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二十三、推しの寝顔と至福

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「オリヴェル様。眼鏡を外しても凛々しい、のに何か可愛い」 

 群青に輝く怜悧な瞳が閉じているからなのか、寝顔は少し幼く見える、とデシレアは月の光に照らされたオリヴェルを見つめる。 

 その見かけよりずっと厚い胸は規則正しく穏やかに上下し、口元にはやわらかな笑みさえ浮かんでいる。 

 先ほどまでの苦悶が欠片も見られないその様子に、デシレアは心からの安堵を覚えた。 

「青銀の騎士様」 

 月の光を纏うオリヴェルは正にそう呼ぶに相応しい存在だ、神々しくさえ見える、とデシレアは脳内で絶賛する。 

「それでいて、あたたかい」 

 今もしっかりと握られた手から、隣り合う身体から感じるぬくもり。 

 そしてそれ以上、オリヴェルの心はあたたかいとデシレアは思う。 

 契約だと言いながらデシレアを尊重し、大切にしてくれるオリヴェル。 

 その心には、聖女エメリが居ると分かってはいるけれど。 

「今以上なんて望まないので。ずっとお傍にいさせてください」 

 想いを込め、デシレアは、オリヴェルを照らす月の光がやがて淡い陽の光に変わっても、その寝顔をじっと見つめ続けていた。 

 

 あ! 

 天蓋! 

 閉めていなかった! 

 

 気づいたのは、既にすっかり陽が昇る頃。 

 いつもより妙に明るいと思ったデシレアは、その時になって漸く周りを見、その事実に気づいてひとり焦った。 

  

 で、でもお蔭で月明かりに浮かぶオリヴェル様の麗しい寝顔を堪能できたし、朝陽に照らし出されるオリヴェル様という尊い姿も拝み倒せたから、後悔は無い。 

 それに、オリヴェル様の眠りは妨げなかったからいい、のかな? 

 それとも、今からでも閉める?・・・って言っても、オリヴェル様の手を離すと起きてしまいそうだし。 

 え、どうしよう。 

 どうするのが正解? 

 

「デシレア・・・」 

 ひとり混乱しながらも『ともかくオリヴェル様を起こさない事を第一に』と考えたデシレアは、オリヴェルに余計な刺激を与えないよう、身体はじっとベッドに横になったまま頭だけを動かして、片側に寄せたままの天蓋を見たり、カーテンの引かれた窓を見たりしてしたところ、やわかな声で呼びかけられて勢いよく振り向き、目を開いているオリヴェルを至近距離で見る事になって固まった。 

 

 ご、御尊顔が間近に! 

 

「デシレア?」 

 そんなデシレアを、オリヴェルが不思議そうな目で見る。 

「おっオリヴェル様!お加減はっ・・いっ、いかがですか!?」 

 目の前にいるオリヴェルの美しさ、しかも並んでベッドに横になった状態という、普通では有り得ない状況に大混乱し、挙動不審となりつつもデシレアは何とか言い切った。 

 

 ね、寝顔はあんなに堪能しても平気だったのに! 

 目を開けているだけで、この破壊力! 

 羞恥心が止まらない! 

 

「ああ。大丈夫だ。もう、何処も何ともない」 

 そして目をやわらかに細めるオリヴェルに撃ち抜かれ、魂が抜けたように見惚れたデシレアは、夢現ゆめうつつの状態で、繋いだままの手をそっと持ち上げられるのを感じた。 

「デシレア。本当にありがとう。君と出会えたことすべてに、感謝を」 

「っっっ!」 

 そして言葉と共に手の甲にくちづけられ、デシレアは完全に機能を停止した。 

 自分のなかでぷすぷすと音がしている、これは駄目な音、とどこか遠くの意識で感じる。 

 

 もう無理。 

 私は廃車となりました。 

 

