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七十、推しと聖女様と亀のブローチ 2

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「ちょっと、何を黙っているのよ。ちやほやされていい気になって。オリヴェルから愛されているつもりにでもなっているのね。でも、それこそが間違い、誤りよ。オリヴェルの愛は、わたくしにこそ捧げられるべきものなの」 

 うっとりとした表情の聖女エメリにきっぱりと言い切られ、デシレアはふと現実に戻って首を傾げる。 

「聖女様は、オリヴェル様を想っていらっしゃるのですか?」 

「失礼ね!わたくしはカールの婚約者なのよ?不貞を疑われるような発言をするなんて、わたくしを貶めるつもり?」 

 じろりとめつけられ、デシレアはふるふると首を横に振った。 

「そうではありません。ただ、聖女様がオリヴェル様の愛はご自分へ向けられるべきだとおっしゃったので」 

「それはそうよ。それが道理だと言っているの。わたくしは、オリヴェルを愛することは無いわ。でも、オリヴェルはわたくしを想い続けるの。カールと居るわたくしを辛く見つめて、それでも想いはわたくしに捧げてくれるのよ」 

「オリヴェル様の幸せは、どこに」 

「知らないわよ。でも、だからずっとひとりで居てくれると思ったのに、さっさと婚約してしまって」 

 

 いえいえ、聖女様。 

 オリヴェル様は、貴女に心を捧げるために私と婚約したのですよ。 

 

「はあ。オリヴェルだけじゃないわ。最近は皆、余りちやほやしてくれなくて。王子妃の教育がどうのとか煩いったら。教会くらいだわ。変わらずわたくしを満たしてくれるのは」 

 思うも言葉にするわけにはいかないデシレアに、聖女エメリは大きなため息を吐いてそう言った。 

 

 え? 

 ちやほやされたい? 

 聖女様、そんな願望が。 

 ん? 

 でも、あれ? 

 

「聖女様。ディック様はよろしいのですか?割と、単独で行動されている気がしますが」 

 双斧のディックも英雄のひとりであり、かなりの美丈夫でもあるのに、とデシレアが問えば、聖女エメリは虫を払うような仕草で小さく手を振った。 

「ディックはいいのよ。だって、もてるからって他の女性に声をかけまくるのだもの。わたくしは、一途に想ってほしいの。でも、わたくしが愛するのはカールだけ。ふふ。罪な女ね」 

 

 ええええ。 

 それって、オリヴェル様には一途な愛を捧げさせて、自分は王子殿下と両想いで幸せになるってことですか? 

 しかも、意識してってところが怖いですよ。 

 

「あの、聖女様。凄く矛盾を感じるのですが」 

 歯に衣着せぬ物言いをするわけにもいかず、デシレアは絞り出すようにその言葉を口にする。 

「矛盾なんて無いじゃない。何を言っているのよ」 

「ですが。今のお話ですと、聖女様は殿下を愛していらっしゃるからオリヴェル様を愛することは無いけれど、オリヴェル様には一途な愛を捧げて欲しい、というように聞こえましたが」 

 デシレアの言葉に、聖女エメリははっきりと頷いた。 

「その通りよ。オリヴェルはずっと、叶わない想いをわたくしに抱き続けるの。そして大事なのは、オリヴェルが誰も娶らず、生涯ひとりで居るということなのよ。時折わたくしとすれ違う、極稀にわたくしと目が合う。そういった些細な事を生きがいにするのが、切なく美しい愛ではないの」 

 

 はああ!? 

 何言ってくれちゃってんの!? 

 それで!? 

 オリヴェル様には、たまーに聖女様が相手してくれるのを楽しみに待っていろってんですか! 

 その気まぐれを!? 

 オリヴェル様のこと、置物か何かと間違えていませんか!? 

 いやいや、たまになんて置物だって嬉しかないですよ! 

 切なく美しい愛? 

 確かに、オリヴェル様は聖女様にそういった愛をお持ちですよ? 

