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五十四、推しと騎士と子ども達との奇妙な同居生活 2
しおりを挟む『うわあ。凄いご馳走』
デシレアは今、ここは夢の世界かと思うほどに素晴らしいご馳走に囲まれている。
魅惑的なじゃがいもやブロッコリーに囲まれた大きな肉の塊は、程よく焼けて素晴らしく食欲をそそる匂いを放っているし、巨大と称しても忖度ないほどに立派なロブスターは、こちらへお出でと手招きしているよう。
『どれから食べよう』
蟹もあるし、串焼きもある。
あ、あっちにはパイやキッシュも!
ここは天国?
天国なの?
うきうきと浮き立つ心のまま、取り皿片手にデシレアはあちらこちらと見て歩き。
『決めたわ!やっぱり巨大ロブスターから!』
漸く心決めて、何故かジャックナイフを手に、調理済み巨大ロブスターへと挑みかかった。
「おとうしゃまあっ!おかあしゃまあああああっっ!」
「なっ、何事!?」
「敵襲か!?」
その時、突然の叫びが辺りに響き渡り、デシレアは文字通り飛び起きた。
「え?ここどこ・・・あ、そうだった。騎士団のお邸」
状況を思い出したところで、デシレアは慌ててベッドから下り、泣き叫んでいるマーユの傍へと急ぐ。
「どうしたの?怖い夢でも見た?」
「おっ、おかあしゃま、どこ?」
「お母様はね」
「おかあしゃまぁ!ふれや、おうち、かえるっ」
「ははうえ・・・っ」
デシレアがマーユの背を撫でながら抱き上げたとろこで、叫びに起きたフレヤとエディまでもが泣き始めてしまった。
「フレヤ」
マーユを抱っこしたままフレヤのベッドへと行ったデシレアは、フレヤとマーユを抱き寄せて優しく頭を撫でる。
「エディ。強い男になりたかったら、寂しくとも、泣くな」
一方で、敵襲かと叫んで飛び起きたオリヴェルもエディのベッドに座り、肩を撫でながら言い聞かせた。
すると、ひっくひっく言いながらも、エディは真剣な目をオリヴェルへと向ける。
「つよい。おりべうさまみたいな?」
「俺がそうかは知らないが、真に強い者は他者に優しい。俺も、かくありたいと思っている」
「たしゃ?・・に、やさしく、か・・かく・・?」
「ああ。他者とは、自分以外の人間のことだ。まあ、動植物を含めてもいいが」
「じぶんいがい・・・かく・・?どうしょ?」
オリヴェル様、エディは未だ五歳です。
大人しく聞いてはいるものの、きちんと理解するには難しい内容なのでは、と苦笑しながら聞いていたデシレアに、マーユが言った。
「でち。おちっこ」
「え!?」
「でしー、あたちも」
「えええええ!?ちょっと待ってね!オリヴェル様!フレヤを」
「おりべうさま、おてあらいいきたいです」
デシレアが言いかけたところでエディもそう言い出し、オリヴェルとデシレアは混乱しながらも、とにかくお手洗いへと子ども達を抱えて急ぐ。
「デシレア、俺はあちらのへ行く!」
「お願いします!」
一番近くのお手洗いをデシレア達に譲ってくれたオリヴェルが、エディを抱えて走り去る。
「はやいっ」
「びゅううん!」
そのオリヴェルの動きを見て、フレヤとマーユがきゃっきゃと笑うのを聞きながら、デシレアはお手洗いへと飛び込んだ。
「フレヤ、マーユが先で大丈夫?我慢、出来る?」
「できゆ!」
「いい子・・・!」
心底感動し、デシレアは急ぎマーユに用を足させる。
「でち。まあうも、いいこ」
「もちろん。お手洗い言えて、いい子よ、マーユ」
「へへ」
「さ、いらっしゃいフレヤ」
