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番外編 ホワイト交響曲(シンフォニー) 2 ~オリヴェル視点~

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「では、よろしく頼む」 

 王城へと戻ったオリヴェルは、まず王子カールと聖女エメリの予定変更を伝え、ふたりが夕食を外で摂ることとなったので、王城での仕度は不要ということ、及び食事を終える頃に迎えに行くよう馬車の手配を侍従に依頼した。 

 そこまですればお役御免と、オリヴェルは自分の執務室へと戻り、報告書の作成に勤しむ。 

 大して中身の無い突発的な訪問とはいえ、王子と聖女が共に動けば、きちんとした記録が必要となるのも道理。 

 例えそれが『聖女様にも、休息が必要なのでしょう』などと、意味深な微笑みや眼差しと共に言われるものだとしても、公式文書は公式文書。 

 オリヴェルは手を抜くことなく、且つ迅速に、隅々まで、きっちりかっきり文句のいいようのない報告書を仕上げた。 

「では、帰るか」 

 この時間なら未だ、普段の夕食の時間を少し過ぎたばかり、と速足で歩き始めたオリヴェルは、ふと呟く。 

「まさかディックの奴、あの晩餐をデシレアとふたりで食べてはいないだろうな?」 

 思えば、知らず気難しい表情となったオリヴェルを、周りが慄きながら見ていることなど、自身は気にすることも無い。 

「かるかん」 

 そして馬車に乗るや否や、オリヴェルは、かるかんを召喚した。 

「デシレアは、どうしている?」 

「どう、とは何じゃ?今日は外出もせず、無事に邸におるが?」 

「そうではなく。ディックが、訪ねただろう」 

「ほう、あの斧使いを気にしていると!」 

 きらきらと、好奇心いっぱいに輝く瞳で言われ、オリヴェルはきつい目でかるかんを見遣る。 

「いいから報告しろ」 

 最近、どうも使い魔に揶揄われている。 

 否、揶揄って来るような使い魔は、かるかんだけだと思いつつ、オリヴェルは報告を聞く。 

「そう尖るでない。斧使いは既に帰っておるから、安心せよ。もちろん、デシレアと食事を共にもしておらぬ。そうじゃな。その折の状況は、こんな風じゃ」 

 そう言ってかるかんは、ディックがオリヴェルの私邸を訪ねた時の再現を始めた。 

 

『おう、嬢ちゃん。突然すまねえ。実はな。今日、昼過ぎになってから突然、教会への視察が入ってな。俺もオリヴェルも、当然のように連れ出されちまった』 

『まあ、それはお疲れさまでした。それで、あの。もしや、オリヴェル様に何か?』 

 落ち着かない様子で尋ねるデシレアに、ディックが豪快に笑った。 

『真っ先にするのが心配とは、嬢ちゃん可愛いな。体調的には問題ねえから安心しな。ただ、この後報告書を書いて出す必要があるから、帰りが遅くなりそうでな。すまねえ』 

『そんな。ディックさんに、謝っていただくことではないです。それより、わざわざお寄りくださって、ありがとうございます』 

 オリヴェルの帰りが遅くなる、ということを教えてくれて感謝する、とデシレアがにこにこと言えば、ディックがぽんぽんとデシレアの頭を叩いた。 

『聖女は三人で夕食を摂りたがっているみてえだが、オリヴェルのことだ。自分がしなくてもいい用事をする必要がある、とか何とか上手いこと言って、先に王城に帰るだろうから、その辺りの心配は無用だ』 

 ディックの言葉に、デシレアが首を傾げる。 

『えと。その辺りの心配?自分がしなくてもいい用事、ですか?」 

 思っていたのと違うデシレアの反応に、ディックは首の後ろに手を回した。 

『あああ、そう来るか。その辺りの《辺り》は、分からねえならいい。自分がしなくていい用事、ってのは、帰還報告とか、予定変更や馬車の手配。使用人を走らせれば済むような事だな』 

『ええと。何故、そのような事を?』 

『そうすれば、聖女と王子と三人で食事、なんてならずに帰れるからさ』 

『ああ、なるほど』 

 それで納得した、とデシレアがぽんと手を打つ。 

『そんな状況を回避して、きっと今頃あいつは王城へ向かっている。で、その後は最速で報告書の作成をして、終われば嬢ちゃんの元へ帰って来る。だから、少々遅くなっても待っていてやってくれ』 

『それは、もちろんです。あの、お待たせすることにはなってしまいますけれど、ディックさんもお夕飯を一緒にいかがですか?ご予定がなければ、ですけれど』 

 真っ直ぐな瞳で薦めて来るデシレアに、ディックは優しい笑みを浮かべた。 

『いや、折角だが、今日はやめておく。だが、嬢ちゃんの作った菓子が何かあれば、貰いたい』 

 期待を込めて言うディックに、デシレアはもちろんと答え、すぐさまそれらを用意する。 

『何か、軽食だけでもお作りしましょうか?』 

『いや、これから飲みに行くから問題無い。心配してくれてありがとな。今度、また飯にも誘ってくれ』 

『はい。オリヴェル様とお待ちしております』 

 

