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三十二、その時、王城では ~メシュヴィツ公爵編 2~

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「メシュヴィツ公爵、信じてほしい。決して、オリヴェルを囮にするつもりなどなかった」 

「本当です、メシュヴィツ公爵。最初は、何故ローン侯爵があの棟の責任者を買収したのか、理由も定かではなく」 

 ローン侯爵親子を地下牢へ収監した後、メシュヴィツ公爵エーミルは、国王が用意した談話室で、向かいのソファに座る国王と宰相から、交互に謝罪の言葉と説明を受けていた。 

「しかしおふたりとも、ローン侯爵親子が我が邸で起こした騒ぎをご存じのはず」 

 きろりと冷酷な目で見られ、国王も宰相も言葉に詰まる。 

 メシュヴィツ公爵の言う通り、ふたり共に、ローン侯爵親子が、メシュヴィツ公爵家嫡男オリヴェルの婚約披露の場で騒ぎを起こしたことは把握している。 

 そして、その理由も。 

 国王は、その宴に出席していた次男より報告を受けていたし、宰相に至っては本人がその場にいた。 

「愚鈍と言われればそれまでですが、ローン侯爵はご存じの通り魔法大臣としても問題が山積している人物です。となれば、幾つかの仮定も立てられ」 

「ですが今日。ローン侯爵の娘があの部屋を使うことを、陛下自らが許可された。その時点で!このような計画のあることは把握できたのですよね?故に、当日警備の衛兵だけでなく、数多の騎士が待機していた」 

「・・・・・おっしゃる通りです」 

「そこで漸く、だとしてもローン侯爵の目的は見えた。だからこそ、宰相は我が息子の傍に居たのではありませんか?」 

「その通りです」 

 メシュヴィツ公爵の威圧に、宰相はひたすら頷きを返す。 

 もしかしたら、オリヴェルが大変な目に遭っていたかもしれない。 

 そして万が一事が成されていれば、それは生涯に渡る苦しみ、この上ない不幸だったと思えば、その怒りはメシュヴィツ公爵自身にも鎮まる果てが見えない。 

「公爵。我も宰相も、その件はオリヴェルをひとりにしなければ回避できると思っていたのだ。それに、他にも目的があるやも知れず」 

「陛下の仰る通りです。ただ、他の目的が何なのか全く見えなかったため、あの紳士会の場には、ローン侯爵を探る目的で信頼出来る騎士も数人紛れ込ませていました。メシュヴィツ公子息の方は、確かに部屋に連れ込まれる危険があることは察知していました。しかし、部屋に連れ込むのが目的だといっても、強い酒を飲ませる程度だと思っていたのです。それがまさか、違法薬物を盛るとは」 

 言い募る宰相に、メシュヴィツ公爵の瞳が光った。 

「宰相が《ローン侯爵の別の目的》の方に気を取られ、優先していたことはよく分かりました。それで?それが何か、分かりそうですか?」 

「・・・無かった」 

「何と申されましたか?よく聞き取れませんでしたが」 

「まだ簡単な聞き取りだけしかしていないが、他の目的など無かったと思われる!」 

 自棄になったように叫んで、宰相は居住まいを正す。 

「今回の件。強い酒程度ならば、傍に居れば問題無いと判断した。私の油断、手落ちだ」 

 申し訳ない、と頭を下げる宰相に、メシュヴィツ公爵は重い息を吐き出した。 

「責任者の他にも、給仕に侍女。いったい何人の使用人が買収されているのか」 

「それは、この棟ほぼ全体と把握しております。直接ローン侯爵に買収されたというよりは、責任者に懐柔されたようですが」 

 呟くように言ったメシュヴィツ公爵に、それならば把握済みですと素早く答えた宰相。 

 そんな彼に、メシュヴィツ公爵は呆けたような瞳を向ける。 

「それで、泳がせる目的でそのまま働かせ、護衛の筈の騎士も役に立たず、息子をあのような目に遭わせたと?ああ、騎士は護衛ではなく、ローン侯爵の見張り役でしたか。いずれにしても、随分と安易な」 

 それでは、いくら騎士が居たとしてもざる警備ではないか、とメシュヴィツ公爵は再び眉間にしわを寄せる。 

「言われてみればその通りなのだが。しかしそれは、先に貴殿が言ったように、ローン侯爵に警戒させないため解雇出来なかったのと、騎士の方は、それこそローン侯爵の動きに注視していたゆえで」 

「それで。そんな状況で、息子の危険は回避できるはずだった?どの口が言う。まるで息子は、贄ではないか」 

「返す言葉も無い」 

 言い募るメシュヴィツ公爵に、宰相は再び深く頭を下げた。 

「公爵。そう宰相を責めるでない」 

「陛下、貴方もです。責任者が買収されている、そして多くの使用人がその者に従っている。そのような危険な場で紳士会を開いたのですから、オリヴェルを囮としたと見做されても、何も言えないのではありませんか?」 