「うん」
交代ね、と言いながらデシレアはフレヤも用を足させ、きちんと寝間着を着させて漸く安心した。
「間に合ってよかった」
「よかった!」
「さあ、ふたりとも手を洗って」
「おてて、きえいきえい」
「おてて、あらう」
「ふたりとも、上手ね」
ひとりずつ抱き寄せて何とか手を洗わせ、きちんと布で拭き取れば、すべて完了とデシレアは息を吐く。
「はあ。完遂」
「かんしゅい!」
「でち・・・ねむい」
難しい任務を達成したかのように、やり切った感満載のデシレアが胸を撫でおろせば、フレヤがそんなデシレアの真似をし、マーユはデシレアに凭れて寝入ってしまう。
「さ、お部屋に戻りましょう」
ともかくとマーユを抱き上げ、フレヤの手を握ってデシレアが廊下へと出れば、そこにはオリヴェルが居た。
「大丈夫だったか?」
「オリヴェル様。はい、こちらは問題無く。そちらは?エディはどうしたのですか?」
エディの姿が見えない、とデシレアが問えば、オリヴェルが頷きながらフレヤを抱き上げる。
「ああ。エディは、既に済ませてベッドに戻っている。心配ない」
「ちゃんと、手も洗いました?」
「俺を誰だと?」
「失礼しました。きれい好きオリヴェル様」
「きえいじゅき」
「フレヤも、手を洗ったか?」
「うんっ」
「なら、フレヤもきれい好きだな」
「いっちょ!」
きゃあ、とオリヴェルの首に抱き付いて、フレヤが足をばたばたするのを、危ないとオリヴェルが押さえ、それが楽しいとまたフレヤが暴れる。
「さ、いい子で寝ろ」
部屋へと戻り、再びベッドへ寝かせれば、フレヤがじぃっとオリヴェルを見あげた。
「どうした?」
「ぽんぽんちて」
「ぽんぽん?頭を撫でてほしいのか?」
「ねるときの、ぽんぽん」
「オリヴェル様、襟元を軽く叩いて、ということではありませんか?それか、お腹の辺りか」
困惑するオリヴェルにデシレアが言えば、ぎこちなくオリヴェルがフレヤの襟元や、お腹の辺りをぽんぽんする。
「これでいいのか?」
「くふふ」
満足そうに笑うフレヤの前髪を、オリヴェルはそっと撫でた。
「おやすみ」
「おやしゅみなさ」
「いい夢を、見るといい」
子煩悩なオリヴェル様も、素敵。
新発見。
優しい手つきでフレヤの布団を直すオリヴェルを、デシレアはまたも新たな魅力を見つけたと、きらきら光る目で見つめていた。
「では、質問。右のお手ては、どっちかな?」
「こっち!」
「ち!」
「左のお手ては、どっちかな?」
「こっち!」
「ち!」
デシレアの問いに、フレヤとマーユが嬉しそうに片手ずつ挙げて答え、エディも仕方なさを装いながらも目を輝かせて参加している。
朝食を終えた後のひと時。
クリスは既に出かけていて、ここには居ない。
五人の居間で子ども達を遊ばせながら、デシレアはちらりとオリヴェルを見た。
オリヴェル様と同じ寝室なんて、もっと緊張しそうなものなのに、そんな暇も無く。
思えば、苦笑さえしてしまう。
昨夜の騒動から一夜開け、またも朝の仕度に大騒ぎをしたため、デシレアもオリヴェルも、自分の身支度はその合間を縫って、交互に行うという事態に陥った。
それどころじゃなかったものね。
みんなを着替えさせて、自分も朝の仕度を済ませることばかり考えていたから、オリヴェル様の寝起きとか寝間着姿にどきどきする暇なんて、皆無。
昨夜なんて、寝間着のまま廊下を一緒に歩いてしまったのに、どきどきではなく、無事に任務をやり遂げた達成感の方が大きくて。
・・・・・ちょっと、勿体なかったような。
