推しと契約婚約したら、とっても幸せになりました

夏笆(なつは)

文字の大きさ
上 下
70 / 115

六十五、推しとお祭り 2

しおりを挟む
 

 

 

「お部屋はこちらになります。すぐにお食事になさいますか?」 

「いや、先に湯を使いたい」 

「畏まりました。浴室は、別々にお使いになられますか?」 

「ああ」 

「畏まりました。すぐにご用意いたしますので、こちらでお待ちくださいませ」 

  

 ふおお。 

 お部屋がひとつと聞いた時には、ぴょんとびっくりしましたけど、ここたくさんお部屋があって、普通のお家みたいですよ・・・・・。 

 とても、ホテルの一室とは思えません。 

 

 ホテルの廊下を歩き、扉を開けたらそこは家だった、とデシレアが思うほどに広いそこで、オリヴェルとデシレアがまず案内された部屋は居間となっているようで、他に主寝室がふたつと食堂もあると説明を受けたデシレアは、ぽかんと高い天井を見あげた。 

 

 おお。 

 天井も美しい。 

 

 派手さは無いが、やわらかな白を基調としたそこには細かな彫刻が施され、手が込んだ造りになっていて、見ていて飽きないとデシレアは思う。 

「支配人。それと、購入したばかりの着替えを洗濯したいのだが」 

「こちらでいたしましょうか?」 

「いや、大丈夫だ。湯だけ用意してくれ」 

「では、ご入浴予定の無い浴室にお運びいたします」 

「頼む」 

 

 ご入浴予定の無い浴室? 

 