「尻尾を掴むため、警戒させずにローン侯爵を呼び出す必要があった。余計な逃げ道を作らせず、一息にすべての罪をつまびらかにするために」 

「それは確かに成功しましたね。まあ、目的はひとつだったようですが」 

 皮肉めいた笑みを浮かべて言うメシュヴィツ公爵を、国王が真摯な瞳で見返す。 

「公爵。此度は迷惑をかけた。そして、この件は決して甘い判断など下さぬと約束する」 

「禁止薬物まで使っているのです。ローン侯爵親子はじめ、加担した者は必ず厳罰に処します」 

「・・・・再発防止策も、お忘れなく」 

「「必ず」」 

 固く約束したところで、メシュヴィツ公爵エーミルは、置かれていたカップに漸く手を伸ばした。 

「ところで。聞きたくもないでしょうが、あの部屋の会話記録があるのです。メシュヴィツ公爵子息に薬を盛って、あの部屋へ誘い込むつもりだったという証拠になるものです。聞いてもらえますか?」 

 宰相の言葉に頷き、メシュヴィツ公爵は記録されているという魔道具を見た。 

「こちらは最新の魔道具です・・・と、エーミルの方がよく知っているか」 

 メシュヴィツ公爵家が開発、発売した魔法警備の一環だと知っている宰相が砕けた調子で言えば、メシュヴィツ公爵エーミルも頷き、笑みを零す。 

「デシレアが、オリヴェルを護ってくれたということか」 

「確かな証拠になるからな。では、再生する」 

 魔道具が動き始めて最初に聞こえたのは、扉を開ける音。 

 そこからなのか、と思い聞き進めたエーミルは、やがて不快に顔を歪めた。 

 

『初夜だから、って選んだお衣装は、これなのだけれど・・・まあどうしましょう。ほぼ、肌がすべて見えてしまっているわ。胸も足も、隠されていない』 

『エンマ様は、どこぞの貧乏伯爵家の娘と違ってお美しくていらっしゃるのですもの。問題ありませんわ』 

『オリヴェル様、喜んでくれるかしら?』 

『それはもう、お喜びになられます』 

『とても、お似合いでございますもの』 

『ああ、どきどきするわ。今頃、オリヴェル様はもう薬を盛られているのかしら』

『ローン侯爵は有能な方ですから、そろそろかと』

『とても強い薬なのでしょう?どんな理性の強い方も抗えないくらい』

『他国から苦心して手に入れた、と侯爵はおっしゃっておいででしたよ』

『エンマ様は、愛されておいでなのですね』

『ふふっ。そうなの。お父様は、わたくしをとても大切にしてくださるのよ』

『一夜明ければ、エンマ様は次期筆頭公爵夫人ですね』

『おめでとうございます』

『ありがとう。ああ、オリヴェル様。どんな風に求めてくださるのかしら?熱く?激しく?けだもののように?ああ、本当にどうしましょう・・・!待ちきれないわ!』 

 

「・・・どうしましょうも何も、やる気十分ではないか」 

「まあ、オリヴェル殿を襲う気だったのだからな」 

「若い身空で・・・末恐ろしい」 

 元々友人でもある三人は、その会話に顔を見合わせてしまう。 

「陛下。使用人が多数買収されていたということは、我が息子とこの娘が密室で密会、などという根拠の無い噂が流れる恐れもあるのでは、と思うのですが」 

「ああ。その点については、密会などという噂の流れる前に、紳士会でオリヴェルが薬を盛られた事実、そして瞬間移動を用いて、王城に留まることなく自邸へと戻った経緯をすぐさま公表する。心配するな」 

 国王の言葉に、宰相も大きく頷いた。 

「ローン侯爵側に付いた使用人の拘束も、既に終わっている。根も葉も無い噂など絶対に立てさせはしない」 

「今度こそ、大丈夫なのだろうな?」 

 信じていいのだな、信じるからな、とこの国の国王と宰相に向かい、筆頭公爵であるエーミルは眼光鋭く言い切った。 

 

 

 

「こ、国王陛下と宰相閣下に・・・あ、でも公爵閣下も筆頭公爵閣下だから・・・」 

 話を聞き終えたデシレアは、ナイフとフォークを持ったまま、呆然とした目で呟いた。 

「何も案ずることは無い。オリヴェルとあの娘の密会など無かったし、それに纏わる噂も出なかった。だから、安心して食事を続けなさい」 

「父上。デシレアが呆然としているのは、それが理由では無いと思いますが。まあ、悪辣な噂を立てられなかったことについては、感謝しています」 

「立ったのは、真実を元にした噂、だものね?」 

「母上。揶揄わないでください」 

「いいじゃないか。私もアマンダも、喜んでいるんだ。ひそひそと噂されるのではなく、堂々と『お孫さんを抱く日が、近くなったかもしれませんね』と言われる方が、ずっといい」 

「同感だわ!」 

 

 ・・・お孫さん? 

 ということは、オリヴェル様、他に何方か・・・? 

