推しと契約婚約したら、とっても幸せになりました

夏笆(なつは)

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十五、婚約披露

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 と、とりあえず、今日すべきことは大体終わった、わよね? 

 

 婚約披露当日、デシレアは漸くひとりになったご不浄にて、怒涛のように過ぎ去った今日という日のここまでを振り返る。 

 

 衆目のなかでの婚約宣言?とそれに伴う皆様へのご挨拶は、オリヴェル様とメシュヴィツ公爵閣下がしてくださったし、ダンスも熟した。 

 後は、会場をそれとなく回って皆さんと会話する、と。 

 

 あはは、おほほと繰り返されるのだろうこれからの行動予定を思うと気が滅入りそうになるが、これもお役目と割り切って気合を入れ直し、デシレアは会場へ戻るべく廊下を歩く。 

「ねえ。信じられませんわよね、あの貧乏伯爵家の娘だなんて」 

「本当に。栄誉あるメシュヴィツ公爵家の汚点ですわ」 

「どんな手を使ったのでしょう。まさか、色仕掛けで迫ったとか?」 

「まあ、お下品な」 

 

 色仕掛けなんて、とんでもない。 

 どんな手も何も、その貧乏だ、というのが決め手でしてよ。 

 というか、私如きの色仕掛けやら何やらに、オリヴェル様がかかると思う方が失礼というもの。 

 

 デシレアが歩いているのを見極め、聞こえよがしに話す令嬢達に内心で答えつつも、そちらへ目を向けることはしない。 

『いちいち相手にしていては、きりがありませんからね。直接声を掛けられるまで、視線も合わせなくていいわ』 

 そう嫣然と言い切ったメシュヴィツ公爵夫人の凛とした姿を思い浮かべ、少しでもそれに倣おう、近づけるようにしようと、デシレアも背筋を伸ばし、視線を落とすことなく歩いて行く。 

「そういえばご覧になりました?貧乏娘が身に着けていた、あの宝石の数々」 

「メシュヴィツ公子息様が、ご自分色の宝石を身に着けるのをお許しになるなんて、ショックですわ」 

「そんなの、あの女が勝手にしているに決まっています。それより、あの大きさと輝き。素晴らしさにため息しました。あの女には不釣り合いな綺麗さですわ」 

「あのネックレスに付いている石の数々。それぞれが、かなりの価値の物ですわよ」 

「耳飾りのデザインも凝っていて。恐らくは一点物でしょうから、相当のお値段かと」 

「もしかしたら、婚約破棄した際の慰謝料も兼ねているのかもしれませんわね」 

「まあ、きっとそうですわ!それを売って何とかしなさい、ということですわね」 

 声を掛けられるまでは放置でいい、との義母となるメシュヴィツ公爵夫人の教え通り、令嬢達には目もくれず歩いていたデシレアだが、その話の内容にぴたりと足を止めた。 

「売るなどとんでもありません。この子達の何よりの価値は、オリヴェル様がわたくしに、ご自分色の宝石を贈ってくださった、ということです。誰であろうとお譲りするつもりはございませんわ。例え、草の根むことになろうとも、売りはしません」 

「・・・草の根」 

「贈ってくださった・・・価値?」 

「宝石の価値ではなく?」 

 扇を振り回しながら嘲笑うことでデシレアを振り向かせることに成功した、さあ、これから嫌味のオンパレードを、と待ち構えていた令嬢達は、それだけ言い切ると、きれいな一礼を残して立ち去って行くデシレアを、ぽかんと見送ることしか出来なかった。 

 無意識に、扇を振る手も止まっていることにも気づけない。  

 それほどの混乱。 

 

 まあ、なんというか。 

 価値観が違い過ぎたのである。 

 

 

 まったく、この子達を私が手放すわけないじゃない。 

 オリヴェル様がくれた、オリヴェル様の瞳の分身みたいなものなのに。 

 ああ。 

 でも何より尊いのは、直接見ることの出来る、あの瞳よね。 

 

 二次元ではない、真実この世界を生きるオリヴェルの瞳。 

 あの瞳に自分が映るなど、これ以上の幸せは無い、そしてもちろん、この分身ちゃんたちも大切にする、とデシレアは至福の思いで会場へ足を踏み入れ。 

「オリヴェル様に相応しいのはわたくしよ!それ、寄越しなさい!」 

 突如、オレンジ色に襲い掛かられた。 

「っ!」 

 咄嗟に身を引くも、踵の高い靴に足首が捩れ、痛みが奔る。 

「無様ね」 

 デシレアが僅かに怯んだその隙に、オレンジ色の何か、と思われた令嬢がにやりと笑い、耳飾りを奪い取ろうと手を伸ばし触れた、その瞬間。 

「いたいっ!!」 

 オレンジ色の令嬢は叫びをあげて手を引き、その手を抱き締めるように蹲った。 

 それと同時、凄まじい警報と共に、会場となっているホール全体が赤く明滅しはじめる。 

《緊急事態。デシレアに不審者接近。緊急事態。デシレアに不審者接近》 

 

 え? 

