34 / 115
三十一、その時、王城では ~メシュヴィツ公爵編~
しおりを挟む「見事だな」
先ほどまで確かにオリヴェルが居た、今は誰も居ないその場所を見つめて、国王が感嘆の息を漏らす。
「光栄です、陛下」
感情籠る主君の言葉にメシュヴィツ公爵が頭を下げ、国王もまたその義に対し深く頷くと、きりりとした表情となって当件の指示を出した。
「では、宰相。其方は正式に、此度の件の総括指揮を執れ。また、メシュヴィツ公爵には、現場での指揮を任せる」
「「はっ」」
国王の言葉に宰相と共に臣下の礼を取り、メシュヴィツ公爵は彼の部屋へと急ぐ。
「公爵閣下」
そこには、つい先ほど聞かされたばかりの《かねてよりの計画》通り、既に騎士達が待機していた。
その面子を見て頼もしいと思う反面、メシュヴィツ公爵は、前もって計画を知らされていなかった事実に臍を噛む。
「逃がしてはいないな?」
「はっ。誰ひとり、出しておりません」
「気づかれた様子は?」
「ありません。窓等からの侵入者もありません」
「ご苦労」
答えつつ、メシュヴィツ公爵エーミルは、出来過ぎた感のある息子オリヴェルと、その婚約者であるデシレアを思った。
まったく、色々と造りおって。
この棟には既に魔法警備が設置され、窓や屋根からの侵入者も把握できる設備が整っている。
その設備のなかには、今回のように部屋のなかの被疑者に外の騒音を聞かれ、逃走されることを防ぐための防音装置までもがある。
お蔭で警備がしやすくなったと騎士達から大層喜ばれているのだが、その才能が狙われるものだということを、デシレアはまったく理解していない。
そして、そんなデシレアを最大守ろうとしているオリヴェル。
あのオリヴェルが、結婚したい、と言い出した時は驚いたが。
恐らく、恋してはならない相手に心を寄せてしまったオリヴェル。
表面上は貴族としての役目である婚姻を薦めつつ、心の内では、そんな息子を妻アマンダと共に案じていたエーミルは、英雄として帰還して間もなく婚約したいと言い出したオリヴェルの言葉に、直ぐには反応できないほどに驚いた。
尤も心配したのは、相手の女性がオリヴェルの弱みに付け込んだのではないかということ。
『もしかしたら、秘密を知られて近寄られ、諦めるためだけに』
『彼女でないなら、誰でも同じと自棄になったか?』
諦観のあまり、そのように傍若無人な、品性の欠片も無い女性を選んでしまったのでは、と妻のアマンダと共に、内密に相手を捜査することにした少し前が懐かしい。
しかし相手が、領地の危機により困窮しているレーヴ伯爵家の令嬢だと知った途端、エーミルは妻アマンダと共に顔を見合わせてしまった。
『『まさか、援助をちらつかせて?』』
その時ふたりが共に言葉にしたのは、最初の時とは正反対に、己の息子に対する疑惑。
実際、確かにそういった面もあったのだろう。
現にデシレアは、オリヴェルとメシュヴィツ公爵家にとても感謝している、と何かにつけエーミルにも礼を言ってくれる。
それは、言ってみれば政略のようなもの。
しかしそれよりも強く感じたのは、オリヴェルがデシレアを尊重し、大切にしている心。
そして何より、デシレアがオリヴェルに向ける純粋な瞳だった。
このふたりなら、幸せになれる。
そう実感して、エーミル自身とても嬉しく思い、心からふたりの婚約を祝う気持が湧いた。
『あなた。あのお嬢さんなら、大丈夫そうですわね』
お忍びで、英雄ケーキなるものを食べに行ったカフェで、嬉しそうに言ったアマンダの笑顔が蘇る。
まあ、奥に居たデシレアはともかく、ニーグレン公爵令嬢にはしっかり気づかれていて、苦笑されていたのだが。
それでも、国の重鎮である公爵夫妻が、変装までして揃って覗きのような真似をしたことはあくまでも、婚約を前にした親としての役目だった、と若干遠い目ながら言い切れる。
「オリヴェルの妻は、デシレアだけだ」
オリヴェルを幸せに出来るのはデシレアだけであり、デシレアを幸せに出来るのもオリヴェルだけである。
よって、その幸福の妨げとなる者は排除する。
私とアマンダの《孫に囲まれ、ここは楽園》な、未来の邪魔をするな。
その思いを込めて、エーミルは騎士と共にその部屋へと突入した。
「オリヴェル様!お待ちしており・・・きゃっ。何なのっ一体っ」
ひどいな。
ざっ、という軽快な音と共に、無駄のない動きで騎士と共に部屋に突入したエーミルが見たのは、いっそ裸体の方がいやらしく感じないだろうと思うような、寝衣ともいえない僅かな布を纏ったエンマと、その彼女に甲斐甲斐しく付き添う王城の侍女ふたりの姿だった。
そして部屋中に漂う、咽るように甘ったるい香り。
「香りを吸い込むな」
言いつつエーミルが袖口を口に当てると同時、騎士達が動いて香りの元を滅し、換気を始めた。
「何なのですか!無礼な!こちらのお部屋は、本日ローン侯爵令嬢エンマ様がお使いになること、陛下より言い使っている場所と、心得ての狼藉ですか!?」
