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二十五、推しと過ごす休日 2

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「病気でもないのに、何だかいけないことをしている気持ちになります」 

 ベッドの上に作られた、簡易というには立派なテーブル。 

 その上に並んだ、ふたり分にしてはたっぷり過ぎる気もする朝食を見つめて、デシレアがぽつりと呟いた。 

「確かに。ベッドで食事を摂るなど、子どもの頃に熱を出して以来だ」 

 そんなデシレアの戸惑った様子に、オリヴェルは楽し気に頷くと、何かを思いついたようにテーブルに並んだ数種のサンドイッチを選び始める。 

「子どもの頃のオリヴェル様も、可愛かったのでしょうねえ・・・って、オリヴェル様?」  

 幼少の頃のオリヴェル、という天使だったに違いない姿、声までもを想像し、うっとりしかけたデシレアは、口元に小ぶりのサンドイッチを差し出されて目が点になった。 

「ほら、口を開けろ」 

 

 く、口を開けろ? 

 つまりは、食べさせてくれるということ? 

 うーん。 

 このサイズなら、何とかひと口でいけるかな。 

 具沢山だからちょっと大変そうだけど、具沢山だからこそ、噛み付いたら溢れ出ちゃうかもしれないし。 

 何より噛み跡が付いちゃうから、それは却下! 

 

 『私の噛み跡などという、そんな美しくないものはオリヴェル様に見せられない!絶対!』という一心で、デシレアはなるだけ大きく口をあけ、具が漏れ出さないよう、そして万が一にもオリヴェルの指を噛んでしまったりしないよう、差し出されたサンドイッチを慎重に口へと入れた。 

 もちろん、噛み跡無しのひと口で。 

「良い食べっぷりだな。旨いか?」 

「はひ。おいひいでふ」 

「はは。子どもみたいだな。ほら、これを飲むといい」 

 差し出されたカップを有難く受け取ってお茶を飲み、デシレアは至福とにっこり笑った。 

「次は、どれがいい?」 

「え?次は、自分で」 

「俺としては、これがお薦めだ。ほら」 

「あ、ローストビーフ。おいしそう」 

「ああ。旨かったぞ」 

 自分もサンドイッチを摘まみながら、デシレアへも食べさせてくれようとするオリヴェル。 

 

 オリヴェル様って食べている姿も素敵よね。 

 私まで、食欲をそそられるっていうか。 

 

「デシレア?どうした?」 

 ローストビーフサンドからオリヴェルへと視線を移し、じっと見つめていたからか、オリヴェルが問うように首を傾げた。 

「オリヴェル様、とても美味しそうに召し上がるから、私も食欲そそられるなって」 

「そうか。なら、たくさん食べるといい」 

 デシレアの発言を莫迦にすることなく目を細め、オリヴェルは手にしたサンドイッチをデシレアの唇に軽く当てて来る。 

 ちょんちょん、ほら唇を開けてというように。 

 

 きょ、今日のオリヴェル様ってば激甘仕様! 

 もしかして薬の副作用かもだけれど、これはもう、乗っかるべきなのでは!? 

 だって希少だし! 

 それに、この距離なら、自分で食べても噛み跡見られちゃうだろうから、いいかな。 

 うん、これもひと口でいけそうだし。 

 

 美しくない噛み跡を見せることなく、オリヴェルの指を噛むことなく、そして具を零すことなく食べる。 

 そこに注意はするものの、サンドイッチはどれも美味しくて、デシレアはオリヴェルが差し出してくれるままに嬉しく口を開けた。 

「海老とアボカド、じゃがいもとコンビーフ・・・んー、どれも最高・・ん?あ、それはもしかして」 

 そして、満足満足、最高最高と満ち足りた思いで食べ進めていたデシレアは、オリヴェルが手にしたサンドイッチに目を止める。 

「ああ。牛かつだな」 

「流石料理長!牛かつがサンドイッチに合うと見破るなんて」 

 その事実に、デシレアは両手を組んで絶賛した。 

「流石というなら君だろう。この料理を、最初に作ったのはデシレアなのだから」 

「ですが、料理の食べ方を色々考えられるのは料理長の実力ですよ。私は、サンドイッチにも合う、なんて言っていませんから」 

 確かに、牛かつという料理をこの世界で最初に作ったのはデシレアで、作り方を教えて欲しいという料理長に伝授したのもデシレアだが、それはただ単に、デシレア自身が前世好きだった牛かつを食べたくなっただけに他ならないので、あまり褒められると心苦しい。 

  

 それに、岡持おかもちだってラップだって。 

 

 思えば色々やらかしている、とデシレアはじっとオリヴェルのきれいな群青色の瞳を見た。 

 

 この目に秘密を持ち続けるなんて、無理! 

  

 そう、唐突に決意したデシレアだったけれど。 

「オリヴェル様。あの」 

「ん。ほら、デシレアも食べてみろ。それで、何か改良点があれば伝えてやってくれ」 

「わああ、いい匂い!ソースの匂いも相まって、凄くそそられますね」 

 オリヴェルが差し出した牛かつサンドの魅力の前に、その意識はあっさりと霧散した。 

 理性が欲望に敗北した瞬間である。 

「はうぅ・・・すごくおいしい。さくっとした衣も完璧だし、お肉もやわらかい」 

 そして最早、何の迷いもなくひと口でぱくっと食べたデシレアは、頬に手を当て満足の笑みを零した。 

「俺は、これが一番好きかもしれない」 

「なら今度、他のお肉でも作ってみましょうか。お魚で作ってもおいしいと思います」 

「それは楽しみだ」 

 自分も食べ、デシレアにも食べさせるオリヴェルはとても幸せそうで、そんなオリヴェルを見ているだけで、デシレアはもっと幸せな気持ちになれる。 

 

 なんだろう。 

 満たされたこの気持ち。 

 例えるなら、決してひとには懐かない野生動物が、心開いてくれたみたいな? 

 うーん。 

 でも、餌付けされているのは私の方のような。 

 

 思いつつ、またも口に入れてもらったサンドイッチをもぐもぐと咀嚼していたデシレアが、ふと視線を動かした先に見たのは、先ほどとは位置を変えて置かれた衝立。 

 ベッドへと延びていた分が収納されて、先ほどとは違う形状となってはいるけれど、鈴蘭の絵柄はきれいに見える。 

 

 あの衝立、私との婚姻に合わせて作ったって言っていたけど、本来は要らない物よね。 

 でも、契約だって知らない公爵閣下や公爵夫人の手前、不要だとは言えなかったんだろうな。 

 一度とは言え、出番があってよかった。 

 っていうか、ああして普通の衝立として置いておけばいいのでは? 

 

「あ、いちご好き」 

 考えながらもオリヴェルが食べさせてくれるものを口に入れ、咀嚼し、そのおいしさに微笑む。 

「いいな、これ。癖になりそうだ」 

 そんなデシレアに食事を養ってやりながら、オリヴェルは経験したことの無い満足感を得ていた。 

 

 
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