推しと契約婚約したら、とっても幸せになりました

夏笆(なつは)

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五十二、夕食までも、ひと騒動

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「うーん。やっぱりいいベーコンは、いいお出汁が出るぅ。最高!」 

 湯あみを終え髪を乾かした後、デシレアはひとり厨房で夕食の仕度に取り掛かる。 

 今日のメニュウは、ベーコンと野菜のスープにサラダ、そして大人にはステーキを焼き、子ども達にはハンバーグを作る予定。 

「後は、パンがあれば大丈夫かな」 

 小さな子達ということで、サラダは温野菜を中心にしてあるが、大人には生の葉野菜も用意した。 

「あ、それと飲み物」 

 呟きながら、ひとり厨房を動き回っていたデシレアは、突然の大絶叫を聞いてその手を止める。 

「マーユ?どうしたのか・・・え?フレヤも?」 

 見に行こうにも竈の火が、と思っているうちその声がやがて二重奏になり、どんどんと厨房へ近づいて来た。 

「でち!」 

「でしー!」 

「どうしたの?ふたりとも」 

 クリスの両腕にそれぞれ抱えられて来たマーユとフレヤが、一直線にデシレアへと走り出そうとして、クリスに止められる。 

「危ないから、駄目だって」 

「ここは、火を使っているから危ないの。あちちなのよ」 

 言いつつデシレアが近づけば、ふたりともぴたっとデシレアに張り付いた。 

「どうにも、待ちきれなかったみたいで」 

 苦笑するクリスの言葉に、デシレアはそうかと頷きを返す。 

「お腹が空いたのね。もう少しで出来るから、あとちょっとだけクリス様と待っていてくれる?」 

「ああ、いや。待ちきれなかったのは、デシレア嬢の方」 

「え?私?」 

「そう。戻って来ない、って大騒ぎさ」 

 お手上げだ、と言わぬばかりにクリスは笑いながら両手を挙げた。 

「でちとっ、いゆの!」 

「でしー、いいにおい」 

「危ないから、向こうでいい子に、クリス様と待っていて。ね?」 

 このままでは肉もハンバーグも焦げる、と焦るデシレアが言うも、ふたりは離れようとしない。 

 

 うーん、どうしよう。 

 でも絶対的に危ないから、クリス様に抱いていてもらって、後ろに。 

 

