の傍に居ると危険だから、などという理由で離れたりしないからな。必ず、守ってやる。信じて付いて来て欲しい」 

「噂ばらまき計画も、未然に阻止してくださいましたものね」 

 同士の如き笑みを浮かべて言ったデシレアに、オリヴェルもそっくり同じような笑みを返す。 

「ああ。だから、その礼に今度何か強請れ」 

「ええええ。それは、逆ですよオリヴェル様。私が、何かお礼をする方です。そもそも、何かお贈りしたい、とお祭りの時から言っています」 

「強情だな」 

「オリヴェル様こそ」 

 互いに一歩も譲らぬと言わぬばかり、瞬きもせずに見つめ合い。 

「・・・・・オリヴェル様。目が、乾燥して痛くなりました」 

「ばっ。涙が流れるまで我慢する奴があるか!」 

 痛いです、とぽろぽろと涙を流し始めたデシレアに、オリヴェルが焦った声をあげた。 

 

 
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