推しと契約婚約したら、とっても幸せになりました

夏笆(なつは)

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二十四、推しと過ごす休日 1

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「あのう、オリヴェル様。今日一日、ベッドでゆっくり過ごそう、とは?」 

 相変わらずの添い寝状態でデシレアが聞けば、オリヴェルが当然と笑った。 

「言葉通りの意味だ。デシレアは、丁度今日休日だろう?俺の方も、皆昨日の状況は分かっているからな。登城すれば、むしろ即刻帰されるだろう」 

 苦笑して言ったオリヴェルに、デシレアは目を見開く。 

「それは、皆様の前で薬を盛られ、あのような状況になったということですか?」 

「まあ、向こうとしては、俺を秘密裡に部屋へと連れ込みたかったのだろうが、証拠と共に皆の前で盛大に暴露してやった。とはいえ、不覚にも薬は飲まされてしまった訳だがな」 

「それでも、一矢報いて来るなんて、流石ですオリヴェル様」 

 あの状態で素晴らしい精神力だと絶賛するデシレアを、オリヴェルは眩しいものを見るように見つめる。 

「君はいつも、そう言ってくれるな」 

「だって、オリヴェル様は本当に凄いですから」 

 横になったまま、オリヴェルの目の前で拳を握って熱弁すれば、オリヴェルが困ったように眉を寄せた。 

「だが、間抜けにも薬を盛られて、昨夜はあの大失態だ。幻滅したんじゃないのか?」 

「いいえ、まったく。オリヴェル様をあんな目に遭わせた人間を、許せないとは思いますけど」 

「まあ、そこは父上が対応してくれている」 

「公爵閣下に危険はありませんか?」 

「それは問題無い。薬を盛った犯人はその場で確保したし、共犯者も容易に捕らえられた筈だ。何より、標的は俺だからな。今回の件は、俺を連れ込めなかったことで収束しているから、あれ以上の事は起こらない。まあ、世の中絶対はない、というのであれば話は別だがな」 

 後半は、半分冗談のように言ったオリヴェルの言葉に安堵しながらも、デシレアの怒りは静まらない。 

「あんな薬をオリヴェル様に盛るなんて。犯人の狙いは何だったのでしょう?しかも、部屋に連れ込む?そうして、オリヴェル様が苦しむ姿を見たかったとでも?何て悪趣味な」 

 ぷりぷり怒るデシレアに、オリヴェルが小首を傾げて呟く。 

「俺が苦しむ様子を見る?・・・そうか。分かっていないのか。未婚女性なのだから、これが普通か?いやしかし、あの女は」 

「オリヴェル様?何をぶつぶつ言っているのですか?」 

 そんなオリヴェルに、この距離でも聞こえないなんて、と今度はデシレアが首を傾げる。 

「いや。君はそのままでいてくれ」 

「む。また何か、莫迦にしていますか?」 

「何を言う。君を莫迦にしたことなど無いだろう」 

「そうでしたっけ?」 

「そうだとも・・・よっと」 

「わあ!」 

 胡乱な目を向けるデシレアにしれっと答え、オリヴェルはその身体を不意に抱き抱えると、ふたり一緒に起き上がった。 

「直に朝食が来るからな。流石に起き上がるくらいはした方がいいだろう」 

「朝食!?朝食もベッドで摂るのですか!?」 

「ああ。たまにはいいじゃないか」 

 言いつつ、オリヴェルはデシレアの肩まで布団を引き上げる。 

「着替えもしないのですか?」 

「もちろん。言っただろう。今日は一日ベッドで過ごす、と。今日は、怠惰に過ごすと決めた」 

「怠惰に」 

「そうとも。ああ、そうか。顔も洗わずに朝食など、と思っているのだな。大丈夫だ、俺もだから」 

「えええええ。何が大丈夫・・・」 

 侍女に手伝ってもらって、ベッドで顔を洗い口を漱ぐ。 

 貴族としてごく普通のことであるそれには、このオリヴェルの私邸に来て再び慣れたデシレアだが、それをオリヴェルの前で出来るかと言われれば、出来ないと即答できる。 

 それはもう。 

 寝間着のままベッドで朝食を摂るという行為が、普通に思えるほどには無理だと思う。 

「来たな。ほら、俺の蔭になるようにじっとしていろ。きちんと布団を被って」 

 しかし、そんな事は出来ないとデシレアが言うより早く扉を叩く音がして、オリヴェルがその背にデシレアを隠すように扉側へと向いた。 

「若旦那様、デシレア様。お湯をお持ちしました」 

 落ち着きあるノアの声と、複数の人の気配がして、暫く何かの物音が続く。 

 

 ん? 