考えてみれば、合法的にオリヴェル様の寝間着姿を堪能し、オリヴェル様の寝起きを見る好機だった、朝起きて、顔を洗う前の寝間着姿も見たはずなのに、子ども達の印象が強すぎて余り記憶にない、という過去のデシレアからすれば有り得ないほどの大失態を繰り広げてしまった訳だが、それはそれだと今のデシレアは思う。
何ていうか。
寝起きを見て照れる、の前に、いかにして子ども達に顔を洗わせ、口を濯がせて着替えさせるか、っていう任務、もとい共同作業に没頭した感じで、これはこれで良し。
それはそれでとても楽しかった、と今も子ども達を一緒に遊ばせながら思う。
「右手、左手、両手を頭の上に乗せ」
「のしぇ」
「お耳のながーい、うさぎさん!」
「さん!」
「ぴょんぴょん!」
途端、フレヤとマーユがぴょんぴょんと言いながら動き出し、エディも楽しそうにオリヴェルを見た。
「エディ、力比べをするか?」
「します!」
そんなエディの手を取り、オリヴェルは自分の腕に掴まらせる。
「エディがここにぶら下がっていられる時間が長いか、俺が疲れたというのが早いか、競争だ」
「はいっ」
そう言って立ち上がったオリヴェルの腕に、エディは懸命にしがみ付く。
「お、なかなか強いな。いいぞ」
オリヴェルの言葉に嬉しそうに笑い、エディは足をぶらぶらとさせた。
「あたちも!」
「ちも!」
するとそこへフレヤとマーユも参戦し、届かないオリヴェルの腕の代わりとばかりフレヤはオリヴェルの足に、マーユはエディの足にしがみ付く。
「くすぐったいよ!」
マーユにしがみ付かれたエディの腕から力が抜け、あわやマーユの上に落下、となる前にオリヴェルが揚々とエディを抱き上げ腕に座らせると、マーユをもう片方の腕で抱き上げる。
「じゃあ、フレヤはこっちね」
そしてフレヤの目に羨望が宿る前に、デシレアがフレヤを抱き上げた。
「おいべ・っ・・しゃまっ」
「ん?」
そのデシレアの前で、マーユがぱたぱたと動きながらオリヴェルの顔を覗き込む。
「とりしゃん、びゅん、ちて」
「なんだ、それは」
「鳥のように、空を飛ぶ真似をすることです、オリヴェル様」
目をきらきらさせるマーユに強請られ、首を捻るオリヴェルにデシレアが言えば、オリヴェルが納得と頷く。
「なら、順番だ。エディ、少し待て」
「エディ、フレヤ。マーユが何をしてもらうのか、一緒に見ようね」
「うん・・・?」
フレヤとエディの背の高さに合わせ、しゃがみ込んだデシレアが言うも<とりしゃん、びゅん>なるものがよく分からなかったらしいエディとフレヤが、実際に動き出したオリヴェルを見て、一瞬でその瞳を輝かせた。
「とりしゃ、びゅん!」
そしてあがる、マーユのはしゃいだ声。
「よし、エディ来い」
「じゃあ、フレヤは私が」
そうしてマーユを満足するまで回した後、順番だと交代すれば、マーユは床に座って手を叩きながらきゃっきゃと笑い声をあげた。
そしてまたマーユを、そしてエディをと順繰りにふたりフル稼働で数回動いた所で、デシレアが音を上げた。
「もうむりぃ」
「りぃ」
ソファに取りすがるように座り込んだデシレアの背を、フレヤとエディがそっと撫でる。
「でしー、いいこ」
「でしれあ、だいじょうぶ?」
「大丈夫よ、ありがとう」
「それなら、こんどは、きしさまとぞく、やりたい」
瞳をきらきらと輝かせて言うエディに、デシレアは気が遠くなりながらも頷いた。
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