 でも、聖女様がそれを言い切るとか! 

 意識して強要するとか! 

 ぐおおおおおおおおお。 

 滅茶苦茶むかつく! 

 オリヴェル様の純愛を返せ! 

 

「聖女様。オリヴェル様は、心あるお方です。無機物な訳ではありません」 

 心の中で大絶叫するも、まさかそれを聖女に言うわけにはいかないデシレアは、精一杯平静さを保ってそう言った。 

「当たり前でしょ。心がある。だからこそ、切なく美しい愛が完成するのではないの。貴女、馬鹿?」 

「ご自分のために、オリヴェル様を犠牲になさると」 

「あら。犠牲って大事なのよ。あのね、分かっていないようだから教えてあげるけれど、わたくし達英雄は、神に選ばれた存在なの。尊いのよ。だから、選ばれた者同士でいるべきなの。貴女は邪魔。そうね、犠牲というのならこの場合、オリヴェルから婚約破棄される貴女かしら。でも、さっきも言ったように多少の犠牲は仕方無いの。世界ってそういうものなのよ」 

 ごめんなさいね、と口先だけの謝罪をして聖女エメリは勝ち誇ったようにデシレアを見る。 

「貴女は、わたくしに勝てない。いいえ、勝とうなどと思ってはいけない存在なのよ。だから、わたくしより目立つのは今すぐめなさい。自分の立場を弁えて、オリヴェルからも身を引きなさい。どうせ、領地のための婚約でしょう?」 

「いいえ、お断りします。オリヴェル様とずっと一緒に居ると、約束したのです」 

 確かに領地の事はある。 

 しかし、オリヴェルと共に在るのは自分の意志だと言い切るデシレアに、聖女エメリは冷たい視線を向けた。 

「そんな約束は無効よ。オリヴェルが、貴女なんかを本気で相手にするわけが無い。思い上がりも甚だしいわ」 

「いいや?心から望んでいるが?」 

 居丈高に聖女エメリが言った時、静かな声がしてオリヴェルが入室して来た。 

「エメリ。レーヴ伯爵令嬢に、何という物言いを」 

 そして、その傍には王子カールが青い顔をして立っている。 

「カール!違うのよ、デシレアさんが酷く勘違いをしているから、立場を弁えないと周りから言われてしまうから、それで・・・そうよ!わたくしは、親切で言ってあげているの」 

「レーヴ伯爵令嬢の功績を羨んだり、周りから高い評価を受けている事実を、出しゃばっていると貶したりすることがか?しかも、騎士団を貶めるような発言に加え、オリヴェルは自分に切なく美しい愛を捧げるべきだ?君は、一体何を考えているのだ」 

「え?カール、どうして」 

  

 はい、確かに。 

 どうして王子殿下は、今の会話内容をご存じなのですか? 

 それに、オリヴェル様も当然というお顔で。 

 

「答えは、これだ」 

 動揺する聖女に、負けず劣らずデシレアが困惑していると、胸元の亀のブローチにオリヴェルが触れた。 

「これが?・・・あ、もしかして」 

「その通り。録音できるし、聞こえる」 

 そう言ってオリヴェルが見せたのは、デシレアの胸にあるのと揃いの亀のブローチ。 

「いいだろう?俺のはデシレアの色で、デシレアのは俺の色」 

「はい。甲羅の石がそれぞれ輝いて、とてもきれいです・・・けど。ええと、どうして」 

「聖女は、デシレアに何か思うところがあるようだったからな。この場で吐き出してもらった。嫌な思いをさせて、悪かった」 

 オリヴェルの大きな手で髪を撫でられ、優しい瞳で見つめられて、デシレアの瞳に涙が浮かぶ。 

「オリヴェル様・・・あれ、聞いてしまったのですか」 

「あれ?どれだ?」 

「聖女様が、その・・・オリヴェル様に」 

 

 オリヴェル様は、聖女様を本当に想っているのに、あんな酷い。 

 