彼女達のことなど気にも留めない様子で、てきぱきと対処していく騎士達の動きに、ふたりの侍女のうち、ひとりが眦を釣り上げて叫ぶ。
「この棟の責任者か。ああ、陛下より聞いているぞ。『責任者でありながら、ローン侯爵に買収されてしまった』のだそうだな」
その襟章を見てエーミルが言えば、侍女はすぐさま顔色を変えた。
「なっ」
「今宵の紳士会で、我が息子に媚薬を盛りこの部屋へと連れ込んで、そこな娘と関係を持たせ、責任をと迫って我が家の嫁と入り込む。実に下劣な策だ」
つかつかと部屋の奥まで入り込んだメシュヴィツ公爵エーミルは、騎士を指揮してエンマと侍女ふたりを拘束した。
「何をするのよ!わたくしの方が、オリヴェル様に相応しいって誰だって思うでしょうが!そんな当たり前のこと、どうして分からないのよ!」
「そうです!私どもは正しいことをしたのです!なぜなら、ローン侯爵が間違いを犯すことなどないのですから!」
エンマが暴れ絶叫すれば、責任者も己が正しいと胸を張り、更には物言わぬもうひとりの侍女も、そうだと言わぬばかりに騎士やエーミルを睨めつける。
そんな三人に、エーミルは、ふっと肩の力を抜いた。
「なるほど、言い分は分かった。それで?ローン侯爵令嬢。君はここで、オリヴェルを待っていたということで間違いないか?」
「そうですわ!今夜、わたくしはオリヴェル様の妻となるのです。だから、ここでお待ちしていないといけないのですわ、お義父様」
「君に、そのように呼ばれる筋合いは無い。気持ち悪いことを言わないでくれ。今頃、オリヴェルの真実の妻となっているのは、デシレアだ。そして、君を待っているのは君の父君・・・連れて行け」
命ずるも、エンマの余りに煽情的な姿に困惑した様子の騎士のため、その辺りにあったローブを投げてやれば、ほっとした様子の騎士達がエーミルに頭を下げ、歩けないとしな垂れかかる彼女にさっさと羽織らせると、引きずるように連行して行く。
「いやよ!ふざけたことしないで!可愛くて綺麗な私に何するの!お義父様!エーミルお義父様たすけて!」
その呼び名、エンマの声に、エーミルはぞわっと気持ちの悪さが込み上げるのを感じ、思わず身震いした。
後でデシレアに『エーミルお義父様、大好き』と十回は連続で言ってもらって浄化しよう。
エーミルは、心のなかでうんざりとしながら、そう思った。
49
お気に入りに追加
322
あなたにおすすめの小説
虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました
三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。
助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい…
神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた!
しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった!
攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。
ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい…
知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず…
注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。
死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話
みっしー
恋愛
病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。
*番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!
推ししか勝たん!〜悪役令嬢?なにそれ、美味しいの?〜
みおな
恋愛
目が覚めたら、そこは前世で読んだラノベの世界で、自分が悪役令嬢だったとか、それこそラノベの中だけだと思っていた。
だけど、どう見ても私の容姿は乙女ゲーム『愛の歌を聴かせて』のラノベ版に出てくる悪役令嬢・・・もとい王太子の婚約者のアナスタシア・アデラインだ。
ええーっ。テンション下がるぅ。
私の推しって王太子じゃないんだよね。
同じ悪役令嬢なら、推しの婚約者になりたいんだけど。
これは、推しを愛でるためなら、家族も王族も攻略対象もヒロインも全部巻き込んで、好き勝手に生きる自称悪役令嬢のお話。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる