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三十一、その時、王城では ~メシュヴィツ公爵編~

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「見事だな」 

 先ほどまで確かにオリヴェルが居た、今は誰も居ないその場所を見つめて、国王が感嘆の息を漏らす。 

「光栄です、陛下」 

 感情籠る主君の言葉にメシュヴィツ公爵が頭を下げ、国王もまたその義に対し深く頷くと、きりりとした表情となって当件の指示を出した。 

「では、宰相。其方は正式に、此度の件の総括指揮を執れ。また、メシュヴィツ公爵には、現場での指揮を任せる」 

「「はっ」」 

 国王の言葉に宰相と共に臣下の礼を取り、メシュヴィツ公爵はの部屋へと急ぐ。 

「公爵閣下」 

 そこには、つい先ほど聞かされたばかりの《かねてよりの計画》通り、既に騎士達が待機していた。 

 その面子を見て頼もしいと思う反面、メシュヴィツ公爵は、前もって計画を知らされていなかった事実に臍を噛む。 

「逃がしてはいないな?」 

「はっ。誰ひとり、出しておりません」 

「気づかれた様子は?」 

「ありません。窓等からの侵入者もありません」 

「ご苦労」 

 答えつつ、メシュヴィツ公爵エーミルは、出来過ぎた感のある息子オリヴェルと、その婚約者であるデシレアを思った。 

 

 まったく、色々と造りおって。 

 

 この棟には既に魔法警備が設置され、窓や屋根からの侵入者も把握できる設備が整っている。 

 その設備のなかには、今回のように部屋のなかの被疑者に外の騒音を聞かれ、逃走されることを防ぐための防音装置までもがある。 

 お蔭で警備がしやすくなったと騎士達から大層喜ばれているのだが、その才能が狙われるものだということを、デシレアはまったく理解していない。 

 そして、そんなデシレアを最大守ろうとしているオリヴェル。 

 

 あのオリヴェルが、結婚したい、と言い出した時は驚いたが。 

 

 恐らく、恋してはならない相手に心を寄せてしまったオリヴェル。 

 表面上は貴族としての役目である婚姻を薦めつつ、心の内では、そんな息子を妻アマンダと共に案じていたエーミルは、英雄として帰還して間もなく婚約したいと言い出したオリヴェルの言葉に、直ぐには反応できないほどに驚いた。 

 尤も心配したのは、相手の女性がオリヴェルの弱みに付け込んだのではないかということ。 

『もしかしたら、秘密を知られて近寄られ、諦めるためだけに』 

『彼女でないなら、誰でも同じと自棄になったか?』 

 諦観のあまり、そのように傍若無人な、品性の欠片も無い女性を選んでしまったのでは、と妻のアマンダと共に、内密に相手を捜査することにした少し前が懐かしい。 

 しかし相手が、領地の危機により困窮しているレーヴ伯爵家の令嬢だと知った途端、エーミルは妻アマンダと共に顔を見合わせてしまった。 

『『まさか、援助をちらつかせて?』』 

 その時ふたりが共に言葉にしたのは、最初の時とは正反対に、己の息子に対する疑惑。 

 実際、確かにそういった面もあったのだろう。 

 現にデシレアは、オリヴェルとメシュヴィツ公爵家にとても感謝している、と何かにつけエーミルにも礼を言ってくれる。 

 それは、言ってみれば政略のようなもの。 

 しかしそれよりも強く感じたのは、オリヴェルがデシレアを尊重し、大切にしている心。 

 そして何より、デシレアがオリヴェルに向ける純粋な瞳だった。 

 

 このふたりなら、幸せになれる。 

 

 そう実感して、エーミル自身とても嬉しく思い、心からふたりの婚約を祝う気持が湧いた。 

『あなた。あのお嬢さんなら、大丈夫そうですわね』 

 お忍びで、英雄ケーキなるものを食べに行ったカフェで、嬉しそうに言ったアマンダの笑顔が蘇る。 

 

 まあ、奥に居たデシレアはともかく、ニーグレン公爵令嬢にはしっかり気づかれていて、苦笑されていたのだが。 

 

