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四十、推しと別荘へ
しおりを挟む「要らぬ時間を取られてしまったな」
到着した騎士団に事のあらましを説明したオリヴェルは、後の事を騎士団に任せると、再び別荘へ向け出発すべくデシレアと共にその場を後にした。
その際デシレアは、エッパとその侍女に、まるで呪うかの如き恨みの籠った目で見られるも、その視線を遮るように立ったオリヴェルによって、一瞬で見えるのは間近に迫るオリヴェルの胸元だけになった。
怨嗟すごかったので助かりましたけれども、あれはあれで心臓が。
だってこう、オリヴェル様の体温も感じましたよ。
初めてじゃないですけど不意打ちでしたし、それに絶対慣れるとか無理。
今、忌々し気に腕を組んで向かいに座るオリヴェルを、とても正視できない、けれどその端正な姿は見ていたい、と葛藤し、視線を彷徨わせてはオリヴェルを盗み見る、という行動を繰り返すデシレアを、オリヴェルは面白いものを見るように見た。
その目にはもう、つい先ほどまで確かにあった不快な様子は微塵も無い。
「どうした?挙動不審。腹が減ったのか?」
「挙動不審、って。それが私の名前みたいに言わないでください」
「では、不審者の方がいいか?」
「いやですよ。もう。挙動不審でいいです」
ため息を吐くデシレアに、オリヴェルが再び問う。
「で、腹が減ったのか?」
「いえ、お腹は未だ大丈夫です。というか、いきなり聞くのがそれですか?私、これでも淑女の端くれで、子どもではないのですが」
「いや、子どもとは思っていない。かるかんが餌を欲しがる時に、そのような動きをしていたからで」
「・・・・・」
「冗談だ。ところで、デシレアラップなのだが、大きさの違う物を作るのは可能か?」
「可能です。というか、見事な誤魔化し」
「実は、大きさ違いの物が欲しいという声が多くてな。では、作る方向で調整していいか?デシレアの負担はなるべく増えないようにする」
「聞かないふりですか。まあ、いいです。需要があって、損失が出ないなら作るのは全然かまいません。それに、オリヴェル様の負担になるくらいなら、半分請け負いますよ。便利な印章を作ってくれたので、作業は格段に早く、楽になりましたから」
当初、一枚一枚に魔法陣を描いていたデシレアとオリヴェルだが、直ぐにそれでは生産が間に合わなくなった。
そこでオリヴェルが考えたのが、印章。
デシレアとオリヴェル、それぞれが、それぞれの印章に魔法陣を彫り、その印章に魔力を流しながら押せば、その魔法陣が効力を発揮するという優れもの。
しかも重ねて押せば数十枚、一息に作成することが出来る。
『おお。凄いです』
『間違えて俺のを使うなよ?ただの陰影になるからな』
初めて印章を使った時のことを思い出し、デシレアは口を歪めた。
やっぱりオリヴェル様って、私のこと子どもか動物並だと思っている節が。
思えば、僻んだ目でオリヴェルを見てしまう。
「どうした?また挙動不審になっているぞ?ああ、印章はそのまま使えるから安心しろ。それともやはり、腹が」
「それは大丈夫です・・・っ。オリヴェル様。さっきのって、本当に冗談でした?」
「さっきの?」
「かるかんの行動と私の行動の比較について、です」
「ああ、あれか。半分本音だ。さ、着いたぞ」
「なっ・・・あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
その時、目的地に到着したらしい馬車が止まり、流れのままに差し出されたオリヴェルの手を取ったデシレアに、オリヴェルがくすりと笑ってそう言った。
「なんか、負けた気がします」
「咄嗟に礼が言えるなんて、淑女の鑑じゃないか」
「莫迦にしています?」
「莫迦にはしていない、が」
「莫迦にはしていないけれど、ちょろいとは思っているとか?・・・あ、その顔!そうなんですね!でも、なんでです?何かありましたか?」
身に覚えは無い、というデシレアにオリヴェルは笑いをかみ殺す。
「デシレアラップ。あれほど嫌がっていたのに、もう慣れたじゃないか」
「だ、だってあれは、もう待てないとか言って、オリヴェル様が登録してしまったから仕方なく」
「あの時は、かなりむくれていたのに、今はもうけろりとしている」
「切り替えが早いと言ってください。もう」
「そうとも言うが、俺の言い様だって嘘じゃない」
「どうせ、ちょろいですよーだ。オリヴェル様の言う通りー」
いじけた様子で爪先で地面を蹴りながらデシレアが言えば、オリヴェルがくすりと笑った。
「その前の言葉も、な」
「へ?」
その前?
その前ってどれ?
ええと・・・あ!え!?
もしかして『淑女の鑑』?
「それって、淑女の」
思い、意味深に笑っているオリヴェルにデシレアが確認しようとした所で、執事と思しき人物が邸の方から速足で歩いて来た。
「オリヴェル様、デシレア様、お疲れ様でございます。道中、邪魔が入ったとか。まずは、中でゆっくりなさいますか?」
「ああ。デシレアを皆に紹介したい」
そう言ったオリヴェルに頷いてから、執事はデシレアに向かってきちんと礼をとる。
「畏まりました。デシレア様。わたくし、こちらの別荘の執事をしております、テディと申します」
「まあ、可愛いお名前!・・・っ、と失礼しました。デシレアです。今日は、お世話になりますね」
慌てて姿勢を正したデシレアに、テディは優しい目を向ける。
「お会い出来て光栄です」
「可愛い、など。半分に聞いておけよ、テディ。デシレアの感性は少々変わっている」
「オリヴェル様ひどいです!」
「初対面の相手、しかも男に、可愛いなどと言う方が」
「っ。それは、テディさんごめんなさい」
「嬉しかったですよ、デシレア様。それと、わたくしのことは、テディと呼び捨ててください」
話ししながらその入り口を目指す邸は、とんがり帽子のような屋根がみっつ並んだ、それこそ可愛い造りで、デシレアは知らず瞳を輝かせた。
「王都に近いからな。余り大きな邸ではないが」
「そうですか?充分、広いと思いますけど。それに、ここにかるかんが居たら凄く似合いそうな、素敵なお邸と景色ですね」
森と一体化したような屋敷内の木々がそよぎ、とんがり帽子仕様の屋根には温かな陽が当たっていて、もしもあの屋根や、木組みの張り出し窓にかるかんが居たら、とても絵になるだろうとデシレアは思う。
「呼べばいいだろう」
「え?」
「かるかん。呼べば、いつでもどこでも現れるぞ?」
「そうなのですか?」
「知らなかったのか?」
その方が不思議だと言われるも、デシレアは懸命に記憶を呼び起こす。
「オリヴェル様、それは本当ですか?さっきみたいに、半分とかでなく?」
「ただの事実だ」
「そうですか。まあ、考えてみれば、そうですよね。半分、って。かるかんが半分になってしまっても大変ですもんね。でもですよ。私が口をきいてもらえなかった時は、目の前で呼んでも答えてくれませんでしたけど?」
あれは一体どういうこと、とデシレアが首を捻れば、オリヴェルが、ああ、と面白がる目になった。
「そうだった。デシレアは、主なのに使い魔に機嫌を損なわれる希少種だったな」
「嬉しくありません」
むっすりと言ったところで邸へと辿り着き、デシレアはオリヴェルに続いて、その中へと足を踏み入れた。
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