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三十五、そんなつもりは、ありませんでした。
しおりを挟む「なるほど。銀で髪飾りの本体を造り、そこに七種の花びらを持つ花と葉、それから蔦を宝石を使って具現化するというわけですね」
「ええ、そうなの。銀の本体部分にも彫りを入れて、幾粒か虹色に輝く水晶を散らして」
「どのくらい散らしましょうか?」
「余り多いと煌びやかになり過ぎるから、抑え目で。そうね、朝露のようなイメージといえばいいのかしら。具体的には・・このくらいで。あと、花や葉、蔦に使う宝石は淡い色でお願い」
言いながら、デシレアは図案に朝露の如き粒を描き足した。
「畏まりました」
「あ、あと裏面に文言を彫り込んでもらうことは可能かしら?婚姻七周年の記念に、とか文字を入れたいのだけれど」
「おお、はい。できます」
「ありがとう。それで、お値段はおいくら位になりそう?銀に彫る言葉の数や模様、宝石の価値にも依るでしょうから、考え得る最大で」
デシレアがそう言った途端、隣に座るトールがぴくりと反応した。
「そうですね。ご指定の宝石ですと・・・大体になりますが、このくらいです」
「モルバリ様、如何でしょう?」
装飾品店の主が示す数字をトールに確認すれば、彼は安堵したように微笑み頷く。
「大丈夫です」
「あと、何か言っておきたいこと、確認しておきたいことはありませんか?」
「ありません」
その満足そうな表情を嬉しく見て、デシレアは改めて持ち込んだ図案に向き直った。
「それでは、こちらでお願いします」
「畏まりました。誠心誠意、造らせていただきます。それで、なのですが。私どもと、事業提携いたしませんか?」
「は?」
「事業提携だと?」
店主の思いもしない言葉にデシレアは呆けた返事をし、トールとは反対のデシレアの隣に座っているオリヴェルが、不快な声を発した。
「はい、そうです。この、結婚七年の記念に、という案はとても素晴らしいと思います。この図案も。なので、事業として展開することをご提案いたします」
「それは駄目だわ。この図案は、モルバリ様と奥様のために考えたのですもの。他の方には使ってほしくないわ」
「彼女がこう言っている。店主、諦めてくれ」
きっぱりと言い切るデシレアを、オリヴェルがしっかりと後押しする。
「なら、こちらの図案は専用ということで、他の方にはお造りしません。ですが、婚姻何年目の記念、と銘打って商品を発売することは、大きな利益に繋がると確信しています」
食い下がる店主のその言葉に、デシレアの顔が曇った。
「ご店主。こちらのお店は、貴族相手の高級品だけでなく、平民の方もお洒落を楽しめるよう工夫して価格調整をし、様々な物を造っていらっしゃる。しかも、その品質は確か。そう思うからこそ、こちらへ大切な品をお願いしに参りましたのに。そのようなお話を伺うことになるとは」
貴族も平民も訪れる、暴利を貪る行為からほど遠い装飾店。
工房を有しているが故に出来る価格設定は類をみないもので、その信頼があればこそ依頼したのに、とデシレアが失望を滲ませて言えば、店主が身を乗り出した。
「であればこそ、です。私どもは商人です。多くのお客様に満足のいく品をお届けしたい願いがある。それはもちろん、身分を問わずにです。しかしながら、利益も考えない訳にはいかない。こちらも、生きて行かねばなりませんし、職人たちを養う義務もあります」
「それは、その通りですわね」
「そんな私の目の前に、職人たちが腕を奮え、しかも多くの方に喜ばれそうな事業が転がり出て来たのです。これを逃す手はありません」
若干引き気味になっているデシレアと対照的に、店主の熱は上がる一方。
「で、ですが銀や宝石を使えば、お値段はそれなりになります。裕福な方はともかく」
「そこで、です。何か、お智恵はありませんか?もっと庶民価格に出来る何か」
「え?本体に銀ではなく、銅を使えば、もう少し抑えられますよね。逆に贅沢にしたいなら金を用いればいいですし。彫りを少なくするとか、宝石の数を減らして代わりに小さなりぼんを付けるとか」
「素晴らしいです。やはり提携してください」
「え?あ」
店主にまんまと乗せられ案を出してしまったデシレアに、店主が幾枚かの書類を取り出した。
「いえ、わたくし、こういう契約というものがまったくもって理解不能なのです。案を出すくらいしか出来ないのですわ」
だから絶対に無理です、と及び腰なのに強気で言ったデシレアに、店主がにこりと微笑む。
「ならば、ご婚約者である公爵ご子息にしっかり確認していただく、というのはどうでしょう?ご令息も、それならばご安心なさるかと」
