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五十八、攫われた婚約者と極秘捜査 ~オリヴェル視点~
しおりを挟む「事件、無事に解決してよかったですね。施設に捕らえられていた子達も、無事ご両親の元へ帰れたそうですし、あの三人も」
宿へと向かって帰る途中、殊更明るい声で言いかけたデシレアが、不意に黙った。
不思議に思ったオリヴェルがその視線を辿れば、小さな子達が楽しそうに遊んでいる。
本当に、無事で良かった。
そんな、少し寂しそうなデシレアを見つめ、オリヴェルは改めて彼女を失うかもしれないと思った恐怖を思い出す。
幻じゃ、ないよな?
夢、でもないよな?
これが、現実だよな?
思えば急に心配になって、オリヴェルはデシレアへと手を伸ばした。
探しても探しても見つからなかった、あの辛い過去は乗り越えたのだと確かめたくて。
「え?お連れ様ですか?お戻りになっていらっしゃいませんが」
宿へ駆け込むなり走り寄り、気迫に満ちた形相で『連れは戻っていないか』と問うたオリヴェルに、困惑気味に答えた宿屋の主人から部屋の鍵を受け取り、オリヴェルは念のためとデシレアの部屋を確認する。
「荷物もそのまま、荒らされてもいねえ。となると、やっぱり途中の道、あの魔力が途切れた辺りで攫われたか」
ディックの呟きを聞きながら、オリヴェルは机に置かれた絵を見つめた。
それは、来る途中の馬車のなかでデシレアが嬉しそうに描いていたもの。
『オリヴェル様、見てください。あそこで豚が競争しています』
『豚が競争?』
『はい!あ、あっちでは鳥が豚の餌を盗み食いしています。しかも、なんか豚を揶揄ってもいて、賢い!』
『・・・・・』
『すっごく創作意欲を掻き立てられますね、この風景!』
『・・・そうか。よかったな』
『はい!』
実際、何がそれほどデシレアの創作意欲を掻き立てるのか分からなかったオリヴェルは、そういうものかと窓の外を眺めてみる。
しかし、豚とは競争するものなのか?
餌を目指していただけではないのか?
・・・・・まあ、楽しそうだからいいか。
前の席に座り、何やらよく分からない歌を口ずさみながら、ご機嫌で鉛筆を走らせるデシレアを、オリヴェルもまた、楽しい気持ちで見つめた。
デシレア。
その時のデシレアの笑顔まで浮かんで、オリヴェルは強く唇を噛み締める。
「お。これ、嬢ちゃんの絵か。農場や牧場の風景を描くたあ変わっているが、流石、上手いな」
「ああ。騎士団へ行く」
「なっ。今の会話の流れでそれか?まあ、一刻を争うからな。急いで・・って、だから俺を置いて行くな!」
「鍵をかける。早く出ろ」
「ああ、もう。はいはい、分かりましたよ」
そうして再び宿屋の主人に鍵を預け、騎士団の詰め所へ向かおうと外に出たオリヴェルは、そこで戻って来た王子カールと聖女エメリと行き会った。
「いなかったか」
「はい。これから、騎士団に捜査依頼をかけに行ってきます」
「ああ。早く見つかるといいな」
「ありがとうございます。では、行きます」
「ちょっと待って!そんなことをすれば、デシレアさんが益々困ってしまうのではなくて?」
走り出そうとしたオリヴェルの手を掴んで、聖女エメリが表情を険しくする。
「エメリ」
そんな聖女エメリを宥めるように王子カールが声をかけるも、彼女は違うと激しく首を横に振った。
「これは、デシレアさんの為なのよ?だって、そうでしょう?出て来るに出て来られなくなってしまうわ。騎士団に捜索依頼なんて。『お芝居でした』では、済まされなく・・・っ!オリヴェル!」
「悪いが、急ぐ」
そう言って走り出したオリヴェルをディックが追い、聖女エメリはその背を呆然と見送る。
「うそ・・・わたくしの手を、振り払った。オリヴェルが」
「レーヴ伯爵令嬢が行方不明になって、オリヴェルも動転している」
「それにしたって!こんなこと、初めてよ。デシレアさんと婚約してから、オリヴェルは変わってしまったわ」
「婚約者を一番に考えるのは、当然のことだろう」
至極真っ当な王子カールの言葉に、しかし聖女エメリは口を尖らせた。
「心配させて、喜んでいるかも知れない婚約者なのに?」
「エメリ。不確かな事柄を、真実として語るのはやめるように」
「何よ、それ」
「この件が、レーヴ伯爵令嬢の狂言だと言い募ることだ」
「カールまで、わたくしが悪いというの?」
「この件に関しては、そうだ」
きっぱりと言い切られ、聖女エメリは悔し気に拳を強く握った。
「デシレア!返事をしてくれ!デシレア!」
鬱蒼とした森のなか、一本道以外道も無い場所で叫ぶも返事は無い。
「デシレア」
もう一度、と探しに来た森で、オリヴェルは失意に打ちひしがれた。
町の中心部、港、住宅街、と順に巡り、人間を隠して置けるような場所、怪しい人影を見なかったか、怪しい荷車などに覚えは、と聞いて歩き、更に怪しい場所は無いか捜索しようとしたものの、騎士団の方で何か捜査中とのことで、自由な出入りが出来ず、臍を噛むばかり。
「こうしている間にも、デシレアが・・・!」
思うオリヴェルの元へ、別行動でデシレアを探しているディックが走って来た。
「オリヴェル!騎士団からの連絡だ。すぐに詰め所へ来て欲しいと」
「分かった!」
デシレアが見つかったのか、もしくは何か情報を得たのだろうと、急ぎ詰め所に向かったオリヴェルは、詰め所のその部屋へ通された途端、目の前の騎士が両膝を突き頭を垂れるのを見て、盛大に眉を顰めた。
この様子。
緊急という感じではないが、心からの誠意を示す必要があるということか。
何だ?