 話を聞いていて不思議に思ったデシレアだが、この部屋にはもうひとつ、他のふたつよりは小さめの浴室があるとオリヴェルに言われて仰け反ってしまう。 

「何を驚いている。寝室も、もうひとつあるのだから当然だろう」 

「ふええ」 

「主に使用人用だ」 

 言われ、デシレアは納得した。 

「そうか。お貴族様は、使用人の方ありきだから」 

「そういうことだ。だから、簡単な厨房もある」 

「なるほど。使用人の方のお食事も必要ですものね。はあ。一泊お幾らなのか、考えるだに恐ろしい・・・」 

「ん?ああ、このホテルはメシュヴィツが出資しているから、気にしなくて大丈夫だ」 

「はああ。別世界」 

 あっさりと言われ、余りのことに気が遠くなりかけたデシレアを見て、オリヴェルが苦笑した。 

「何を言っている。このホテルでも、君が考案した様々な物が使われているというのに」 

「はえ?」 

「そして支配人は、それらの発案者が誰なのか知っている・・・ほら、ここだ」 

 オリヴェルは、そう言ってひとつの扉を開く。 

「あ、はい。お洗濯・・・って、ここが小さめの浴室ですか?」 

「ああ。やはり驚くか。だがまあ、互いに背を向けて洗えば何とかなるだろう。台もそれぞれ用意してくれたようだし。狭いが、我慢してくれ」 

「違います!」 

 困ったように言うオリヴェルの言葉を、デシレアは断じるように否定した。 

「違う、とは?ああ、洗剤や道具の心配か?それもほら、用意されて」 

「そうではなく。ここで狭いなんて、どんな贅沢ですか、って話です」 

 きりっと言い切ったデシレアに、オリヴェルが首を捻る。 

「ん?つまり、不満は無いということか?」 

「もちろんです。こんな素敵な浴室でお洗濯。しかも、しゃがまなくていい台あり。はあ。お母様にも経験させてあげたい」 

 うっとりと言ったデシレアに、オリヴェルが怪訝な顔をする。 

「伯爵夫人は、洗濯もなさるのか?」 

「え?ああ、流石に全部ではありませんけれど、自分で洗える範囲の物は、そうです」 

「そうか。以前、良質な炭を使わせてさしあげたい、とも言っていたよな」 

「今のレーヴ家は、貴族であって貴族ではないようなものですから」 

 屈託無く言って洗濯を始めようとするデシレアに、オリヴェルが考えるように言った。 

「提案なのだが、それらの物をデシレアから贈るというのはどうだろう。俺からしたいが、そうなると遠慮してしまわれるだろう?」 

「それはもちろんです。オリヴェル様には、今でももう十二分にご支援いただいていますから」 

 当然、と頷くデシレアに、オリヴェルは苦い笑みを浮かべる。 

「それは、領への支援だからな。俺としては、家族となるのだからレーヴ家へもと思うのだが、伯爵がそれは必要無いと」 

「実の娘の私にも、もう仕送りはしなくていいと言ったくらいですからね。まあ、復興が進み始めたというのもあると思いますが」 

 肩を竦めるデシレアを見て、オリヴェルは眼鏡の細い縁を持ち上げた。 

「だが、品物ならいいのでは、という話になっただろう?まあ、炭や洗濯の台では、余り贈り物らしくはないが」 

「あ!なるほど。その手がありました!」 

 ぽん、と手を打ち嬉しそうな顔になったデシレアに、オリヴェルも嬉しそうに笑う。 

「手配は、俺がしてやる。デシレアは、確認だけ頼む」 

「私の、お支払い出来る範囲でお願いします」 

「ああ。些か残念だがそうしよう。用意するのは、メシュヴィツが使っているものでいいか?」 

「はい!ありがとうございます。お手数ですが、よろしくお願いします」 

「任せておけ。では、洗濯を済ませてしまおうか」 

「そうですね。折角のお湯が冷めないうちに」 

 その後、ふたりしてお互いの手元が見えないように赤くなりながら洗濯をし、何故か魔力を大放出したオリヴェルにより、そのまま乾燥室と化した浴室で、洗濯物は無事、速攻で乾いた。 

 

 

 

「ふわふわ。それに、石鹸のいい匂い」 

 先に洗濯で使用した浴室が狭いと言われる理由が分かる、広々とした浴室、そして大きな湯船をひとり満喫したデシレアが、心地の良い下着と部屋着を身に着け居間へと向かえば、先に上がっていたらしいオリヴェルが、ソファに座ってゆったりとグラスを傾けていた。 

「来たか。良かったら、デシレアもどうだ?よく冷えているから、湯上がりに最適だぞ」 

「それは、是非いただきたいです」 

「ああ。だが、その前に」

 そう言うとオリヴェルは、デシレアをソファに座らせ、当然のようにその濡れた髪を魔力の温風で乾かす。

「あったかい。気持ちいいです。ありがとうございます、オリヴェル様」

 そして、あっという間にさらさらに乾いた髪を纏め、デシレアがいそいそとオリヴェルの向かいに座りなおせば、オリヴェルがグラスにワインを注いでくれる。 

 その所作も美しい、と見惚れてから、デシレアは渡されたグラスを軽くあげ、ゆっくりと口に運んだ。 

「ありがとうございます・・・・んー、美味しいです。きりっと辛口」 

「デシレアも、結構強いよな」 

「オリヴェル様には、負けますけれどね。ほんと蟒蛇うわばみ様ですから」 

 そう言ってデシレアは、オリヴェルに悪戯っぽい目を向ける。 

「否定はしない。しかし、ふたりでこうして楽しめるというのは、いいな。うちは、両親がよく寝る前にふたりで楽しんでいるのを見ていたから。何というか、夫婦の理想のように思っていたようだ」 

