推しと契約婚約したら、とっても幸せになりました

夏笆(なつは)

文字の大きさ
上 下
38 / 115

三十五、そんなつもりは、ありませんでした。

しおりを挟む
 

 

 

 

「なるほど。銀で髪飾りの本体を造り、そこに七種の花びらを持つ花と葉、それから蔦を宝石を使って具現化するというわけですね」 

「ええ、そうなの。銀の本体部分にも彫りを入れて、幾粒か虹色に輝く水晶を散らして」 

「どのくらい散らしましょうか?」 

「余り多いと煌びやかになり過ぎるから、抑え目で。そうね、朝露のようなイメージといえばいいのかしら。具体的には・・このくらいで。あと、花や葉、蔦に使う宝石は淡い色でお願い」 

 言いながら、デシレアは図案に朝露の如き粒を描き足した。 

「畏まりました」 

「あ、あと裏面に文言を彫り込んでもらうことは可能かしら?婚姻七周年の記念に、とか文字を入れたいのだけれど」 

「おお、はい。できます」 

「ありがとう。それで、お値段はおいくら位になりそう?銀に彫る言葉の数や模様、宝石の価値にも依るでしょうから、考え得る最大で」 

 デシレアがそう言った途端、隣に座るトールがぴくりと反応した。 

「そうですね。ご指定の宝石ですと・・・大体になりますが、このくらいです」 

「モルバリ様、如何でしょう?」 

 装飾品店の主が示す数字をトールに確認すれば、彼は安堵したように微笑み頷く。 

「大丈夫です」 

「あと、何か言っておきたいこと、確認しておきたいことはありませんか?」 

「ありません」 

 その満足そうな表情を嬉しく見て、デシレアは改めて持ち込んだ図案に向き直った。 

「それでは、こちらでお願いします」 

「畏まりました。誠心誠意、造らせていただきます。それで、なのですが。私どもと、事業提携いたしませんか?」 

「は?」 

「事業提携だと?」 

 店主の思いもしない言葉にデシレアは呆けた返事をし、トールとは反対のデシレアの隣に座っているオリヴェルが、不快な声を発した。 

「はい、そうです。この、結婚七年の記念に、という案はとても素晴らしいと思います。この図案も。なので、事業として展開することをご提案いたします」 

「それは駄目だわ。この図案は、モルバリ様と奥様のために考えたのですもの。他の方には使ってほしくないわ」 

「彼女がこう言っている。店主、諦めてくれ」 

 きっぱりと言い切るデシレアを、オリヴェルがしっかりと後押しする。 

「なら、こちらの図案は専用ということで、他の方にはお造りしません。ですが、婚姻何年目の記念、と銘打って商品を発売することは、大きな利益に繋がると確信しています」 

 食い下がる店主のその言葉に、デシレアの顔が曇った。 

「ご店主。こちらのお店は、貴族相手の高級品だけでなく、平民の方もお洒落を楽しめるよう工夫して価格調整をし、様々な物を造っていらっしゃる。しかも、その品質は確か。そう思うからこそ、こちらへ大切な品をお願いしに参りましたのに。そのようなお話を伺うことになるとは」 

 貴族も平民も訪れる、暴利を貪る行為からほど遠い装飾店。 

 工房を有しているが故に出来る価格設定は類をみないもので、その信頼があればこそ依頼したのに、とデシレアが失望を滲ませて言えば、店主が身を乗り出した。 

「であればこそ、です。私どもは商人です。多くのお客様に満足のいく品をお届けしたい願いがある。それはもちろん、身分を問わずにです。しかしながら、利益も考えない訳にはいかない。こちらも、生きて行かねばなりませんし、職人たちを養う義務もあります」 

