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三十、その時、王城では ~オリヴェル編 5~

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「父上・・・」 

「オリヴェル。今、医師を呼びに行かせたのだが、どうやら遠ざける手筈も整えていたようで、直ぐにこちらには来られないらしい」 

 王城に常駐の医師が、所定の場所に居ない。 

 しかも今宵は、国王主催の紳士会が行われているにも関わらず、だ。 

 これが、偶然の訳はない。 

「敵の手中にある医師が・・来るよりましです・・・」 

「それもそうだな。だがしかし、どうするか。お前はともかく、私はこの部屋から出られないだろうし」 

「その辺りも・・抜かりは無いのではと・・・」 

 犯人は、オリヴェルとメシュヴィツ公爵の分断が狙いなのだろうから、むしろその時を狙って来るだろうと父公爵の言葉に頷いて、オリヴェルはそっと声を潜めた。 

「父上・・ローン侯爵の左袖に仕込まれている・・羽根を模した銀細工・・あれに付着した薬と・・俺が使ったグラスに付着した薬の・・照合を・・・」 

「ローン侯爵の袖口?お前、何故それを・・いや、分かった。宰相に伝えよう。離れるぞ。少し待て」 

 オリヴェルの言葉に疑問を抱いた様子のメシュヴィツ公爵ではあったが、事は一刻を争うとその疑念を内に仕舞い、すぐさま鑑定魔法を持つ宰相へと向かう。 

「おお、オリヴェル殿。ささ、こちらへ」 

 メシュヴィツ公爵がオリヴェルから離れる理由など考えもしないのか、最早下品なにやにや笑いを隠しもしないローン侯爵が、好機とばかりオリヴェルの腕を掴もうと手を伸ばして来た。 

「侯爵。胸の羽が一片いっぺん、袖に紛れ込んでしまわれたようですよ」 

「なっ」 

 しかし、薬で動くこともままならない筈のオリヴェルが、素早い動きでその左の袖口から抜き取ったのは、鳥の羽根を模した銀細工。 

 それは確かに、ローン侯爵が胸に着けているピンブローチの銀細工の羽根と同じ物。 

「違和感があったのです。それは何かと考えたところ、侯爵のピンブローチだと判明しました。こちらへ来てすぐにお会いした時は、確かに三枚あった羽根が、一片欠けていた。この袖口の羽根が、そうですよね?」 

「だ、だから何だ!そうだ、抜けて、外れてしまったから、こうして袖口に」 

「そうですか・・・あ、これ。何か入れることが可能な造りなのですね。見事だ。今日はもう、使用済みのようですが」 

 言いつつオリヴェルは、その羽を近づいて来た宰相へと渡した。 

「・・・・・確かに。この羽根に付着している薬と、メシュヴィツ公子息が使ったショットグラスに付着している薬は同じ物だ。ローン侯爵。どういうことか、ご説明願いましょう」 

「っ!宰相もグルになって、私を貶めようというのか!?陛下に言上ごんじょう申しあげるぞ!」 

「では、私も検分しましょう」 

「私にも、ひと役買わせてください」 

 真っ赤になって喚くローン侯爵に、名乗りをあげた二名の貴族。 

「なんだ、貴様らは!」 

「彼等も鑑定持ちですよ。私だけではご不満のようですから。ではおふたり共、お願いします」 

「ええい!茶番はやめろ!そうだ、私がオリヴェル殿に薬を盛った。だがな、きちんと後の事まで考えてあるのだ」 

 状況から逃れられないと判断したのか、それまでの否定から一転、自分がやったと言い切ったローン侯爵は、不気味な笑みを浮かべた。 

「オリヴェル殿。我が娘が、既に別室で待機している。娘にすべて委ね、安楽に癒してもらうがいい。娘は天女の如く、寄り添う優しさと美しさを兼ね備えているからな。貴殿には、勿体ないと有難く受けろ」 

「犯罪者の分際で、ぬけぬけと・・・!」 

 周囲の貴族が拳を握るも、ローン侯爵はどこ吹く風。 

「しかし、その薬はなかなかの強さ。医師も不在の今、対処法などひとつしかあるまい。いいからさっさと行かれよ。いつまで娘を待たせるつもりだ」 

「なるほど。ご令嬢は、娼婦希望なのですか」 

 居丈高に言い切るローン侯爵の言葉を、宰相が涼しい顔で言いのけた。 

「何を無礼な!」 

「では、メシュヴィツ公爵家乗っ取りですか?父が薬を盛り、娘がそれを利用して既成事実を作り、責任を追及して婚約者に収まる。立派な犯罪です。しかも、そのような薬剤はこの国で使用禁止となっていますから。そうですね。処罰としては、大臣辞任はもちろんとして」 