「・・・・・と言いながら、斧使いはデシレアの菓子を嬉しそうに携えて、颯爽と帰って行ったのだが。あやつ、なかなかに鋭いな。デシレアと主が気づかぬことにも、きちんと気づいておった。どこかと言えば、聖女と共にの辺りの<辺り>・・・おいっ、聞いておるか!?」 

「邸に着いた」 

「ぬううううう。鈍ちんの無器用め!」 

 そう言って、かるかんは、ぺしっ、と羽を思い切り動かしてから思う。 

「いや、なんだ。つまり、鈍ちん同士でお似合いということか?いやしかしそれでは、いつまでもこのまま」 

 丸っこい頭の上にある長い耳をぴこぴこと動かし、羽で両腕を組むようにして、かるかんは、暫し考え続けていた。 

 

 

 

 

「わあ・・・素敵です」 

 いつもより照明を落とし、いつもより豪華な晩餐の支度が整えられたその場所を見たデシレアの瞳が、きらきらと輝く。 

「デシレア様。本日は、オリヴェル様よりデシレア様へのお返しの晩餐となっております。メニュウもすべて、オリヴェル様が料理人と相談されたのですよ」 

 にこにことしたノアの説明に、デシレアが瞳を見開いた。 

「え?お返しの?一体、何のお返しですか?」 

「チョコレートを渡す特別な日には、そのお返しの日があるのだろう?」 

「あ。もしかして、みんなから聞いて」 

 驚愕したまま立ち止まるデシレアを席へと導き、オリヴェルは自分も席へと着いた。 

「帰宅が、遅くなって悪かった。待っていてくれて感謝する」 

「そんな。私が待っていたかっただけです。ディックさんが、なるだけ早く帰ると言っていたと伝えてもくれましたし。でもまさか、こんなに素敵な晩餐をご用意してくださっているなんて・・・凄く嬉しいです。ありがとうございます」 

「そうか。まずは、乾杯しよう」 

 喜ぶデシレアを見つめ、少し頬を上気させたオリヴェルが、そう言ってグラスを取れば、デシレアもまたそれに倣う。 

「はい、オリヴェル様」 

 そうして始まった晩餐は、とても楽しく和やかで、時間は瞬く間に過ぎていく。 

「あの、オリヴェル様。もしかして、私以外はみんな、この晩餐の事を知っていたのですか?」 

「ああ。皆には、黙っているよう言ったからな。口がむずむずした者も、多いのではないか?」 

 オリヴェルの言葉に、給仕にあたっている使用人達がくすぐったそうな表情になった。 

「今日は、お邸のみんなもお返しをくれて、凄く幸せだな、って思っていたんです。そんな幸せな日の最後に、オリヴェル様からまでいただけるなんて。私は、本当に幸せ者です」 

 デザートまで食べ終え、ゆったりとコーヒーを飲みながら、デシレアが心底幸せそうに笑う。 

 

 ん? 

 もしや、あれを渡すのは今か? 

 いやしかし、既にして満足の極致のような顔をしているデシレアに、今? 

 違う気がする・・・・・。 

 

 迷うオリヴェルが思い出したのは、両親が就寝前に共にワインを楽しんでいたこと。 

 

 しかし、何処に誘うか。 

 

 両親は、当然のように夫婦の寝室で嗜んでいたが、オリヴェルとデシレアの寝室は別。 

 

 いや、それよりも。 

 まずはデシレアが承諾してくれるかどうかが先か。 

 

 どの部屋で就寝前の語らいをすべきか頭を悩ませていたオリヴェルだが、大前提であるその事に気づき、ともかくとデシレアを誘ってみることにした。 

「デシレア。就寝の用意をした後、ワインでも一緒に飲まないか?」 

「はい。喜んで。どちらに伺いましょう?」 

「俺の・・・いや、談話室にしよう」 

「分かりました」 

 嫌がる素振りも、迷う様子も無く、諾と即答され、オリヴェルはつい自分の部屋へデシレアを招こうとして、エドラとノアの鋭い視線に撃沈した。 

 

 未だ、婚姻前だから、か。 

 しかし、デシレアはどう思っているのか。 

 

 オリヴェルを全肯定するデシレアだが、余り男として見られていない気がする、とオリヴェルは、自分の正面に座ってコーヒーの香りを楽しむデシレアを、いつまでも見つめていた。 

 

 

 