「それは、その通りですわね」 

「そんな私の目の前に、職人たちが腕を奮え、しかも多くの方に喜ばれそうな事業が転がり出て来たのです。これを逃す手はありません」 

 若干引き気味になっているデシレアと対照的に、店主の熱は上がる一方。 

「で、ですが銀や宝石を使えば、お値段はそれなりになります。裕福な方はともかく」 

「そこで、です。何か、お智恵はありませんか?もっと庶民価格に出来る何か」 

「え?本体に銀ではなく、銅を使えば、もう少し抑えられますよね。逆に贅沢にしたいなら金を用いればいいですし。彫りを少なくするとか、宝石の数を減らして代わりに小さなりぼんを付けるとか」 

「素晴らしいです。やはり提携してください」 

「え?あ」 

 店主にまんまと乗せられ案を出してしまったデシレアに、店主が幾枚かの書類を取り出した。 

「いえ、わたくし、こういう契約というものがまったくもって理解不能なのです。案を出すくらいしか出来ないのですわ」 

 だから絶対に無理です、と及び腰なのに強気で言ったデシレアに、店主がにこりと微笑む。 

「ならば、ご婚約者である公爵ご子息にしっかり確認していただく、というのはどうでしょう?ご令息も、それならばご安心なさるかと」 

 詰めよるように言われ、困惑仕切りでデシレアがオリヴェルを見れば、それはもう、仕方の無い物を見るような目を向けられた。 

「オリヴェル様、どんな目で見てもいいので助けてください」 

「まったく君は、仕方の無い」 

「すみません」 

 はあ、とため息を吐いてから、オリヴェルはデシレアに向き直る。 

「今回の件、無理に関わる必要は無い。君は、婚姻記念の商品をこの店が販売した時、自分の発想だと権利を主張したいか?」 

「え?いえ!別に、自由にしてくださって」 

「ご令嬢の案を元にした商品を発売するとなれば、もちろん発案者としての権利についてお話しさせていただきます。ですが、名前だけでなく図案も描いてほしいのです。つまり、商品に直接関わってほしい」 

 店主に言われ、デシレアはきりりと真剣な表情になって、首を横に振った。 

「それは。おひとりおひとりに描くのは、時間が足りません。数枚ならともかく、こちらにだけ専念できないわたくしでは、無責任な事になってしまいます。やるならば、きちんとご要望をお聞きしたいので」 

「では、個別にお伺いする場合は、特別注文として値段格差を付けましょう。あとは、図案を幾枚か提供していただいて、宝石の種類や本体の素材を変更して価格を調節すれば、種類も増えますし、お客様に商品を選んでいただく楽しみも出来ます」 

「それなら、本体だけ作成しておいて、宝石やりぼんを選べるようにするというのは、どうでしょう」 

「本体だけ作成しておく、ですか?」 

 デシレアの出した案に、店主が首を傾げた。 

「ええ、言葉通り本体だけ作っておくのです。金の、銀の、銅の、というように。そこに、自分でりぼんや宝石を選んで入れられれば、完全なる特注ではなくとも、少しそのような楽しみも味わえるのでは、と」 