「なっ!馬鹿を言うな!犯罪、処罰などと、この私に向かってふざけたことを!その口縫い付けてやろうか!」 

 宰相の言葉尻を奪い取り、ローン侯爵が有り得ないと叫ぶ。 

「ふざけてなどおりません。ただの真実です。他家のご子息に薬を盛るなど、犯罪以外の何だというのですか」 

 凛として言い切る宰相に、ローン侯爵は尊大に胸を張る。 

「過ちを正してやろうというのだ。むしろ感謝してほしいところ」 

「過ち?」 

「そう、過ち。そこなメシュヴィツ公子息は、我が娘エンマが妻となってやると言ったにも関わらず、貧乏伯爵の娘などを選んだ。その目を、覚まさせてやろうというのだからな」 

岡持おかもち、デシレアラップ、保冷庫」 

 一体何処の何様で、どういう思考回路をしているのか、と周りがローン侯爵を見つめ首を捻るなか、宰相は口元に微笑みを浮かべてそう言った。 

「なんだ?何かの暗号か?」 

「すべて、メシュヴィツ公爵家が開発、発売したものだ」 

「それがどうした」 

「これらは皆、メシュヴィツ公爵家の事業として発表され、オリヴェル殿が代表となってはいるが、発明したのはデシレア・レーヴ伯爵令嬢。オリヴェル殿のご婚約者だ。ああ、かの魔法警備もそうだな」 

 数え出せば数が多い、と益々頬を緩める宰相に、ローン侯爵は尚も不審の目を向ける。 

「だから、何だというのだ。今それが、何の関係があるというんだ」 

「貴公の娘御は、何を?デシレア嬢は、己の発明によりメシュヴィツ公爵家に恩恵をもたらした。貴公の娘御は、何をもたらすことが出来るのですか?」 

 宰相の問いかけに、ローン侯爵はふんと鼻を鳴らした。 

「そんなもの。エンマは、居るだけで価値があるのだ。妻と出来るだけで僥倖だろうが」 

「そう思われているのは、貴公だけです」 

 言いつつ、宰相はさり気なくオリヴェルとローン侯爵の間に立った。 

「女神の如きエンマには、功績など不要だ。それも分からぬ下種共が」 

「下種はどちらか、という話ですよ」 

「オリヴェル殿。いいから早く行かれよ。心配せずとも、行き先は侍従が案内あないする。無理も限界だろうに強がりおって」 

「ローン侯爵」 

 蔑むように言われたオリヴェルがゆらりと立ち上がれば、宰相はじめ周りは心配そうに見つめ、ローン侯爵は嫌らしい笑みを浮かべるも、すぐさまそれは怒気に変わる。 

「ご心配いただかなくとも、邸に帰ればデシレア・・・我が最愛の婚約者がおりますので、娼婦の手配は無用です」 

「こ・・のっ!」 

「そこまでだ!ローン侯爵」 

 不敵な笑みを向けたオリヴェルにローン侯爵が殴りかかろうとしたその時、凛とした声が部屋に響いた。 

「陛下のおなりだ」 

 そして、その隣にはメシュヴィツ公爵。 

 ふたりは何かを頷き合うと、メシュヴィツ公爵は急ぎ足でオリヴェルの元へと向かい、それを見届けた国王は、再び凛と声を張った。 

「ローン侯爵。この場で起こした騒ぎの原因、しかと調べさせるからそのつもりでいろ。衛兵、地下牢へ繋いでおけ!」 

「やめろっ!放せっ!私を誰だと思っている!ええい!放さぬか!」 

 喚くローン侯爵を、衛兵が容赦なく引き摺って行くなか、国王はゆっくりとした足取りでオリヴェルの元へと歩みを進める。 

 そのなかで、宰相は素早く証拠となる銀細工とグラスを白い布に包み、衛兵に厳重なる保管を命じると、メシュヴィツ公爵へと向き直った。 

「メシュヴィツ公爵、一刻も早くご子息を別室に」 

「ああ。さあ、オリヴェル」 

「いえ・・陛下に・・・魔法を使う・・許可・・を・・」 

 両側から支える宰相と父公爵に、ふらつきながらオリヴェルが言えば、ふたりは一瞬虚を突かれたような顔をしてから、オリヴェルの持つ能力に思い当たった。 

「オリヴェル・メシュヴィツ。この場で、瞬間移動を発動することを許可する」 

 そして、その時にはオリヴェルの前まで進んでいた国王が、大きく頷き許可を出す。 

「有難き幸せ」 

 薬に犯されながらも、臣下としての一礼を見事にしたオリヴェルの肩を、メシュヴィツ公爵がその大きな手で強く握った。 

「後の事は心配いらない」 

「さ、メシュヴィツ公子息。一刻も早く、ご婚約者の元へ」 

「ありがとう・・ございます・・お願い・・します」 

 支えてくれる父公爵と宰相、そして大きな頷きを見せる周りの貴族達へ小さく頭を下げ、オリヴェルは気合を入れるようにひとつ息を吐くと、次の瞬間、その場から消えた。 

 


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