まさか、こいつがデシレアに何かしたのか?
思えば胡乱な目になって行くオリヴェルの前で、騎士が平身低頭で謝罪を始めた。
「申し訳ありません。ご婚約者は、自分が連れ去りました」
「なっ。騎士が嬢ちゃんを連れ去った?何だって、また」
驚愕するディックの横で、オリヴェルは跪く騎士の徽章を確認する。
「民の安寧を守る第五騎士団の副団長が人さらいとは、世も末だな」
「違う!任務の支障とならないために・・・いや、申し訳ない」
人さらいではないと言うが、結果として同じだと切り捨てられ、騎士はごもっともと項垂れた。
「それで?デシレアは何処に居る?無事なのだろうな?」
「それは、もちろん」
「では、同意の上で連れて行ったということか?」
「いや。手刀で気絶・・・っ。本当に、申し訳ない。しかし、直ぐに治癒を掛けた」
懸命に説明する騎士を、オリヴェルはじろりと睨みつける。
「・・・・・色々言いたいことはあるが、捜査のためというなら黙るしかない」
「感謝する」
「しかし、魔法騎士か。それで、魔力封じも可能だった、と。かるかん、使い魔は?デシレアと一緒なのか?」
「特殊な鳥籠で眠ってもらっている」
「へえ、オリヴェル。使い魔を名前で呼ぶようになったのか」
それを聞いていたディックが、そう言ってオリヴェルの肩を小突く。
「これまで、使い魔の個体意識など能力以外どうでもいい、とか言っていたオリヴェルがねえ。いやあ、嬢ちゃんの愛の力は偉大だな、って思ったなんて言わねえよ」
「デシレアは、希少生物なんだ」
「へ?」
その意外な言葉に、それまでにやにやと笑っていたディックがぽかんと口を開けるも、オリヴェルはそれ以上構うことなく騎士へと視線を移した。
「直ぐに連れて帰る。デシレアの所へ連れて行け」
オリヴェルの言葉に、しかし騎士は初めて強い反発を見せた。
「それは出来ない。彼女は既に、極秘捜査に携わっている」
「何を勝手な」
「勝手だと分かっている。しかし、これは譲れない」
真摯な瞳でそう告げた騎士は、オリヴェルに一枚の畳まれた紙を差し出した。
「これは?」
「デシレア嬢から、メシュヴィツ公子息への手紙だ」
言われ、奪い取る勢いで手紙を開いたオリヴェルは、その余りの短さに目を眇める。
《無事です。デシレア》
「・・・・・」
これは、本当に手紙と呼んでいいものか?
伝令文だって、もっと長さがあるぞ。
第一、宛名はどうした。
いや、極秘捜査と言っていたな。
何をどう書いていいのか、判断が難しかったという事か。
「どうした?嬢ちゃんは無事なんだろう?」
心配そうにオリヴェルを見るディックに、オリヴェルは小さく頷いた。
「らしい、な」
そして、短くそう答えたオリヴェルは、未だ跪いたままの騎士に鋭い視線を向ける。
「詳しく説明しろ」
「ああ、無論そのつもりだ」
「言っておくが、ぼかしや誤魔化しは一切無しだ。どのような極秘捜査で、デシレアはどのような状況に置かれているのか、今現在、捜査の進捗はいかほどなのか。全て、詳らかに頼む」
威しのようなオリヴェルの言葉に、騎士は首を横に振った。
「しかし、そのような事をすれば」
デシレアを巻き込んでしまった以上、オリヴェルにもきちんと説明はする。
しかしそれは、事件の詳細を話すことではない、そのような事をすればオリヴェルまでも巻き込む事になる。
それは本意ではない、と困惑したように言う騎士に、オリヴェルはにやりと笑って言った。
「構わん。それが、狙いだ」
・・・・・思えば、レーンロート殿を初対面で脅かし過ぎたか。
いやしかし、デシレアを巻き込んだのだから、妥当だな。
手刀までいれたというのだから、もっと脅してもいいくらいだったか。
思い返し、オリヴェルはここに至るまでの事を思う。
あれから、子どもの着替えを買って、デシレアの荷物と俺の荷物を取りに戻って。
そして、漸くあの邸で、デシレアを見た時は、本当に・・・。
喜び、安堵、本当に何処も怪我などないのかという不安。
色々な感情が溢れて涙が零れそうになったなど初めてのことで、オリヴェルは自分にとってデシレアがどれだけ大切な存在なのかを思い知った。
そして、あの邸での日々。
子ども達と一緒に遊ぶデシレアは、本当に幸せそうに笑っていた、とオリヴェルは心が温かくなるのを感じる。
まあ、安定のやらかしで、レーンロート殿は大層驚いていたがな。
思い返せば苦笑しかないが、そんな平和な日常もデシレアが居てこそ。
もう二度と、離れることなどないように。
「デシレア」
「はい、オリヴェル様」
オリヴェルは、呼べばすぐに笑顔で返事をくれるデシレアの手を、そっと握った。
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