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五十九、婚約者とロブスター、そしてすれ違う話 ~オリヴェル視点~
しおりを挟む「オリヴェル様?」
不意に繋がれた手をじっと見つめてデシレアが言えば、オリヴェルがにやりと笑った。
「まさか、迷子札を付ける訳にはいかないからな」
「迷子札?確かに人通りはありますけど、はぐれるほどではないですよ?」
「分からないだろう。人通りの少ない方が、危険ということもある」
そこまで言われて、デシレアは、オリヴェルが何を言いたいのかに気づく。
人通りなど皆無だった場所、あの森で行方不明になっただろう、と。
「なっ・・・別に、はぐれた訳ではないじゃないですか!それなのに、迷子扱いとか酷いです。あ、本当は首輪をつけたいとか言いませんよね?」
じとっ、と疑いの目を向けるデシレアに、オリヴェルは、そうか、と小さく呟く。
「その手が」
「ありません!絶対に嫌ですからね、首輪なんて!」
「そんな風に懸命に言い募る姿が、仔犬のようだ」
「私が仔犬なら、オリヴェル様はすっごく大きくて獰猛な犬ですね・・・うん。でも、知性も高くて、とっても強くて賢いんですよ、きっと」
想像したのか、にこにこと嬉しそうに言うデシレアに、オリヴェルはため息を吐いた。
「それでいいのか?」
「何がですか?」
「・・・・・いや、いい。それより、色々あって疲れただろう。俺達の荷物は、騎士団が責任をもって宿に届けてくれるという事だし、どこかで食事でもしないか?」
元気に振る舞ってはいるが、一般人が突然、騎士団の極秘捜査に関わらせられた負担は大きかっただろう、とオリヴェルは思う。
それに、子ども達にかなり情が移っていたようだからな。
その辺りも心配だ。
ふとした拍子に寂しさを滲ませるデシレアに、オリヴェルは労わりを込めて問いかけた。
「デシレア。何か、食べたい物はないか?遠慮は要らないぞ」
「食べたい物・・・あ、ロブスターが食べたいです!」
「ロブスターか。それなら、いい店がある」
そう言って、オリヴェルはデシレアの手を引いて歩き出す。
「嬉しいです!」
「それほど、食べたかったのか?」
「はい!あのお邸に行った最初の日に、ロブスターの夢を見まして。もう少しでジャックナイフ・・ええと、戦闘用のナイフを突き立てられる、というところで目が覚めてしまったので」
それ以来の心残りだ、と言うデシレアに、オリヴェルは、そうだったのか、と頷いた。
「しかし、戦闘用のナイフとは。それほど大きく、活きのいいロブスターだったのか?その、暴れて手に負えないような」
「いいえ?そこは、何処かの夜会の会場のような場所でしたので、きちんと料理されていましたよ?大きいロブスターではありましたけど」
「・・・・・それで何故、戦闘用のナイフが必要なのだ?」
「それは、私にも謎です」
きっぱりと言い切られ、オリヴェルは絶句した後、懸命にその理由を考え出す。
「ああ、では。例えば・・・以前、大きなロブスターをそうやって獲ったことがあって、その時の記憶が」
「ありません。そもそも、生きているロブスターを見たことがありません」
「まあ、そうだよな。では何故、そのような夢を。自分で獲ってみたい願望でもあるのか?」
「ありませんよ。大体どうやって獲るのですか。技術も無いのに不可能です」
「確かに」
そんな風に、端で聞けば奇怪な、否、本人達にもよく分からない話をしながら歩き、やがてオリヴェルが目指す店へと辿り着く。
「ここですか!?確かに、凄いロブスター推しですね。看板にも、大きなロブスターの絵があります」
「ほら、はしゃぎすぎるなよ。ロブスターは逃げないから、大丈夫だ」
「楽しみです!」
そうこうするうちにも、席へと案内され、デシレアはきらきらと目を輝かせてメニュウを見つめた。
「何にする?」
「オリヴェル様のお薦めで!」
「それでいいのか?」
「はい!どれも美味しそうで、選べませんのでお願いします」
「仕方ない。お願いされてやる」
笑いながらそう言って、オリヴェルはなるだけ色々な調理法を選び、ふたりで分けられるように注文していく。
「それで、頼む。あとワインは、先に」
「畏まりました」
注文を受けた店員が頭を下げて厨房へと向かうのを見て、デシレアは店内を見渡した。
「観光客も、たくさんいるみたいですね」
「ああ。この辺りは、元々観光地だからな」
「活気ありますね。その、大変な闘いがあった場所と聞いたので、復興が早いのかなとも思ったのですが、建物が新しくないので、その」
オリヴェルを気遣うように、それでも不思議が先に立ったように言ったデシレアに、オリヴェルは頷いた。
「実際の戦場となったのは、あの森の向こう側だけだ」
「つまり、あそこで食い止めたから、この町は無事だったということですね」
「あの時は、そうすることに必死だった。騎士達も、俺達も、自警団も」
「町が蹂躙されなかったのは、素晴らしい功績です。闘った皆さんを、誇りに思います」
そう言ってデシレアは、小さく祈りの言葉を述べる。
「デシレア。そうか、レーヴは」