 

 にこにこと嬉しそうに語り合うメシュヴィツ公爵夫妻を、デシレアが何とも言えない目で見つめていると、隣に座るオリヴェルの足が、こつんとデシレアの足に触れた。 

「違う。俺は、あの薬を盛られた日、何処にいた?」 

「あの日は、わたくしの部屋にいらっしゃいましたね」 

「そういうことだ」 

「え?そういうこと、とは、どういうことですか?オリヴェル様」 

 混乱するデシレアに、メシュヴィツ公爵夫人アマンダが、にっこりと笑みを向ける。 

「わたくし達の孫を産むのはデシレアだけ、ということよ」 

「ふぇ!?」 

「ああ、安心しなさい。早く跡取りを、などとは、私もアマンダも言わないから」 

「それにしても、この反応。本当に手早い方法は用いなかったのね。残念だわ」 

「母上!未だ何もしていません、と言っているではないですか!」 

「未だ、ね。はいはい。オリヴェル。ちゃんと順序立てて教えてあげるのよ?」 

「デシレアは、手強そうだな」 

「父上まで」 

 珍しく声高に話すも、我らの相手ではない、と一瞬で撃沈させられるオリヴェルを見、デシレアは歓喜していた。 

 

 オリヴェル様とご両親様の戯れ! 

 尊い! 

 

「あら、デシレアどうしたの?とても嬉しそうよ?」 

「はいっ。オリヴェル様と公爵ご夫妻は、とても仲がよろしいのだと思って」 

「あら、ありがとう」 

「誤解だ、デシレア。今の何を見て聞いて、そう思った?」 

「え?今の会話の全容を聞いて、皆様の表情を見て、ですけれど?」 

「まあ!嬉しいことを!近くに座っていたら、抱き締められるのに!」 

 デシレアの話を聞いて、オリヴェルは絶句し、メシュヴィツ公爵夫人アマンダは喜びに顔を輝かせる。 

「嬉しいといえば、そうだ。デシレア。馬車がとても暖かくて、助かっているよ」 

「あ!そうでした。《いきなり贈り物びっくり大作戦》!」 

 忘れていた、と言うデシレアにオリヴェルが優しい目を向けた。 

「俺も忘れていたが、そうだ、父上はとても喜んでいた」 

「わたくしもお気に入りよ。馬車に暖房を持ち込むなんて、本当に凄いわ」 

 アマンダにも微笑んで言われ、デシレアはその頬を染める。 

「嬉しいです」 

 公爵夫妻に喜んでもらえて本当に嬉しい、と喜ぶデシレアの頬をオリヴェルがつつく。 

「良かったな」 

「オリヴェル様が、実用化してくださったお蔭です」 

「デシレアが、出かける時も温かくいられるように、と考えてくれたからだろう」 

「ですが、公爵閣下の馬車に持ち込む計画を立て、実行してくださったのは、オリヴェル様です」 

「デシレアが、そうしたいと望んだからだ」 

「・・・まあ、見て。あなた。オリヴェルが、あのオリヴェルがいちゃいちゃしているわ」 

「ああ。この目で見ても、信じられん」 

「っ」 

 その言葉で、メシュヴィツ公爵夫妻に、生温かい目でオリヴェルとの遣り取りを見守られていたことに気づいたデシレアが、一瞬で真っ赤になった。 

「可愛いわ」 

「は、母上。そういえば、俺から強奪した岡持おかもちはどうしたのですか?」 

「まあ、必死の切り替え。その必死さに免じて、強奪、なんて言葉は聞かなかったことにしてあげるわ。岡持おかもちね。もちろん、使っているわよ。今日の鴨のお料理だって、岡持で運ばせたし、調理前の物は保冷庫で運ばせたわ」 

 公爵夫人の言葉に、デシレアは驚いて目を瞠る。 

「あら、デシレア。何をぽかんとしているの?便利な物は、積極的に使うべきでしょう?」 

「あ、いえ。公爵夫人が岡持おかもちをご入用とは思わず、贈らずに申し訳ありません」 

 そう言って頭を下げるデシレアに、オリヴェルが大丈夫だと首を横に振った。 

「心配ない、デシレア。先にも言ったが、母上は、俺の分をひとつ強奪したのだから」 

「もう。人聞きの悪い。でも、本当に便利なの。外でお茶にしましょう、って時に、使用人が付いて来なくても、ふたりでお茶が出来るもの。もちろん、岡持はエーミルが持ってくれるのよ」 

「ああ。ガゼボでないとテーブルが無いからか、お茶を淹れるアマンダの動きがぎこちないが、それがまた可愛くてな」 

 惚気るように言うメシュヴィツ公爵夫妻に、ふたりでお茶をするため、使用人に入用な物を岡持に用意させ、ふたりきりになりたいがために、岡持を自分で運ぶメシュヴィツ公爵と、自分でお茶を淹れる公爵夫人の楽し気な様子が窺えて、デシレアはほんのり温かい気持ちになった。 

「それ。岡持が、テーブルに変形したら万事解決ですね」 

「「「それ」」」 

「え?」 

 何気なく言ったひと言に、三人揃って反応され、デシレアは目をぱちぱちさせた。 

 

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