「しかし主も、無器用かと思えば、意外と大胆よの」 

 湯あみを終え、寝間着に着替えたオリヴェルに、ぱたぱたと近づいたかるかんが、心底感心したようにそう言った。 

「大胆?何がだ」 

「湯あみも終え、就寝の仕度を終えている。つまりは、デシレアも主と同じ寝間着姿」 

「っ!」 

「なんじゃ。その様子では、考えておらなんだだけか。そうか。今宵一息に関係を詰めるのかと思いきや。そうかそうか。その反応。やはり、へたれであったか」 

 それだけ言うと、かるかんは悠々と飛び去ってしまったが、残されたオリヴェルはそれどころではない。 

「そうか。湯あみを終えた、寝間着姿。いや、上着は羽織っているはず」 

 思いつつも落ち着かない気持ちで談話室へと赴き、オリヴェルはデシレアが来るのを待つ。 

「俺に色仕掛けして来る、羽虫令嬢とは違うのだから、大丈夫なはず」 

 一体、何が大丈夫なのか、自身の心情や心拍数の方が大丈夫ではない状態で、オリヴェルが待つこと少し。 

「お待たせしました、オリヴェル様」 

 控えめに扉を叩く音がし、オリヴェルが入室を許可すれば、デシレアが談話室へと入って来た。 

「・・・・・部屋着なのか」 

「はい?」 

「ああ、いや、なんでもない。ほら、座るといい」 

「失礼します」 

 扉を開け、真っ直ぐオリヴェルの目に飛び込んで来たのは、寝間着ではなく部屋着をきちんと着こなしたデシレアの姿。 

 

 それはそうか。 

 婚約者とはいえ、未だ婚姻前の男女なのだから・・・ん? 

 ということは、デシレアも俺を男として意識してくれている、のか? 

 

 思いつつ、互いにワインのグラスを合わせ、ひと口含めばデシレアが嬉しそうに笑った。 

「こうやってオリヴェル様と、就寝前にお酒を楽しめるなんて夢みたいです」 

「それほどでは無いだろう」 

「それほどなのです」 

「なら、好きに飲むといい。他の物が良ければ、用意させる」 

 オリヴェルの提案に、デシレアの瞳が益々輝く。 

「あの、では発砲葡萄酒が欲しいです。あと、果物を」 

「ああ、分かった」 

 答えたオリヴェルが、控えている使用人に指示すれば、待つほども無くそれらが用意された。 

「ありがとうございます」 

 使用人が注ごうとするのを制し、自ら注いだオリヴェルに礼を言うと、デシレアはそこに果物を入れていく。 

「発砲葡萄酒に、果物を入れるのか」 

「はい。好きなんです」 

 にこにこと笑うデシレアが、オリヴェルへとそのグラスを灯りに透かして見せた。 

「ほら、こうして見ると宝石のようできれいじゃないですか?」 

「確かに。だが少し、青みが足りないな」 

 そう言うと、オリヴェルはそっと忍ばせていた贈り物を取り出す。 

「わあ・・きれいな包とりぼん。オリヴェル様の髪と瞳の色ですね」 

「俺への、特別なチョコレート、嬉しかった。これは、その礼だ」 

 その言葉に、うっとりと包を見ていたデシレアが、驚いたようにオリヴェルへと視線を移した。 

「え?でも、もう素敵な晩餐をいただきましたし、今だって最高の時間を」 

「これは、俺がデシレアの為に考えた物だ。絵心など無いからな。懸命に思い浮かんだ物を伝えて、形にしてもらった。受け取ってくれると嬉しい」 

 そう言われ、デシレアは夢見心地の様相で贈り物を受け取った。 

 箱に収まっていたのは、小粒ながら美しく輝くサファイアで出来た、青いりんごのペンダント。 

「かわいい・・・きれい。オリヴェル様、ありがとうございます」 

「良かった。聖女もそう言っていたからな。自信はあったのだが」 

「聖女様が、ですか?」 

 少し混乱したように言うデシレアに、オリヴェルは慌てたように付け加える。 

「ああ。急な視察の途中で寄らせてもらったからな。完成品を聖女や王子、ディックにも見られてしまったんだ。先に他人が見たなど不快か。すまない」 

「いえ、そうだったのですね。私はてっきり・・・あ、裏に何か彫って・・・・・っ」 

「で、デシレア!?嫌だったか?引いたか?気持ち悪いか?やはり、年月日だけにすべきだったか?」 

「違います・・・嬉しくて」 

 目を潤ませて言うデシレアの言葉に、オリヴェルは心底安堵してソファに座り直す。 

「それは、初めのひとつ目だ。来年は、ふたつ目」 

「再来年は、みっつ目、ですか?」 

 くすくすと笑いながら続けたデシレアに、オリヴェルは真顔で頷いた。 

「その通りだ。デシレアも、くれるのだろう?」 

「はい。来年も再来年も、オリヴェル様にチョコレートをお贈りします。来年は、チョコだけでなく、何か考えますね」 

「デシレアが俺に特別な何かをくれる、それだけでいい」 

 そう言ってオリヴェルは、デシレアと過ごして行くこれからを思う。 

 その時間はきっと、今ここで過ごしているように穏やかな幸福に包まれているのだろう。 

「オリヴェル様。本当に、ありがとうございます」 

 デシレアが、大切そうに刻まれた文字を指で辿る。 

 気恥ずかしくも、オリヴェルが心からデシレアに伝えたいと思った、その言葉。 

<想いを込めて デシレアへ オリヴェル> 

  

 

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