 何の音? 

 何か、大きなものを設置するみたいな。 

 

 しかし、顔を洗い口を漱ぐ道具にそのような物があっただろうか、とデシレアがオリヴェルの背中に隠されたまま考えていると、オリヴェルがぽんとデシレアの肩を叩いた。 

「デシレアは、こちらだ」 

「わ!」 

 そうしてまたデシレアを抱え上げたオリヴェルは、器用にデシレアをベッドの端へと座らせる。 

「オリヴェル様、力持ち!・・・って、え!」 

 抱えられて移動させられる羞恥よりも、そのオリヴェルの筋力に感動したデシレアが見たのは、鈴蘭の絵が描かれたとても美しい仕様の衝立。 

 ベッドの脇に立てられたそれは、するすると延びてベッドを二分するような形になった。 

 結果、完成したのは半個室のような場所。 

 今、そこに居るのはデシレアとリナだけ。 

「凄い」 

「安心していいと言っただろう?」 

 衝立の向こうから、してやったりと言わぬばかりのオリヴェルの声が聞こえる。 

「こういう事だとは思いませんでした。実用的なうえに、とてもきれいですね」 

 

 鈴蘭というのが、何とも、だけれど。 

 

「この衝立は、その。デシレアとの婚姻に合わせて作らせた」 

 どうやら自分は鈴蘭と物凄く縁がある、とデシレアがリナに髪を整えてもらいながら思っていると、少し照れたようにオリヴェルが言った。 

「え!?では、この鈴蘭は」 

「ブロルも言っていただろう?俺が君のことを鈴蘭に例えた、と。だから、その。君と使うものだから、鈴蘭を描かせたのだが。嫌だったか?」 

「いいえ。私、鈴蘭好きなので」 

 言いながらデシレアは、大切に仕舞ってある自分の花石はないしを思い出す。 

 

 いいわよね。 

 オリヴェル様にあれを見せる日は来ないのだし。 

 

「そうか。俺も、鈴蘭は好ましいと思う」 

「オリヴェル様側には、何が描かれているのですか?」 

「俺の方も、鈴蘭だ。しかしこうして衝立越しに君の声を聞いていると、まるで鈴蘭の精の君と話ししているよう・・いや、何を言っているんだ俺は」 

「オリヴェル様?よく聞こえません」 

 途中から不明瞭になって、理解できなかった言葉を聞こうとすれば、何故かオリヴェルがわざとらしいと思える咳払いをした。 

「ああ、いや何だ・・・そ、そもそもこの衝立は、父上が考案したものなんだ。父上はなるべく母上と一緒に居たい、母上は、身だしなみくらい、父上に見られずきちんと整えたい。まあ、あのふたりは基本、ずっと同じ部屋で生活しているからな」 

「公爵閣下は、愛妻家なのですね」 

 自分の望みも譲らないけれど、相手の望みも叶えるのは素敵だとデシレアが言えば、オリヴェルが苦笑した。 

「かなり重めだがな」 

「何をおっしゃいますか。一途。いいではないですか」 

「・・・・・そうか」 

 うっとりと言ったデシレアに返った言葉は、かなり間があいていたけれど、男のひとってこんな感じよね、とデシレアは生家の弟を思い出す。 

 

 あの子も、仲のいいお父様とお母様のこと、生温かい目で見るようになって。 

 成長したってことだって、それを喜んでいるお父様も凄いけど。 

 

 生家の家族をデシレアが懐かしく思い出していると、衝立の向こうから呟くようなオリヴェルの声が聞こえた。 

「どうやら俺も、父上と同じ、か」 

 

 オリヴェル様も、一途だものね。 

 聖女様にお会いしたいんだろうな。  

 ああ、でも王子殿下と仲睦まじい所は見たくないか。 

 

 複雑だろうオリヴェルの心情を思って、デシレアも心のなか、小さくため息を吐いた。 

 

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