「なるほど!それはいいですね」 

「髪飾りだけでなく、ブローチなども」 

「止まれ、デシレア。その先は、契約が済んでからだ」 

 鋭くオリヴェルに言われ、デシレアははっと自分の口を手で塞ぐ。 

「店主、契約しよう。だが、デシレアは何かと忙しい。図案の作成には、それなりの時間を要求する」 

「もちろんです」 

「それとデシレア。その宝石の代わりに、色硝子を使う案もあると言っていたのではなかったか?」 

 先だってトールと話しした時に出たはず、とオリヴェルが言えば、店主が不思議そうな顔になった。 

「色硝子、ですか?あの聖堂などのステンドグラスに使う大きな」 

「ああ、そうだ。色硝子といえば大きな物。私達にはそのような印象が強いが、デシレアはその色硝子を装飾品に使うことを提案している」 

「っ」 

 言い切ったオリヴェルを、デシレアは信じられないものを見るように見つめる。 

「何を驚いている。言っただろう。君のことは調べた、と」 

「ですが、あの計画は頓挫して」 

 確かに、大きさに支障が生じてステンドグラスには使えなくなった色硝子を、なんとか別の形にしたいと、デシレアは奮闘していた。 

 しかしそれは、あの魔獣の異常発生で工房も破壊され、跡形も無く消し飛んでしまった。 

「色硝子はレーヴ伯爵領の主要産業だからな。工房の再建も急いでいる。大きな硝子は無理でも、小さな硝子なら直ぐには無理でも納品が可能になるだろう。そうだな。君の図案が描きあがる頃には、か?」 

 くいっ、と眉をあげられ、デシレアは店主に向き直る。 

「お話中断してすみません。わたくし共の領では、色硝子を切り出して、宝石のような形に加工することが可能です。今すぐとはいきませんが、一度、その質を確認していただけませんか?」 

「窓口は、ご令嬢ですか?」 

「父も、同席することになると思います」 

「・・・色硝子が綺麗なことは知っていますが、それを宝石の代わりと出来るかどうかは、実物を見てからの判断とさせてください」 

「もちろんです」 

 ほっと息を吐いたデシレアは、それではと契約について話しし始めたオリヴェルと店主を見つめ、トールを見て微笑んだ。 

「ごめんなさいね。何だか、こちらの方に時間がかかってしまって」 

「いえ。最初にお付き合いいただいたのは、こちらですから」 

「契約、なんて。あ、モルバリ様はお嫌ではなかったですか?」 

 聞くべきでした、と慌てるデシレアをトールは慌てて否定する。 

「とんでもない!むしろ、これから流行るだろう物の、第一番目ですからね。誇らしいです」 

 胸を張って言うトールに安心し、デシレアは、やはりまったく分からない契約の代わりとばかり、自分にできる図案について考え始めた。 

 


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります

みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった! しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢? 私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

転生したので前世の大切な人に会いに行きます!

本見りん
恋愛
 魔法大国と呼ばれるレーベン王国。  家族の中でただ一人弱い治療魔法しか使えなかったセリーナ。ある出来事によりセリーナが王都から離れた領地で暮らす事が決まったその夜、国を揺るがす未曾有の大事件が起きた。  ……その時、眠っていた魔法が覚醒し更に自分の前世を思い出し死んですぐに生まれ変わったと気付いたセリーナ。  自分は今の家族に必要とされていない。……それなら、前世の自分の大切な人達に会いに行こう。そうして『少年セリ』として旅に出た。そこで出会った、大切な仲間たち。  ……しかし一年後祖国レーベン王国では、セリーナの生死についての議論がされる事態になっていたのである。   『小説家になろう』様にも投稿しています。 『誰もが秘密を持っている 〜『治療魔法』使いセリの事情 転生したので前世の大切な人に会いに行きます!〜』 でしたが、今回は大幅にお直しした改稿版となります。楽しんでいただければ幸いです。

【完結】あなたに抱きしめられたくてー。

彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。 そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。 やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。 大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。 同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。    *ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。  もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

夢でも良いから理想の王子様に会いたかったんです

さこの
恋愛
あれ?ここは? な、なんだか見覚えのある場所なんだけど…… でもどうして? これってよくある?転生ってやつ?? いや夢か??そもそも転生ってよくあることなの? あ~ハイハイ転生ね。ってだったらラッキーかも? だってここは!ここは!! 何処???? 私死んじゃったの?  前世ではこのかた某アイドルグループの推しのことを王子様なんて呼んでいた リアル王子様いるなら、まじ会いたい。ご尊顔遠くからでも構わないので一度いいから見てみたい! ーーーーーーーーーーーーーーーー 前世の王子様?とリアル王子様に憧れる中身はアラサーの愛され令嬢のお話です。 中身アラサーの脳内独り言が多くなります

処理中です...