「ようだ、ってオリヴェル様」 

 自分のことなのに、とデシレアに言われ、オリヴェルは照れ臭さを隠すように不機嫌を装う。 

「仕方が無いだろう。最近になって、そうだと自覚したのだから」 

「ふふ、冗談ですよ。私も分かりますから。うちの両親も、よく一緒に飲んでいて、憧れていました。尤も、うちの両親が飲んでいるのは、母手製の果実酒ですけれども」 

 その言葉に、オリヴェルが驚いたようにデシレアを見た。 

「自家製ということか。凄いな」 

「母は色々器用なんです。ジャムも昔からお手製で」 

「そうか。デシレアも器用だものな。料理上手でもあるし」 

 オリヴェルが納得と頷きグラスを空けた所で、夕食の仕度が整ったと声がかかる。 

「では、行こうか」 

「はい」 

 きゅっ、と自分のグラスを空けてデシレアが席を立てば、その様子を見ていたオリヴェルがくすりと笑った。 

「だって、勿体ないです。ちょっとお行儀悪かったかもですが」 

 目を泳がせて、デシレアは給仕の方を見遣る。 

「いや、可愛いと思っただけだ」 

「え?」 

 聞こえた、意外な言葉にデシレアが目を丸くすれば、オリヴェルがわざとらしく口角をあげた。 

「いや。デシレアならやるのでは、と思って、わざとすぐに行くような言葉を口にした」 

「むむ?そんなにお腹が空いてしまいましたか?」 

 しかしデシレアが発した言葉に、オリヴェルはがくりと肩を落とす。 

「何故そうなる」 

「だって、早く席を立ちたかったのですよね?それって、早く移動したかった、つまり早くごはんを食べたいという」 

「違う」 

「え?なぜなにどうして、そんな呆れた目を」 

「普通は、分かるからだ」 

「何をですか?」 

 意味が分からない、ときょとんとした目で問いかけるデシレアに、オリヴェルは噛んで含めるように言葉を紡いだ。 

「俺は、デシレアならやるのでは、と思って、わざと、すぐに行くような言葉、を口にした、と言っただろうが」 

「それは、さっきも聞きましたよ。今の方が、ずっとぶちぶち切れていましたけど」 

「ぶちぶち、って」 

「あ。何ですかその、残念なものを見るような目は」 

「そういうのは分かるくせに、何故と思う。わざとなのか?」 

「わざとって何がです?もう。何なんですか、一体。教えてください」 

 エスコートされているオリヴェルの腕を揺するようにデシレアが言うも、時間切れとばかり食堂に着いてしまい、デシレアは仕方なく席に着く。 

「急がせれば、残りひと口のワインをああして飲み干すだろうと思い、わざと急ぐような言葉を選んだ。結果、可愛い君が見られて俺は満足だ」 

「へ?・・・ふぇえぇ!?」 

 着席するなり早口でそう言ったオリヴェルの言葉を、デシレアが理解した時には既に食前酒が用意されており、オリヴェルは乾杯の姿勢を取ってデシレアを見ていた。 

「ふたりで楽しむ祭りに、乾杯」 

「乾杯」 

 となれば、デシレアもそれに従う以外の選択肢はなく、恙なく晩餐が始まる。 

「美味しい」 

 そして始まってしまえば、料理に夢中になるのがデシレア。 

「確かに。それに、デシレアと一緒だと、更に美味しく感じる」 

「私もです。オリヴェル様と一緒だと幸せで、よりお食事を美味しく感じます」 

 お揃いですね、とデシレアが微笑み、そうだな、とオリヴェルも微笑み返す。 

 その日、ふたりの晩餐の給仕係を勝ち取った面々は、英雄として広く知られているオリヴェルと、その婚約者であるデシレアの、仲睦まじい様子に悶絶するも<決して英雄達の日常を邪魔しない>という暗黙の了解に従って、その場で見た事聞いた事、それらすべてを各々の胸の内に大切に封印した。 

 ただ、彼等の表情からその場の空気は他の者達にも何となく伝わり、街歩きの際のふたりの様子も徐々に伝わって行ったことから、街はその後暫く、オリヴェルとデシレアの話題で盛り上がっていたことなど、本人達は知る由も無い。 

  

 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

夢でも良いから理想の王子様に会いたかったんです

さこの
恋愛
あれ?ここは? な、なんだか見覚えのある場所なんだけど…… でもどうして? これってよくある?転生ってやつ?? いや夢か??そもそも転生ってよくあることなの? あ~ハイハイ転生ね。ってだったらラッキーかも? だってここは!ここは!! 何処???? 私死んじゃったの?  前世ではこのかた某アイドルグループの推しのことを王子様なんて呼んでいた リアル王子様いるなら、まじ会いたい。ご尊顔遠くからでも構わないので一度いいから見てみたい! ーーーーーーーーーーーーーーーー 前世の王子様?とリアル王子様に憧れる中身はアラサーの愛され令嬢のお話です。 中身アラサーの脳内独り言が多くなります

転生したので前世の大切な人に会いに行きます!

本見りん
恋愛
 魔法大国と呼ばれるレーベン王国。  家族の中でただ一人弱い治療魔法しか使えなかったセリーナ。ある出来事によりセリーナが王都から離れた領地で暮らす事が決まったその夜、国を揺るがす未曾有の大事件が起きた。  ……その時、眠っていた魔法が覚醒し更に自分の前世を思い出し死んですぐに生まれ変わったと気付いたセリーナ。  自分は今の家族に必要とされていない。……それなら、前世の自分の大切な人達に会いに行こう。そうして『少年セリ』として旅に出た。そこで出会った、大切な仲間たち。  ……しかし一年後祖国レーベン王国では、セリーナの生死についての議論がされる事態になっていたのである。   『小説家になろう』様にも投稿しています。 『誰もが秘密を持っている 〜『治療魔法』使いセリの事情 転生したので前世の大切な人に会いに行きます!〜』 でしたが、今回は大幅にお直しした改稿版となります。楽しんでいただければ幸いです。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

婚約した王子を妹に奪い取られてしまいましたが、結果的には幸せを感じられる居場所を手に入れることができました。

四季
恋愛
一家で唯一の黒髪、そして、強大な魔力を持って生まれたエリサは、異端ゆえに両親から良く思われていなかった。 そんなエリサはルッティオ王子と婚約することに。 しかしその関係は初めからお世辞にも良いものとは言えなかった。 さらには厄介な妹メリーまで現れて……。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】あなたに抱きしめられたくてー。

彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。 そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。 やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。 大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。 同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。    *ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。  もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

処理中です...