 考えることは意味不明。 

 それでも、オリヴェルから目を離せない。 

「デシレア。君の髪は、触り心地がいいな」 

 オリヴェルは、そんなデシレアの髪を優しく撫で、やわらかに微笑んでいる。 

 優しい光の差し込む部屋で、デシレアの髪を優しく撫でるオリヴェル。 

 しかも、その笑顔は極上。 

 まるで現実とは思えない状況に固まり続けるデシレアを現実に戻したのは、扉を控えめに叩く音だった。 

「若旦那様、デシレア様。起きていらっしゃいますでしょうか」 

「ああ。入っていいぞ」 

 扉の向こうからしたノアの声、そしてそれに対するオリヴェルの答えにデシレアは慌てて起きあがろうとして、オリヴェルにその動きを止められた。 

「オリヴェル様?」

「『オリヴェル様?』じゃないだろう。寝乱れた姿を、ノアに見られるつもりか?」 

「あ・・・ですが」 

 言われればその通りだが、だがしかし。 

 

 こうしてオリヴェル様に添い寝している姿を見られるより、ましなのでは!? 

 見たくもないものを見せられるノアは、可哀そうだけれども! 

 

 と思い、やはりと動こうとしたデシレアを、オリヴェルはあろうことか抱き込んだ。 

 ご丁寧に、デシレアには布団もすっぽりと被せてしまう。 

「こうすれば、見えない。妙案だろう」 

 

 みっ、見えないかもしれませんが、私の心臓も破裂しそうです! 

 

 何故か得意げに言うオリヴェルに心のなかで叫んだデシレアは、現実ではせめて叫ばないよう、オリヴェルの胸に突いた自分の手の甲に唇を押し当てようとして、つい先ほどそこにオリヴェルの唇が触れたことを思い出し、更なる恐慌状態に陥った。 

 

 オリヴェル様の破壊力、凄まじき! 

 さっきからの連続攻撃、怒涛の幸運で私の心臓ばっくばく。 

 これほどの幸運が雪崩のように押し寄せるとか、私、今日死ぬのかな!? 

 

 オリヴェルの胸に額を押し当てられたまま、布団の中で大混乱しているデシレアは、絶え間なく聞こえる、オリヴェルのものだか自分のものだか判別不能な心音が響くのを、耳だけでなく身体でも感じる。 

 

 心臓が、すっごくどくどく言ってる。 

 血液が流れる、ざあざあっていう音も・・・ってことは、私の心音! 

 じゃあ、オリヴェル様のは? 

 

 オリヴェルの心音が聞きたい、という一念に駆られたデシレアは、それまでの羞恥も忘れ、根性で己の心臓を静かにさせると耳を澄ませた。 

 

 とくとくとく・・・凄い。 

 オリヴェル様らしい、落ち着いた音。 

 良かった。 

 本当にもう、大丈夫なのね。 

 

 そのことに心底安堵して、デシレアはほっと息を吐く。 

「おはようございます。若旦那様、デシレア様」 

「ああ、おはよう。ノアにも迷惑をかけたな」 

「迷惑など。回復されて、本当にようございました」 

  その時、同じように安堵を滲ませたノアの声がして、デシレアは布団の中で大きく頷いた。 

 

 ああ。 

 ノアも安心したでしょうね。 

  

 流石にこの状態で顔を覗かせる勇気は無いので、後できちんと自分からも礼を言おうと決め、デシレアはじっとオリヴェルの心音を聞く。 

 

 とくとくとく。 

 すきすきすき・・・なんてね。 

 うううっ。 

 はずかしっ。 

 

 自分で考えて恥ずかしくなったデシレアは、熱くなった頬を冷ますことに集中する。 

「ノア。王城に居る父上に、薬は完全に抜けたと連絡を。それと、今日はふたりここでゆっくり過ごす」 

「では、お食事などこちらに運びます」 

「頼んだ」 

 だから、知らなかったのである。 

 自分の事に必死だったデシレアは、オリヴェルとノアの会話が耳に入っていなかった。 

 故に。 

「え?オリヴェル様、今なんと?」 

「今日は一日、ベッドでゆっくり過ごそうと言っただろう?なのに何故、起きようとする」 

 ノアが退室してから、ごそごそと起き上がって朝の支度をしようとしたデシレアにかけられたオリヴェルの言葉。 

 その意味を理解した瞬間、デシレアが固まってしまったのも無理は無い。 

  

 

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