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二十八、その時、王城では ~オリヴェル編 3~
しおりを挟む『私がチェスの駒となるならポーン、ですか。確かに、私は高貴な女王様というよりも、歩兵や農民ぽいですね』
怒るどころか、ふむふむと納得しそうなデシレアが容易に想像できて、オリヴェルは知らず口元に笑みを浮かべた。
「そうですね。とても信頼しています。彼女が私を裏切ることなど無いと断言できるくらいには」
「これは、惚気られてしまいましたな。いやしかし、突然メシュヴィツ公爵子息が婚約すると聞いた時には驚きましたが、お相手を知って納得しましたよ。レーヴ伯爵家は徳の高い領主一家という認識が元よりありましたから、それでだと思ったのですが。のみならず、ご息女本人の才能も素晴らしいのですね」
「ありがとうございます」
オリヴェルがそう言った所で用意が整い、オリヴェルは白黒ひとつずつのポーンを宰相には見えないよう手に取り握ると、そのまま拳の両手を差し出す。
「では、こちらで」
宰相が選んだポーンは、白。
さて、どのような手で来るか。
「そういえば。来て早々、ローン侯爵に絡まれて大変でしたね。何を言われたのですか?」
先攻の宰相が考え込む姿を見ながら、オリヴェルも戦略を練っていると、宰相が盤から目を離すことなくそう言った。
「『すべては水に流そう』と」
「それはそれは。ローン侯爵の言うことではありませんね。まあ、あの方らしいとも言いますか」
苦笑する宰相に、オリヴェルも無言で頷きを返す。
本当に、常識の欠片も無い。
『オリヴェル。早速お越しだ』
この会場へ入ってすぐ父公爵に楽し気に言われ、その視線の先を見たオリヴェルは、ローン侯爵が何故か嬉々として自分達の方へ寄って来るのを不快な思いで見つめた。
『やあやあ、メシュヴィツ公爵にオリヴェル殿。色々ありましたが、過去は水に流しましょう』
そちらの言うことか?
被害者はこちらなのに、まるで過去は水に流してやると言わぬばかりのローン侯爵になど関わりたくないと、オリヴェルは心の底から思う。
『おや。貴公は、謹慎期間を終えられたばかりでは?』
『陛下のお招きとあらば、参上するに決まっておろう。第一、何故我らが謹慎などせねばならんのだ。今日の陛下のお招きは、我らに非が無いことを示していると考えるがよかろう』
『窃盗未遂をしたのに、非が無いと?』
『あの娘が素直にエンマに渡さぬから、あのような事態となったのだろう。エンマは何も悪くない』
悪いのは、エンマに要求されたにも関わらず渡さなかったデシレアだと言い切るローン侯爵に、オリヴェルが皮肉めいた笑みを浮かべた。
『いきなり襲いかかられて、怪我までさせられたのはデシレアなのですがね。それに彼女は、私からの贈り物をそれは大切にしてくれていますので、他人に渡すなど考えも及ばないでしょう』
オリヴェルの言葉に、ローン侯爵が憎々し気に顔を歪める。
『身の程知らずですな』
『どちらが。私が選び、共に生きて行きたいと願った婚約者は、デシレアです』
『貧乏伯爵家の娘如き相手に何を宣う。どうせメシュヴィツ公爵が金を援助しているのだろうに、想い合う婚約者のふりなど無理がある』
吐き捨てるように言ったローン侯爵に、メシュヴィツ公爵が楽し気な目を向けた。
『ローン侯爵は、市井の噂も聞こえないのですかな』
『市井になど、興味も無い』
『いや、これは失礼。貴族間で常識だった、魔法警備をご存じなかったもので、市井のことならお詳しいのかと』
『っ!失礼する!』
噴火したのかと思うほど一気に顔を真っ赤にしたローン侯爵は、そう叫ぶように言い捨てると、不機嫌を体現するかのように大股で去って行く。
『おや、行ってしまったか。もっと言いたいことがあったのに』
『言いたいこと、ですか?上手く退散させたと思ったのですが』
オリヴェルが不思議に思って問えば、父公爵は大きく頷いた。
『もっと真実を知らしめたかった・・・デシレアが考えた様々な物をオリヴェルが形にし、その恩恵を公爵家も受けることになったこと、そもそもレーヴ伯爵家に援助金を出しているのは私ではなく、オリヴェルだということ・・・息子夫婦の自慢をしたかったのに。ふむ。言い損なってしまったな』
思い出すうちにも、オリヴェルは駒を動かし、戦局を見極める。
「ローン侯爵の実際の咎は、その娘の窃盗未遂と、メシュヴィツ公爵家の夜会での騒ぎを起こしたことですからね。大臣辞任までは、追い込めませんでした」
残念そうに言う宰相に、オリヴェルは驚き目をあげた。
「辞任、ですか?」
「ええ。歪みは、正さねばなりませんから」
淡々と恐ろしいことを言いながら、宰相は確実に盤上のオリヴェル陣営を責め立てる。
流石、宰相。
繊細にして大胆な策だ。
勉強になる、とチェスに集中するオリヴェルは、ショットグラスを一気にあける宰相を見て、同じようにグラスをあけた。
「ほう。なかなか、いける口ですな」
「宰相こ・・・っ!」
言いかけて、オリヴェルは自身の身体が一気に熱くなるのを感じる。
これは、酒だから、じゃない・・・!
咄嗟に薬を盛られたと判断したオリヴェルは、驚いた様子で近づく宰相の後方に、満面の笑みを浮かべるローン侯爵の姿を捉えた。
何だ、何か違和感が・・・・・。
思うも思考は霞み、視界は狭くなって行く。
「衛兵!全員、部屋から出すな!即刻、この棟の出入り口すべてを封鎖。厨房、廊下に至るまで、衛兵を派遣して、薬物の捜査、怪しい人物の割り出しを急げ!」
「オリヴェル!」
慌ただしく宰相が指揮を執る怒声を聞き、父公爵が慌てて抱き寄せるのを感じながら、オリヴェルはローン侯爵に感じた違和感の正体を探り続けていた。
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