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番外編 バレンタイン狂詩曲(ラプソディ) ~オリヴェル編~
しおりを挟む「オリヴェル様、こちらを受け取っていただけますか?」
「ああ。もちろん」
オリヴェルが受け取ってくれるか不安なのだろう、デシレアがぷるぷると震えながらきれいに包装された包を差し出すのを、オリヴェルはまるで小動物のようだと見つめる。
ふたりきりのお茶会。
今日はいつもの研究室ではなく、庭が見渡せるテラスでのそれは、今日という日が特別だと浮足立っていたデシレアの為と用意したのだと、オリヴェルはノアとエドラから聞いている。
『若旦那様。デシレア様は、今日という日を特別な日だとおっしゃっていました。そして、特別なお菓子を若旦那様にお渡しするのだと』
『若旦那様。それからデシレア様は、こうもおっしゃっていました《私の想いも閉じ込めて》と。言うまでも無いことでございますが、そのお相手は若旦那様でございます』
『『舞台は、完璧に整っております。後の問題は、若旦那様です。くれぐれも、くれぐれも発言にはお気をつけくださいませ。照れから来た暴言、冷たい言葉など、言語道断とお心得ください』』
まったく。
言うわけないだろう。
相手はデシレアで、あの煩い羽虫令嬢達ではないのだから。
「ありがとう、デシレア。本当にうれ」
内心思いつつ、オリヴェルがその包を大切に受け取った瞬間、突如としてデシレアが叫んだ。
「きゃあああ!ありがとうございます!オリヴェル様!」
「な、なんだ?」
「だって、オリヴェル様が受け取ってくださったから!」
「え?いや、礼を言うのは俺の方で」
「いいええ!長年の夢を叶えていただきました!感謝感激雨霰とはこのこと!」
「長年の夢?そんなにか?」
「はい!それはもうぜ・・んんっ・・ずっと以前からの願いでしたから!」
両手を胸の前で組み、きらきらと瞳を輝かせるデシレアを見つめ、オリヴェルは照れ臭い思いを隠すように、眼鏡の細い縁を持ち上げる。
「そ、そうか。ところで、開けてもいいか?」
「はい!気に入っていただけるといいのですが」
どきどきした様子のデシレアに手元と顔を交互に見つめられ、彼女のどきどきが移ったように少しばかり煩い心臓を宥めながら、オリヴェルはきれいに結ばれたりぼんを丁寧に解いた。
何だ、この心臓の騒めきは。
闘いの緊張感ともまた違う、なんとも言えない、弾むような。
覚えのないどきどきに戸惑いつつ、りぼんをそっとテーブルに置いたオリヴェルは、箱を包んでいる薄い布を外し、そっと蓋を開く。
「これは・・・見事だ」
そこに並んでいたのは、チョコレートで作られた鈴蘭の花々。
幾種類かあるのか、鈴蘭そのままのものと、金粉が乗っているもの、チョコレートで作られた小さな羽が乗っているものとがある。
「この羽は、もしかして<妖精の羽>か?」
<妖精の羽>
それはこの国の民であれば誰もが知っているおとぎ話で、妖精たちが月のきれいな晩に夜露を浴びて踊る時、生え替わりで落ちた羽を見つけられたら幸せになれるというもの。
「はい、そうです。オリヴェル様に、とびっきりの幸運がありますように」
「では、デシレアも共に幸福になろう。食べるのが惜しい気もするが、一緒にならいい気がする。乗っているものが違うということは、中身もちが・・・っ」
『私の想いも閉じ込めて』
そこで、デシレアがそう言っていたという言葉を思い出し、思わず言葉を詰まらせたオリヴェルに気づくことなく、デシレアが嬉しそうに説明していく。
「何も乗っていないのがウィスキーで、金粉がブランデー、それで妖精の羽が乗っているのがワインです」
「そ、そうか。酒の種類は違うということか」
「はい。どれも、たっぷり入れてあります」
「どれも。そうか、君のおも・・・いや、どれがいいかな」
思わず、君の想いもたっぷりか、と言いかけたオリヴェルは忙しなく眼鏡の細い縁をいじった。
「そんなに、そわそわ選んでくれて嬉しいです」
「ああ。しかし、チョコレートと酒か。どんな感じなのだ?」
「チョコの型で鈴蘭を作って、その中にお酒を閉じ込めてあります」
「閉じ込めて?」
「はい。チョコに練り込んでいるのではなく、中の空洞部分にお酒をそのまま」
デシレアと話ししているうち、漸く落ち着いて来たオリヴェルは、その説明に目を瞠った。
「では、これを口に入れると、酒が出て来るのか」
「そうですよ。じゅわっと出てきます」
「じゅわっとか。君の想いも一緒に?」
「え」
「あ」
ふふふ、と笑うデシレアに流されるように口にして、オリヴェルは固まった。
しまった!
