58 / 115
五十三、推しと騎士と子ども達との奇妙な同居生活
しおりを挟む「でち!おいちい!」
「おいしい?よかったわねぇ。ちゃんと、もぐもぐ噛んでから、ごっくんしてね」
「んっ」
デシレアの隣でマーユが幸せそうにハンバーグを口に運べば、その隣でフレヤも上手にフォークを扱う。
「そうか。小さく切ってやると、食べやすいんだな。それに、フォークも小さい方が持ちやすい。当たり前か。こんなにも小さい手なのだから」
更にそのフレヤの隣で、クリスが納得したように頷いた。
「マーユもフレヤも、フォークを扱うのがとても上手です。それにエディは、ナイフとフォークをきちんと扱えるのね。流石小さな紳士さん」
そしてデシレアがマーユとは反対側の隣に座っているエディに言えば、嬉しそうに顔をあげる。
「ナイフとフォーク、ちいさいから、もちやすいです」
先にエディに確認したところ、普段カトラリーは大人と同じ物を使っていることが分かったが、小さい方がいいという本人の希望で、ここではデザート用の物を用いることとした。
「さっきも言ったけれど、これは本当はデザート用なの。余所に行った時、間違えないように気を付けてね」
「はい」
こくんと頷き、エディはぱくりと温野菜を口に入れる。
そのエディの向こうでは、オリヴェルがきれいな所作でステーキを切っていて、いつもの事ながら、デシレアはうっとり見惚れてしまいそうになった。
「どうした?」
「ああ、いえ。一列並びで食事、というのも壮観だと思いまして」
うっとり仕掛けたことは誤魔化し、デシレアがもうひとつ思っていた事を音にすれば、オリヴェルも苦笑を浮かべる。
「確かにな」
「順当では、あるのですけれどね」
騎士が二十人は座れそうな大きなテーブルの片側に、オリヴェル、エディ、デシレア、マーユ、フレヤ、クリスという順に一列に並んで座る今の状況は、なかなかの食事風景である一方、未だひとりで食べるには覚束ない子ども達の事を思えば、当然の配置とも言えた。
一番幼いマーユをデシレアが、フレヤをクリスが、そしてエディをオリヴェルが見られるため、何かあれば直ぐに対処も出来る。
「デシレア嬢。その、子ども用のカトラリーのことなのだが。デシレア嬢が子どもの頃、使った記憶があるのか?」
「いいえ?」
クリスからの問いに答えながら、デシレアはマーユの、その首に結んだナプキンのずれをきちんと直した。
「では、何処かで見たのか?」
「いいえ・・・そういえば、弟も使っていた記憶が無いですね」
「そうだろう?俺は見たことも聞いたことも」
「私、かなりのお呆けさんなのかしら?」
「は?」
頬に片手を当てて言うデシレアを、クリスは信じられない物を見るように見た。
「だって、自分が使っていた記憶も、弟が使っていた記憶も無いんですよ?相当、記憶力が悪いのかしら?」
「・・・・・ああ。記憶力は分からないが、呆けているというのはそうかもしれない」
「え!?今の、冗談だったのですが」
「っ・・・と、ところで。ハンバーグというのも、凄く美味しそうだな。どうだろう、フレヤ。俺のステーキと、一口分ずつ交換しないか?」
デシレアから不自然に視線を逸らし、クリスはフレヤへそう交渉を始める。
「こうかん!」
「それは、いい、ってことか?これ、ひとつくれるか?」
そう言って、ひと口大に切られたハンバーグをクリスが指させば、フレヤがこくんと頷いた。
「いいよ!」
「じゃあ、これと交換な。ちゃんとよく噛むんだぞ?」
自分のステーキをひと口大に切ったクリスは、それをフレヤの皿に乗せ、フレヤの皿からハンバーグを一口分貰う。
「うん、旨い」
「おいしいね」
「おいちい!」
感嘆したように言ったクリスに、フレヤとマーユも続く。
「デシレア嬢は、本当に料理上手なのだな。スープの味も抜群だし」
「お口に合って、何よりです」
デシレアも嬉しそうに、にこにこと答え、クリスは呑み込んだハンバーグの余韻を楽しむように、僅かに目を閉じた。
「ところで、このハンバーグというのは、デシレア嬢考案の料理なのか?」
「いいえ。タルタルステーキを、焼いただけだと思っていただければ」
「だが、何か野菜も入っているだろう?」
問われ、デシレアは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そこは、ちょっと考えました!ハンバーグにお野菜を入れたら、お野菜嫌いでも食べやすいかな、って。まあ、みんなお野菜も普通に食べてくれるので、要らぬ心配でしたが」
「なるほど。それはいい案だな。いや、騎士団の中にも野菜嫌いは居てな」
「大人になっても、苦手な方は苦手ですよね」
「だが、このようにすれば、確かに食べやすいだろう。今度、正式に騎士団へ料理法を伝授してくれないか?」
真顔で言われ、デシレアはまさかと首を横に振った。
「それほどのことでは、何なら今」
「い・い・や。きちんとしよう、その辺は」
クリスにきっぱりと言われ、思わずオリヴェルを見たデシレアは、深く頷きを返されてクリスに了承の意を告げる。
「分かりました。では、きちんと文章にしておきますね」
「頼んだ」
その後すぐ、フレヤとマーユの口元に気を取られたデシレアは、クリスとオリヴェルが何とも言えない笑みを交わし合っていたことを知らない。
「はい、お口きれい」
「しゃっぱり!」
食後、クリスに手伝ってもらいながら後片付けをしたデシレアは、その間ひとりで三人を見ていたオリヴェルが、ぐったりとソファに寄り掛かっているのを横目に、三人の口を漱ぎ、寝る準備を整えて行く。
「じゃあ、次はお着替えね」
「よし、エディ来い」
「はい」
「それなら、マーユとフレヤは、じゃんけんしようか」
クリスがエディを手招きし、デシレアがマーユとフレヤにじゃんけんをさせて、着替える順番を決めようとすれば、オリヴェルがのっそりと立ち上がった。
「なら、ひとりは俺が」
その言葉に甘え、それならとデシレアは、とことことオリヴェルへ寄って行ったフレヤの着替えを任せることにする。
「んぷっ!くうしいっ」
「悪い!」
「きしさま、いたいです」
「ごめんな!」
「でち!」
「はい、ばんざいして。ばんざーい」
「じゃーい!」
三々五々、笑ったり焦ったりしながら、何とか三人とも寝間着に着替え終え、眠る仕度は整った。
「子どもひとり、大人ひとりの組み合わせで寝るか」
それが妥当だろうと言ったクリスの提案に、しかしオリヴェルは首を横に振る。
「いや。子ども達は三人とも、俺とデシレアと一緒に寝ればいい。クリス、レーンロート殿は、明日も騎士団への報告などで忙しいだろうから、ひとりで寝てくれ」
「オリヴェル様は、大丈夫ですか?」
「ああ。俺は、ここで待機だからな。問題無い」