詰めよるように言われ、困惑仕切りでデシレアがオリヴェルを見れば、それはもう、仕方の無い物を見るような目を向けられた。
「オリヴェル様、どんな目で見てもいいので助けてください」
「まったく君は、仕方の無い」
「すみません」
はあ、とため息を吐いてから、オリヴェルはデシレアに向き直る。
「今回の件、無理に関わる必要は無い。君は、婚姻記念の商品をこの店が販売した時、自分の発想だと権利を主張したいか?」
「え?いえ!別に、自由にしてくださって」
「ご令嬢の案を元にした商品を発売するとなれば、もちろん発案者としての権利についてお話しさせていただきます。ですが、名前だけでなく図案も描いてほしいのです。つまり、商品に直接関わってほしい」
店主に言われ、デシレアはきりりと真剣な表情になって、首を横に振った。
「それは。おひとりおひとりに描くのは、時間が足りません。数枚ならともかく、こちらにだけ専念できないわたくしでは、無責任な事になってしまいます。やるならば、きちんとご要望をお聞きしたいので」
「では、個別にお伺いする場合は、特別注文として値段格差を付けましょう。あとは、図案を幾枚か提供していただいて、宝石の種類や本体の素材を変更して価格を調節すれば、種類も増えますし、お客様に商品を選んでいただく楽しみも出来ます」
「それなら、本体だけ作成しておいて、宝石やりぼんを選べるようにするというのは、どうでしょう」
「本体だけ作成しておく、ですか?」
デシレアの出した案に、店主が首を傾げた。
「ええ、言葉通り本体だけ作っておくのです。金の、銀の、銅の、というように。そこに、自分でりぼんや宝石を選んで入れられれば、完全なる特注ではなくとも、少しそのような楽しみも味わえるのでは、と」
「なるほど!それはいいですね」
「髪飾りだけでなく、ブローチなども」
「止まれ、デシレア。その先は、契約が済んでからだ」
鋭くオリヴェルに言われ、デシレアははっと自分の口を手で塞ぐ。
「店主、契約しよう。だが、デシレアは何かと忙しい。図案の作成には、それなりの時間を要求する」
「もちろんです」
「それとデシレア。その宝石の代わりに、色硝子を使う案もあると言っていたのではなかったか?」
先だってトールと話しした時に出たはず、とオリヴェルが言えば、店主が不思議そうな顔になった。
「色硝子、ですか?あの聖堂などのステンドグラスに使う大きな」
「ああ、そうだ。色硝子といえば大きな物。私達にはそのような印象が強いが、デシレアはその色硝子を装飾品に使うことを提案している」
「っ」
言い切ったオリヴェルを、デシレアは信じられないものを見るように見つめる。
「何を驚いている。言っただろう。君のことは調べた、と」
「ですが、あの計画は頓挫して」
確かに、大きさに支障が生じてステンドグラスには使えなくなった色硝子を、なんとか別の形にしたいと、デシレアは奮闘していた。
しかしそれは、あの魔獣の異常発生で工房も破壊され、跡形も無く消し飛んでしまった。
「色硝子はレーヴ伯爵領の主要産業だからな。工房の再建も急いでいる。大きな硝子は無理でも、小さな硝子なら直ぐには無理でも納品が可能になるだろう。そうだな。君の図案が描きあがる頃には、か?」
くいっ、と眉をあげられ、デシレアは店主に向き直る。
「お話中断してすみません。わたくし共の領では、色硝子を切り出して、宝石のような形に加工することが可能です。今すぐとはいきませんが、一度、その質を確認していただけませんか?」
「窓口は、ご令嬢ですか?」
「父も、同席することになると思います」
「・・・色硝子が綺麗なことは知っていますが、それを宝石の代わりと出来るかどうかは、実物を見てからの判断とさせてください」
「もちろんです」
ほっと息を吐いたデシレアは、それではと契約について話しし始めたオリヴェルと店主を見つめ、トールを見て微笑んだ。
「ごめんなさいね。何だか、こちらの方に時間がかかってしまって」
「いえ。最初にお付き合いいただいたのは、こちらですから」
「契約、なんて。あ、モルバリ様はお嫌ではなかったですか?」
聞くべきでした、と慌てるデシレアをトールは慌てて否定する。
「とんでもない!むしろ、これから流行るだろう物の、第一番目ですからね。誇らしいです」
胸を張って言うトールに安心し、デシレアは、やはりまったく分からない契約の代わりとばかり、自分にできる図案について考え始めた。
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