声に・・・・!
「よっ、酔わせて襲おうとか思っていませんから安心してください!」
「え?その心配をするのは、デシレアの方だろう」
「何を言っているのですか!オリヴェル様、すっごく綺麗なんですから危機感持ってください!」
「いや、持ってくださいと言われてもな」
「駄目です!いっくら護衛の人がいたって、自分で気を付けないとなんですよ?」
「分かっている。だが、デシレアとふたりの時には、危機感など要らない」
「オリヴェル様」
ああ、思えば最初からそうだったか。
オリヴェルの言葉に、ぽかんとした顔になったデシレアを見つめ、オリヴェルは契約婚約を決めた頃の事を思い出す。
王子カールや聖女エメリに、自分の想いを気づかれないまま既婚者になってしまいたくて、焦って探した婚約者。
かといって、煩い羽虫令嬢となど茶会の席を共にするのもごめんだし、家に決められるのも面倒。
そんな時に知った英雄ケーキ。
最初は、女性が作っていると知っても、そうして経済を回すのも貴族としての役目かと思っただけだったが、実際に実物を見て思いは変わった。
ただの煩い羽虫ではない、思いが伝わる。
そうして初めて会ったデシレアは、最初オリヴェルの申し出を断ろうとする様子があったものの、いつだってオリヴェルの事を全肯定の勢いで受け入れてくれた。
それはもう、聊か大仰なくらいに。
それでも、デシレアの目には、嘘が無い。
だからだろうか。
貴族令嬢すべてを羽虫令嬢だと煩く思っているオリヴェルだが、デシレアに対してそう思ったことが無い。
裏切られる心配を、したことも無い。
時折、怒涛の勢いで話ししだすこともあるが、そんな所も気に入っていたりする。
そうか。
俺は、最初から。
「でしれ」
「あっ、そうだった!オリヴェル様!」
「な、なんだ」
自分の世界で回想していたオリヴェルは、うっかりそのまま言葉にしかけ、焦った様子のデシレアに遮られた。
「チョコレートケーキもあるんです!保冷庫に入れてて、未だ切り分けていないので、そのまま持って来て貰ってもいいですか?」
「あ、ああ。任せる」
「ありがとうございます!」
元気に答えたデシレアの視線を追えば、その先で侍女がどこかへ移動して行く姿が見える。
恐らくはデシレアの指示待ちで待機していたのだろう、それをデシレアが忘れていたのだろうと思い、オリヴェルは口元が緩むのを感じた。
「む。また莫迦にして」
「していない」
「では、なんで笑ったんですか?」
「俺と同じだと思って」
「同じ・・・?」
戸惑うように首を傾げたデシレアに、オリヴェルは侍従に目配せで持ってこさせた、小ぶりの花束を渡す。
「素敵な茶会の礼に」
「あわわ・・ありがとう・・ございます」
鈴蘭と青薔薇の花束に、デシレアの頬が嬉しそうに染まった。
本当は、デシレアの花石の花にしたかったが。
女性に、個人として初めて贈る花束。
しかも相手がデシレアなのだから、その花は、どうしても青薔薇がいいとオリヴェルは思った。
そして、組み合わせるのはデシレアの花石の花がいいと。
けれど、オリヴェルはデシレアの花石の花を知らない。
しかも、その原因を作ったのは他でもないオリヴェルである。
まあ、鈴蘭もデシレアを象徴する花だからな。
俺にくれたチョコレートも、鈴蘭の形なのだし。
デシレアにとっても、鈴蘭も特別と受け取っていいだろう。
「その、なんだ。俺にとって、好ましい鈴蘭といえばデシレアというか。デシレアを見ると鈴蘭を思い出すし、その逆もまたしかりで。つまりはその、とくべ」
「私も鈴蘭大好きなんですけど、そういえば鈴蘭って、毒があるんですよねえ」
「あ」
照れ照れと鈴蘭とデシレアについて語り始めたオリヴェルは、その言葉に知識を呼びさまされ、再びかっちんと固まった。
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