 思えば、デシレアの目にじわりと涙が滲んだ。 

「そうだな。俺の幸せは、聖女の元には無い。だが、デシレアが俺を幸せにしてくれればいい。生涯共に過ごし、数々の姿絵を眺めながら、思い出を語る約束をしただろう?」 

 違うか、と言われ、デシレアはぶんぶんと首を横に振った。 

「違いません。オリヴェル様のことは、私が幸せにします」 

「俺も、デシレアと幸せになりたい」 

「うう。がんばります」 

「俺も、努力する。デシレア。一緒に、幸せになろうな」 

「ばいぃ」 

「なら、まずは泣き止め。凄い声だぞ」 

 笑いながら言うオリヴェルにハンカチで顔を拭われ、何とか泣き止んだデシレアは、そのままオリヴェルに肩を抱かれて扉へと向かう。 

「カール。協力に感謝する」 

「ああ。レーヴ伯爵令嬢、本当にすまない」 

「とんでもないことでございます」 

 王子に謝罪され、デシレアはぴしりと姿勢を正した。 

「さあ、帰ろう。デシレア」 

「はい、オリヴェル様。殿下、御前を失礼いたします」 

 きちんと一礼をし、扉が閉まるまでその体勢を保つデシレアの手を、オリヴェルがしっかりと握った。 

「デシレア。これから、こういうことがあったら、必ず俺に言え。言ったよな?巻き込めと」 

「でも」 

「でもじゃない。言うの一択だ」 

「告げ口みたいです」 

「告げ口しろ・・ああ、だが怖いのは、デシレア本人も気づかないかもしれないってことだな」 

「む。流石に気付きますよ。今日だって、ちゃんと分かっていました」 

 胸を張って言うデシレアを、オリヴェルは胡乱な目で見る。 

「本当か?俺の事は、随分怒ってくれていたようだが、自分のことは?」 

「自分?私ですか?えーと、出しゃばるな、とか流行をつくりたいのか、とかですか?でもあれって、私は別に出しゃばりたいわけでも、流行をつくりたいわけでも無いので、聖女様の勘違いでは?まあ、ちょっとちくちくしましたけど、私も、怖い聖女様降臨、なんて思いましたからお相子です」 

「・・・・・そうか?かなりの勢いで攻撃されていたようだが・・・まあ、デシレアがいいのならいいのか?しかしまた何か言われたら、絶対に俺に言うこと。いいな?」 

「はい、オリヴェル様」 

 にこにこと笑って言うデシレアに、オリヴェルは蟀谷こめかみを押さえる。 

「本当に大丈夫か?」 

「はい!あ、泣いた鴉がもう笑った、と言いたいのですね?でも、だって仕方ないです。オリヴェル様が傍にいてくれたら、私、怖いものないので」 

「っ・・・そうか」 

「はい」 

「何か、何処かに寄って帰るか」 

 気分転換して帰ろう、というオリヴェルにデシレアも笑顔で頷き、ふたりは手を繋いだまま王子宮の出口が見える所まで来た。 

「ああ、王子宮を抜けますね・・・って。ああっ!王子宮なのに、手を繋いだまま歩いてしまいました・・・!」 

「いや、今更だし、気にすることは無い」 

 青くなって言うデシレアに、今なのか、とオリヴェルは笑いながら言うと、不意にデシレアを抱き上げた。 

「お、オリヴェル様!?」 

「もっと印象深いことがあれば、王子宮の廊下を手を繋いで歩いた事実が、皆の記憶から薄れると思わないか?」 

「おお・・・ん?そうですか?王子宮とこちらでは、そもそも見られる人が違うような」 

「細かい事は気にするな」 

「細かいですか?」 

「ああ。砂粒のようだ」 

「そうでしょうか。ふむ。砂粒」 

 自信ある声でオリヴェルに言い切られ、砂粒と細かい事象の関連性について考えるうち、デシレアは、結局そのまま馬車溜まりまで移動した。 



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