クリス様がひとりで寝るのならオリヴェル様も、と言ったデシレアに、オリヴェルは笑って答えた。
「メシュヴィツ公子息。此度はこちらの事に巻き込んで、真に申し訳ない」
改めて頭を下げるクリスに、オリヴェルは軽く首を横に振って、自分の事は気にしなくていいと意思表示する。
「いや。元々、陛下からの下命もあってこちらへ来たのだから、俺の方は、気にしなくていい」
「あ、ああ、もちろん。こちらの都合でご協力願う事になったデシレア嬢の事は、その経緯も含めて上層にきちんと報告する」
言外に、デシレアを巻き込んだことは論外、と氷点下の笑顔で告げたオリヴェルに口元を引き攣らせ、クリスは分かっていると頷いた。
そんなふたりの密かなる攻防を余所に、子ども達と楽しく戯れていたデシレアが、突然ことりと寝入ってしまったマーユを抱き上げ、クリスとオリヴェルを見遣る。
「それでは、先に子供たちを部屋に連れて行きましょうか。クリス様。オリヴェル様と私と子ども達、五人一緒に寝られる部屋はありますか?」
「それは、心配要らない。こっちだ」
そう言って、眠そうに目を擦るフレヤを抱き上げたクリスが歩き出す後ろを、眠ってしまったマーユを抱っこしたデシレア、エディを抱っこしたオリヴェルのふたりが続く。
「ここなら、問題ないだろう」
そう言ってクリスが案内した部屋には、大きなベッドが五つあって、部屋の広さも充分と見えた。
「デシレアが着替え終わる頃、寝に来る。先に、ベッドに入っていていい」
「分かりました」
オリヴェルに言われ、デシレアは置かれていた衝立の蔭で寝間着に着替えると、丁寧に髪を梳かしてから、子ども達の様子を見に行く。
「でしれあ」
マーユも、そしてフレヤも既にすやすやと寝入っていたが、エディは、デシレアが近づくとぱっちりと目を開けた。
「どうしたの?エディ」
「あしたは、ちちうえとははうえにあえますか?」
その目にある不安。
それを少しでも解消できればと、デシレアは言葉を選んで穏やかに告げる。
「明日は、難しいかもしれないわ。でも、クリス様達が頑張ってくださっているから、絶対お家に帰れるからね」
「でしれあと、おりべうさまは、いてくれますか?」
「ええ。一緒に居るわよ」
それは大丈夫、とデシレアが即答すれば、エディは少し安心したように口元を緩める。
「さ、おやすみなさい。目を閉じて、ゆっくり呼吸をして」
エディの手を握り、デシレアはその襟元をぽんぽんと優しく叩く。
「おやすみ・・なさい」
ことりと寝入ったエディの頭を撫で、もう一度マーユとフレヤの布団を直してから、デシレアは自分もベッドへ入った。
「オリヴェル様、もういいですよ、なんて。かくれんぼ・・・みた・・い・・ねむい・・けど・・オリヴェル様・・待って・・・」
未だオリヴェル様におやすみなさいを言っていない、と思いながら、デシレアはそのまま夢の世界へと旅立って行った。
15
お気に入りに追加
303
あなたにおすすめの小説
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】
王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。
しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。
「君は俺と結婚したんだ」
「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」
目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。
どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~
うり北 うりこ
恋愛
平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。
絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。
今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。
オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、
婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。
※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。
※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。
※途中からダブルヒロインになります。
イラストはMasquer様に描いて頂きました。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。
※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。
元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。
破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。
だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。
初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――?
「私は彼女の代わりなの――? それとも――」
昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。
※全13話(1話を2〜4分割して投稿)
悪役令嬢に転生したと思ったら悪役令嬢の母親でした~娘は私が責任もって育てて見せます~
平山和人
恋愛
平凡なOLの私は乙女ゲーム『聖と魔と乙女のレガリア』の世界に転生してしまう。
しかも、私が悪役令嬢の母となってしまい、ゲームをめちゃくちゃにする悪役令嬢「エレローラ」が生まれてしまった。
このままでは我が家は破滅だ。私はエレローラをまともに教育することを決心する。
教育方針を巡って夫と対立したり、他の貴族から嫌われたりと辛い日々が続くが、それでも私は母として、頑張ることを諦めない。必ず娘を真っ当な令嬢にしてみせる。これは娘が悪役令嬢になってしまうと知り、奮闘する母親を描いたお話である。
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる