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六十四、推しとお祭り

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「わああ。オリヴェル様、食べ物屋さんがたくさん。うっとりです」 

 ホテルから少し歩くと、そこは既に多くの露店や屋台が立ち並び、多くの人で賑わっていた。 

 そのなかでデシレアは、早くも目移りする、と多くの屋台や露店に見入ってしまう。 

「ここは、食べ物関係の通りのようだな。夕食までは未だあるし、軽く何か食べるか」 

 地図を見ながら言うオリヴェルに、デシレアは一も二も無く頷いて、きらきらと輝く目で、両側を見ながら歩く。 

「串焼きのお肉は、やっぱり迫力がありますね。すっごく大きいですし、匂いもいいです」 

 吸い寄せられそうな表情で言うデシレアに、しかしオリヴェルは首を傾げた。 

「それはそうなのだが。今あれを食べてしまうと、デシレアは夕食が入らなくなってしまうのではないか?」 

 言われて、デシレアは目を丸くする。 

「その言い方。もしや、オリヴェル様は問題無いと?」 

「まあ、あれくらいなら。肉一欠片をデシレアが食べる、でもいいが、あれは明日の昼にして、他の物にするというのは?」 

 自分はもちろん問題無い、と言い切るオリヴェルに促され、デシレアは次なる屋台に目を止めた。 

「あ。あのパン。あれと串焼きを食べたら、最高そう」 

 思うだけで口内が潤う、とデシレアは串焼きとパンを交互に見る。 

「なら、明日の昼をあれにするか」 

「いいですか?」 

 オリヴェルの提案に、屋台からオリヴェルへとぱっと視線を移したデシレアに、オリヴェルは大きく頷いた。 

「もちろん」 

「ありがとうございます!」 

「だがまあ、もっと見てみて、他にもいいものがあれば、また考えよう」 

「はい!」 

「あと、この人込みだからな。はぐれないように」 

「む。またも子ども扱い。でも、この人込みは確かに危険」 

 オリヴェルに言われ、手を差し伸べられて、デシレアは素直にその手を取る。 

「なんというか。俺も、この繋ぎ方に慣れて来たと思わないか?」 

「力加減最高です。私の方は、どうでしょう?強すぎたりしませんか?」 

「全然。もっと強くても問題無い」 

 言われ、デシレアは向きになって対抗した。 

「なら、ぎゅうっ」 

「そんなものか?」 

「ええええ。力いっぱい握ったのに・・・あっ、オリヴェル様!薄いワッフルがあります!」 

 手を繋いだのはきっとこんな時のため、と言いたくなるような勢いで、デシレアが目指す屋台へと一目散に歩いて行く。 

「ワッフルか。これとコーヒーというのは、いいかも知れないな」 

「そうですね。これならきっと、お夕食が入らない、なんてこともないかと」 

「なら、これにするか」 

「はい!」 

「お、うちのワッフルは最高だよ!コーヒーも、自分で落としている自慢の品さ」 

 屋台の店主と思しき青年が、そう言って立ち止まったオリヴェルとデシレアに声をかけた。 

「ワッフルとコーヒーを、ふたつずつ貰おう」 

「ありがとうございます!お似合いのおふたりですね。俺は独り身なんで、羨ましい」 

 オリヴェルと同年代くらいだろう。 

 屋台の青年に言われ、オリヴェルは戸惑ったように僅かに動揺し、デシレアはにこにこと微笑んだ。 

「ありがとうございます」 

 そうしてワッフルとコーヒーを受け取り、それぞれ両手が塞がってしまった、とふたりは笑い合う。 

「あちらで食べられるようになっているらしい。手が繋げないのだ。はぐれないようにな」 

「少しの距離なら、平気です。というか、一生懸命付いて行きます。秘儀かるがもさんです」 

 真顔で宣言した通り、デシレアはオリヴェルにぴたりとくっつくような距離で、飲食が出来る場所まで辿り着いた。 

「んー。香ばしくて美味しい!歯にくっついちゃいますけど、キャラメルが最高ですね」 

「そこまで甘くないのだな。割とあっさりしているというか。コーヒーと合う」 

「本当ですね。結構大きいかと思ったけど、ぺろりです」 

「まあ、厚みが無いからな」 

 ふたりで楽しく言いながら、ワッフルとコーヒーを楽しんだオリヴェルとデシレアは、次に服飾の通りを見て歩くことにする。 

「オリヴェル様。私、着替えを買いたいです」 

 デシレアの言葉に、オリヴェルも頷いた。 