「レーヴは、多くの街が壊滅的な被害を受けました。領都なんて、すべてが終わった時には、残っている建物が、数えるほどしかありませんでした」
「すまない。君の街を守れなくて」
オリヴェルの言葉に、デシレアが目を見開いた。
「何を言っているのですか。オリヴェル様は、神託の下りた英雄様ですけれど、神様ではないのです。万能、に近い才能をお持ちではありますが、その力にも限り・・は、ほとんどないように思う素晴らしさですが・・・ええと、とにかく!何でもひとりで出来る訳ではないのですから、すべての事柄に対して責任を持とうとなんてしなくていいのです!分かりましたか!?」
「・・・・・デシレア。自分で、何を言っているか分かっているか?」
「かなりごちゃごちゃしましたが、嘘は言っていませんよ。オリヴェル様はすっごく才能があって、力も強くて、魔力も凄くて、でもひとりではないのです」
ああ。
デシレアは、いつも。
「ありがとう」
ふっ、と真顔で言ったオリヴェルに、デシレアは首を傾げる。
「オリヴェル様?」
「さ、先に乾杯をしよう」
「え、あ、はい」
運ばれて来たワインをグラスに注がれてしまえば、デシレアもそれ以上追及することは出来ず、とりあえずとグラスを持ち上げた。
「それでは。デシレアの無事帰還を祝って」
「オリヴェル様の無事帰還を祝って」
「「乾杯」」
そうして、くすくすと笑い合ううち、料理が次々と運ばれて来る。
「美味しそう」
「目が釘付けだな」
「それを言うなら、鼻も夢中です。だって、どれも美味しそうでいい匂い」
「そういえば、レーンロート殿が、デシレアのレシピを楽しみにしていると言っていたな」
あの目は相当に本気だった、とオリヴェルが笑うも、デシレアは困ったように首を竦めた。
「あのお邸で作った料理のレシピを、と言われて。ハンバーグの時にオリヴェル様を確認したら頷いていたので、そのようにしましたけれど。あれ、そんなにきちんとした扱いにする必要ありましたか?」
「ある。レーンロート殿も言っていただろう。きちんとする、と」
「そうですけど」
「レシピを書く手間はあるだろうが、後は俺がするから」
「あ、やっぱりまた、そういうこと・・・!すみません」
言いつつもデシレアは、ロブスター料理を着々と攻略していく。
「こういう形のお砂糖があったら、子どものお茶会がもっと楽しくなるかもですねえ」
「デシレア?」
唐突な話題の変換にオリヴェルが驚くも、デシレアは邪気の無い笑みを浮かべてオリヴェルを見た。
「オリヴェル様も思いませんか?ロブスターとかひとでとかの形のお砂糖を作ったら可愛いんじゃないか、って。あ、お花でも可愛い」
「ああ。実際に作る時は、俺に言ってからな」
レシピの話が終わるか終わらないかでこれだ、とオリヴェルはため息を吐きながらも、次は何を言い出すのかと楽しみにもしている自分に気づく。
「子ども達と言えば。三人とも、随分デシレアに懐いていたな」
「可愛かったですねえ」
うっとりと言うデシレアに、オリヴェルはこほんと咳払いをした。
「その、デシレア。契約に反するような事になってしまうが、その。俺達にも子どもが居てもいいとは思わないか?」
この婚約、そして結婚は契約であり、実子は望まない。
そう明言したのは自分なのに、とオリヴェルは己の心境の変化をデシレアが咎めないか見極めようと、じっとその紅茶色の瞳を見た。
もし、嫌悪が浮かぶようなら、きちんと順序だてて。
普通の夫婦になりたい、実子を跡継ぎとしたい、と伝えて。
もちろん、時間をかけてもいい。
思うオリヴェルの前で、しかしデシレアはその瞳をきらきらと輝かせた。
「オリヴェル様も、そう思われましたか!」
「と、いうことは、デシレアも?」
それは、僥倖。
ならば、直ぐにも花石を渡す準備をして。
「はい!考えることは同じですね、オリヴェル様」
「ああ。だが、本当にいいのか?」
「もちろんです。オリヴェル様こそ、大丈夫なのですか?」
「そうなれば、俺は嬉しい」
となれば、婚姻してからと考えていた養子候補は不要だな。
実子か。
考えた事も無かったが、デシレアとの子なら可愛いだろうな。
髪や瞳の色が、お互いに違うからな。
どんな色を持つ子が生まれて来るのか。
「良かった!では、なるだけ早く、養子となる子をお迎えしましょう!」
少々、浮かれた頭で考えていたオリヴェルは、そのひと言に固まった。
「え?」
「もちろん、婚姻してからですけれど、楽しみです」
「いや、デシレア?」
「跡継ぎ、ということなら男の子でしょうか」
「ちょっと待て、デシレア。話が」
「小さい子が来たら、きっとかるかんも可愛がって・・・・あああっ!」
「あ」
ずれにずれまくった話の果て、かるかんを置いて来てしまったことに気づいたふたりは、急ぎ騎士団へと連絡を入れる。
駄目だ。
デシレアには、はっきり実子が欲しいと言わなければ。
そうしてオリヴェルは、連絡を入れた事で安心した様子のデシレアと、楽しく会話を弾ませロブスター料理に舌鼓を打ちながらも、今後の攻略法について思案を始めていた。
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