 それでも、国の重鎮である公爵夫妻が、変装までして揃って覗きのような真似をしたことはあくまでも、婚約を前にした親としての役目だった、と若干遠い目ながら言い切れる。 

「オリヴェルの妻は、デシレアだけだ」 

 オリヴェルを幸せに出来るのはデシレアだけであり、デシレアを幸せに出来るのもオリヴェルだけである。 

 よって、その幸福の妨げとなる者は排除する。 

 

 私とアマンダの《孫に囲まれ、ここは楽園》な、未来の邪魔をするな。 

 

 

 その思いを込めて、エーミルは騎士と共にその部屋へと突入した。 

 

 

 

「オリヴェル様!お待ちしており・・・きゃっ。何なのっ一体っ」 

 

 ひどいな。 

 

 ざっ、という軽快な音と共に、無駄のない動きで騎士と共に部屋に突入したエーミルが見たのは、いっそ裸体の方がいやらしく感じないだろうと思うような、寝衣ともいえない僅かな布を纏ったエンマと、その彼女に甲斐甲斐しく付き添う王城の侍女ふたりの姿だった。 

 そして部屋中に漂う、咽るように甘ったるい香り。 

「香りを吸い込むな」 

 言いつつエーミルが袖口を口に当てると同時、騎士達が動いて香りの元を滅し、換気を始めた。 

「何なのですか!無礼な!こちらのお部屋は、本日ローン侯爵令嬢エンマ様がお使いになること、陛下より言い使っている場所と、心得ての狼藉ですか!?」 

 彼女達のことなど気にも留めない様子で、てきぱきと対処していく騎士達の動きに、ふたりの侍女のうち、ひとりが眦を釣り上げて叫ぶ。 

「この棟の責任者か。ああ、陛下より聞いているぞ。『責任者でありながら、ローン侯爵に買収されてしまった』のだそうだな」 

 その襟章を見てエーミルが言えば、侍女はすぐさま顔色を変えた。 

「なっ」 

「今宵の紳士会で、我が息子に媚薬を盛りこの部屋へと連れ込んで、そこな娘と関係を持たせ、責任をと迫って我が家の嫁と入り込む。実に下劣な策だ」 

 つかつかと部屋の奥まで入り込んだメシュヴィツ公爵エーミルは、騎士を指揮してエンマと侍女ふたりを拘束した。 

「何をするのよ!わたくしの方が、オリヴェル様に相応しいって誰だって思うでしょうが!そんな当たり前のこと、どうして分からないのよ!」 

「そうです!私どもは正しいことをしたのです!なぜなら、ローン侯爵が間違いを犯すことなどないのですから!」 

 エンマが暴れ絶叫すれば、責任者も己が正しいと胸を張り、更には物言わぬもうひとりの侍女も、そうだと言わぬばかりに騎士やエーミルをめつける。 

 そんな三人に、エーミルは、ふっと肩の力を抜いた。 

「なるほど、言い分は分かった。それで?ローン侯爵令嬢。君はここで、オリヴェルを待っていたということで間違いないか?」 

「そうですわ!今夜、わたくしはオリヴェル様の妻となるのです。だから、ここでお待ちしていないといけないのですわ、お義父様」 

「君に、そのように呼ばれる筋合いは無い。気持ち悪いことを言わないでくれ。今頃、オリヴェルの真実の妻となっているのは、デシレアだ。そして、君を待っているのは君の父君・・・連れて行け」 

 命ずるも、エンマの余りに煽情的な姿に困惑した様子の騎士のため、その辺りにあったローブを投げてやれば、ほっとした様子の騎士達がエーミルに頭を下げ、歩けないとしな垂れかかる彼女にさっさと羽織らせると、引きずるように連行して行く。 

「いやよ!ふざけたことしないで!可愛くて綺麗な私に何するの!お義父様!エーミルお義父様たすけて!」 

 その呼び名、エンマの声に、エーミルはぞわっと気持ちの悪さが込み上げるのを感じ、思わず身震いした。 

 

 後でデシレアに『エーミルお義父様、大好き』と十回は連続で言ってもらって浄化しよう。 

 

 エーミルは、心のなかでうんざりとしながら、そう思った。 

 

 
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