「確かに必要だな。では、行くか」 

「はいっ」 

 そして再び歩き出したオリヴェルとデシレアは、珍しい異国の服や、この国でもお祝いの時にだけ着る服など、色とりどりに飾られた品を見ては、感想を述べあった。 

「いっそ、異国の服でも着てみるか?あの刺繍が凝っている服など、よく似合いそうじゃないか?」 

 オリヴェルが指さすのは、ふんわりとしたスカートと袖、そして胸元にされた刺繍と、エプロンが可愛い異国の服。 

「確かに、オリヴェル様にとても似合いそうです」 

 そして、その女性用の異国の服の隣に並ぶのは、ショールカラーに凝った刺繍が施されたもので、先にオリヴェルがいいと言った、異国の女性用の服と揃いと見える男性用の異国の服。 

「いや、デシレア。俺はデシレアに似合いそうだと」 

「え?オリヴェル様。私は、オリヴェル様に似合いそうだと」 

 一瞬、そう言って見合ってから、ふたりは同時に頷いた。 

「祭りだしな。着てみるか」 

「はい。オリヴェル様とお揃い、嬉しいです」 

「いらっしゃいませ。こちらの刺繍は、すべて一点物なのです。ひとつとして、同じ柄は無いので、完全におふたりのためのお揃いとなります」 

 話ししていると、にこにこと店主に言われ、オリヴェルとデシレアは細かい刺繍などを吟味し、互いのサイズを確認して購入へと至る。 

「ふおお。これを来たオリヴェル様とお祭りを楽しめるなんて。贅沢の極み」 

 浮遊するように想像の世界へと旅立とうとするデシレアの額を、オリヴェルがつつく。 

「ほら、デシレア帰って来い。これとは別に、今日着る物も必要だろう?ヘイムダルにも乗ったことだし、湯あみを先に済ませてから夕食の方がいいのではないか?」 

「あ、確かに!オリヴェル様凄いです。こんな所でも死角無し」 

 流石です、と目を輝かせるデシレアに、オリヴェルは再び手を差し出した。 

「感心していないで、行くぞ」 

「ああ、お荷物お持ちしますよ」 

「気にしなくていい」 

「では、次の所のを!」 

「張り切り過ぎるとはぐれるぞ」 

 言いつつ、オリヴェルはデシレアの手を取って、その指をしっかりと絡めた。 

 

 オリヴェル様って、ほんとに凄い。 

 言われてみれば、確かにお湯を使ってからごはんの方がいいし、となると着替えが必要・・・って、ああああ! 

 下着! 

 私、下着も欲しいけど、どうしよう!? 

 『下着、欲しいです』って、オリヴェル様に言う度胸なんてないですよ・・・・・! 

 

 内心絶叫したデシレアはしかし、自分の下着を買おうとしたオリヴェルがその事実に気づいた事によって、無事事なきを得た。 

「オリヴェル様、お待たせしました」 

「ああ、いや。俺も今戻ったところだ」 

 そうして無事、別々に下着を手に入れたふたりは、寝間着と部屋着も購入して、ホテルへと戻って行く。 

 

 これで安心。 

 でも、もっと贅沢を言えば、下着は一度洗ってから着たい。 

 だけどそれは、実質無理。 

 今回は諦めるしか。 

 

 別に他の誰かが着た訳ではないが、店に吊ってあったものだし、と普段からしている習慣はなかなか抜けない。 

「ところでデシレア。そ、その、下着を一度洗って着るような習慣は、ないか?」 

「へ?」 

「い、いや。俺は、こういう既製品というものに余り慣れなくて、その。討伐にまで行ったのに何を言う、と言われればそれまでなのだが、だがしかし。出来れば、一度洗いたいのだが」 

「私もです!完全同意します!」 

「本当か?」 

「はい!ですが、洗う事は出来ても、乾かすことが出来ないな、と思いまして」 

 困ったように言うデシレアに、オリヴェルが表情を明るくした。 

「俺が、温風を出してやる」 

「あ!なら、オリヴェル様の分も、洗うのは私がしますね!これで大解決!問題無し!」 

 ああよかった、と満面の笑みで言ったデシレアは、しかしその案をオリヴェルに速攻で却下されてしまう。 

「いや、洗うのは自分でする」 

「ええええ。でも、私のも乾かしてもらう・・・あ」 

「大丈夫だ!見ないようにする!温風だけ出すから、デシレアが上手く動かしてくれ!」 

 赤くなり、早口で言ったオリヴェルにこくこくと頷き、デシレアは今度こそ、すべての問題の解決に至った。 

 まあ。 

 ふたり揃って真っ赤ではあったのだが。 

 

 
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