 なにごと? 

 というか、耳飾りは無事? 

 確認したいけど、耳元だから自分じゃ見えないし。 

 それに、捻った足が痛い。 

  

 足はともかく、何とか耳飾りの無事を確認できないか、とデシレアは目を最大寄らせてみるも、耳飾りの全貌は見えない。 

 ならばと耳に神経を集中するも、こちらもはっきりしたことは分からない。 

 赤い明滅と警報が続くなか、何が起こっているのか不安でもあり、思わずきょろきょろしたい思いを堪えて、デシレアは正面に居るオレンジ色の令嬢を見た。 

 

 この方は確か、エンマ・ローン侯爵令嬢。 

 お父上は魔法大臣をしていらっしゃるけれど実力は無く、家柄にものをいわせて大臣の地位を奪い取ったと有名な方。 

 

『あの男ほど、屑と言うに相応しい存在を見たことは無いわ』 

 ふたりきりのお茶会の席で、忌々しそうに言っていたメシュヴィツ公爵夫人をデシレアが思い出した、その時。 

「デシレア。無事ね?」 

 すぐ傍でした静かな声に驚き振り向けば、いつのまにかメシュヴィツ公爵夫人その人が立っていた。 

 頼りになるひとの登場に、デシレアは、ほっと息を吐く。 

「それが、耳なので自分では確認が出来なくて。耳飾りに異常がないか、見ていただけますか?」 

 すぐに手は離されたとは言え、無理な力がかかってしまったのでは、と不安がるデシレアに一瞬目を見開いた公爵夫人は、安心させるように微笑むと、そっとデシレアの頬に触れた。 

「大丈夫。何も心配することは無いわ。デシレアは?痛いところなどない?」 

「良かった。はい。私は、少し足を捻ってしまったくらいで、大丈夫です」 

「それは大丈夫と言わないのよ。まったくもう」 

 少し呆れたように言うメシュヴィツ公爵夫人に、すみませんと謝るも、この場ではどうしようも無い。 

「辛かったら片足に体重を掛けて。少しの間、我慢していてね」 

 そう囁いて、励ますようにデシレアの肩を優しく叩くと、公爵夫人はオレンジ色の令嬢へと向き直った。 

 そのオレンジ色の令嬢の傍には、いつのまにか父親らしき人物が付き添って公爵夫人を睨みつけているものの、夫人は動じる様子も無い。 

「なんだ、この騒音は!客に不快な思いをさせるなど、公爵家が聞いて呆れる!」 

「これはこれは、ローン侯爵。騒音などと、侯爵もお人が悪いですわ。これが警報で、最近わたくし共が開発した魔法による警備が作動したのだと、知っていらっしゃるでしょうに。あら?ご存じですわよね?まずは我が家で設置してみるように、と陛下より直々にご下命いただいた、あの装置ですわ」 

「・・・・・」 

「どうやら我が公爵家の嫁に不審者が接近したようで、早速その性能を発揮した、というところでしょうか。陛下もお喜びになられますわね」 

 ほほ、と優雅に微笑み言った公爵夫人に、ローン侯爵が怪訝な顔で何か言い返すより早く、エンマが口を開く。 

「なっ。不審者だなんて酷いです。わたくしはただ、その耳飾りを貰おうとしただけです!だって、わたくしの方が断然似合うもの。当然のことでしょう?メシュヴィツ公爵夫人」 

 にっこりと笑って言う令嬢は真実そう信じて疑っていない様子で、周囲の目が呆れたように見開かれる。 

 そして公爵夫人の合図で、警報と赤い明滅が止まる。 

「貰う?相手の了承も無く?」 

「くださる、って言ったわ?ね?」 

 静かになったホールに響く甘え声。 

 オレンジ色の令嬢に微笑まれ、デシレアも微笑みを浮かべた。 

「いいえ。いきなり襲いかかられました」 

 穏やかに微笑んだまま言ったデシレアに、エンマは真っ赤になった。 

「何よ!貧乏伯爵家の分際で!オリヴェル様もその宝石も、相応しいのは貴女じゃない!わたくしよ!わたくしに相応しい物を手にしようとして、何が悪いというの!当たり前のことじゃない!いいから渡しなさいよ!」 

 そう言って再びデシレアに掴みかかろうとしたエンマは、しかし直前でその手を止め、父親が持つグラスを乱暴に奪い取るとデシレアへと投げつけた。 

 自分に掴みかかるのを思い留まったエンマに、相当痛かったのね、私に触れないようにするなんて、結構学習能力があるのね、などと呑気に考えていたデシレアは、自分の顔へと飛んで来るグラスを見て、咄嗟に目を閉じ防御壁を張る。 

 

 ああでも! 

 私の魔力では、床が大惨事に! 

 

 防御壁でドレスと装飾品は守れても、床に落ち、飛び跳ねるだろうワインやグラスはどうしようもない。 

 デシレアは目を瞑ったまま、ワインが床に零れ、グラスが割れる破壊音が聞こえる未来を覚悟した。 

 

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