「ほら、ここに座って待っていろ」 

 万が一にも火には近づけないよう注意して、調理している所を後ろから見ていてもらおう、とデシレアが思ったところで、椅子を両手に持ったオリヴェルが厨房へ現れた。 

 その背には、エディが少し恥ずかしそうに背負われている、というよりも、自分の両手でオリヴェルの肩にしがみ付いている。 

「ああ、ほら。マーユもフレヤも、ここにお座りできるかな?」 

「うんっ」 

「おしゅわり」 

 肉とハンバーグの焦げ具合を気にしつつ言えば、ふたりとも椅子によじ登るようにして座った。 

「上手にお座りできました」 

 転がらないよう手を貸してやれば、ふたりはきゃっきゃとはしゃいで笑う。 

「ここから一緒に、見ていよう」 

 そう言ってオリヴェルは、子ども三人を椅子に座らせて、クリスと共にその傍に立った。 

「じゃあ、少し待っていてね」 

 急ぎ竈へ戻り、デシレアは肉とハンバーグを仕上げ、スープを仕上げていく。 

「いい匂いだ・・・っと、俺はテーブルを拭いて来よう」 

「お願いします、クリス様」 

「ぼくも、いきます!」 

「じゃあ、一緒に行くか」 

「はいっ」 

 気楽な様子でそう言ったクリスにエディも続き、デシレアから布巾を受け取って厨房の続きとなっている食堂へと向かって歩いて行く。 

「食堂が厨房の続きになっているの、便利ですね」 

「騎士団も男所帯だからな。大鍋をそのまま運んで、という食べ方も珍しくないのだろう」 

 デシレアの言葉にオリヴェルが、動き回って転びかけたマーユの襟を掴みながら答える。 

「大鍋料理をそのまま。オリヴェル様も、そのような経験が?」 

「野営の時などは、そうだな」 

「オリヴェル様と、ひとつ鍋をつつくなんて素敵。うん、決めました!今度一緒に、お鍋しましょう!」 

 我ながら名案と言ったデシレアに、オリヴェルが苦笑した。 

「大鍋を、ふたりでか?」 

「大鍋というか、色々な具材を入れて、テーブルの上で調理しながら食べるのです」 

「色々な具材?スープのようなものか?よく分からないが、デシレアの料理だからな。楽しみにしている」 

 話ししながらも、動き回るマーユとフレヤの動きを見守るオリヴェルと、手際よく料理を仕上げていくデシレア。 

「とまと!」 

 その時フレヤが、デシレアがサラダに使おうとしている小さなトマトに大きく反応した。 

「フレヤは、トマトが好き?」 

「しゅき!」 

「じゃあ、ここに乗せてくれる?」 

「うんっ」 

 厨房の高いテーブルに届かないフレヤを抱き上げ、デシレアはフレヤが小さなトマトを飾り付けるのを手伝う。 

「まあうも!」 

 それを見ていたマーユが、自分もとオリヴェルに抱かれながら暴れ、その顎を見事に拳で打った。 

「うっ・・・なかなかの力だな」 

「ごめ・・しゃ」 

「次、気を付ければいい」 

「ふふ。ごめんなさい出来たの?じゃあ、マーユはこちらに乗せてくれる?」 

 言いつつ、水を弾いてつやつや光る、小さなトマトの入った籠をオリヴェルに渡せば、その群青の瞳が一瞬ぎょっとしたように見開かれた。 

「俺がか!?・・・いや、そうなるか」 

 ここには大人がふたりしかおらず、デシレアは既にフレヤを抱き上げている。 

 となれば、同じように厨房の高いテーブルには顔も出ないマーユを抱き上げるのは、必然的にオリヴェルということになるわけで。 

「いいか、強く握り過ぎるなよ?潰れるからな」 

「とーと!」 

「ああ、ほら、ここだ。ここに、それを乗せればいい」 

 真剣な顔で幼子に言い聞かせるオリヴェルを見つめ、デシレアは至福と笑み零れた。 

「オリヴェル様、父性大爆発ですね!」 

「君こそ、母性大爆発じゃないか」 

「はつ!」 

「はちゅ!」 

 フレヤもマーユも真似をして、きゃっきゃと笑う。 

「お、完成か」 

「おいしそう!」 

「な、エディ。楽しみだな」 

 そこへクリスとエディが戻って来て、嬉しそうに厨房のテーブルを見つめた。 

「じゃあ、運びましょう!」 

「ああ、ワゴンなんて無いからな。俺も運ぶ」 

「こぶ!」 

「はこぶ!」 

「ぼくも!」 

 クリスが言えば、マーユもフレヤもエディもそれに倣う。 

「みんな、ありがとう。それならマーユはこれ、フレヤはこれ、エディはこれを、持てるかな?」 

 マーユとフレヤにはそれぞれ未だ何も入っていないコップを、そしてエディにはパン籠を持ってもらい、デシレアはスープや肉料理をトレイに乗せて、それぞれ運ぶ準備をする。 

「これを運べばいいのか」 

「あ、はい!オリヴェル様まで、すみません」 

「こういうのは、共同作業だろう。作るのを任せてしまったのだから、当然だ」 

「オリヴェル様、男前です」 

 流石、と瞳を輝かせるデシレアの前に、クリスがずい、と顔を出した。 

「デシレア嬢?俺もいるが?」 

「クリス様も、男前です!」 

「デシレア。カトラリーは、これでいいのか?」 

 そこへオリヴェルが、割り込むようにデシレアの意識を引く。 

「あ、はい。それなんですけど。こちらには、子ども用のものが無くて。代わりに、デザートフォークとナイフでいいでしょうか?本当は違うものだよ、ときちんと教えれば問題ないかと思うのですが」 

「子ども用の?」 

「カトラリー?」 

 デシレアの言葉に、オリヴェルもクリスも怪訝な表情になった。 

「あ、分かっているのです。騎士団に、子ども用の物なんて要りませんものね。ですが、大人用のは大きいと思うので。フレヤとマーユの分は、小さく切ってから渡しますが、エディはそろそろカトラリーの扱い方を習い始める頃かとおも・・・あの、オリヴェル様?クリス様?」 

「あ、ああ。フレヤとマーユはそれでいいだろう。エディには、直接本人に聞いてみてはどうだ?」 

「あ、なるほど!もう自分で分かるでしょうし、それがいいですね。流石オリヴェル様です。では、ちょっと聞いてきますね・・・エディ、ちょっといいかしら」 

 言いつつ離れて行くデシレアに暫し呆然としていたクリスは、やがて我に返ったようにぐるんとオリヴェルを見た。 

「メシュヴィツ公子息!」 

「何も言うな」 

「ですが、デシレア嬢は何も分かっていません。温風の魔法にしても、メシュヴィツ公子息がきちんと」 

「いつものことだ」 

「え?」 

「慣れているから、問題ない」 

 そう言ってオリヴェルは、クリスの肩をぽんと叩く。 

「慣れている・・・英雄の婚約者なんて、荷が重いだろうと他人事ながら思っていたが。大変なのは、どちらかということか・・・?」 

 そのままデシレアの元へと歩いていったオリヴェルを見送り、共に笑い合う姿を見て、そうか、お似合いとはああいうことをいうのか、とクリスはひとり納得した。 

 

 

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