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十二、推しと外出

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「折角のお休みの日にすみません」 

 街を並んで歩きながら、眉を下げて言うデシレアに、オリヴェルが気遣うような目を向けた。 

「気にしなくていい。それより、君の方を休ませることになって悪かったな」 

「あ、それは大丈夫です。そもそも私の問題ですし、詳細をお話ししたら、きちんと取り分を決めて、一日も早く商品化するように言われましたから」 

 その時のアストリッドのきらきらとした目を思い出し、デシレアは苦笑した。 

「そうか。ニーグレン公爵令嬢は、かなりの遣りてだな」 

 感心したように言うオリヴェルに頷き、デシレアは隣のオリヴェルを眩しく見あげる。 

 今日は、オリヴェルの公休日。 

 デシレアがオリヴェルに岡持おかもちの話をしてすぐ、ブロルと日程の調整をしたオリヴェルから『どうしても君の休日とは重ならない』と困ったように言われたデシレアはアストリッドに相談し、即座にこちらを優先するよう言われた。 

『いいこと?きちんと自分の権利を守りつつ、わたくしもそれを利用できるようにするのよ?』 

 くれぐれも、と言われたことをオリヴェルに話せば、そのための話し合いだと言われたものの、説明された内容がやはりよく理解できなかったデシレアは、今回の当事者であるにも関わらず、一番遠くに居るような気さえしている。 

岡持おかもちを商品化なんて、考えてもみませんでした」 

「そのようだな」 

 遠い目になったデシレアを見、その狼狽えようを見れば分かる、とオリヴェルは楽しそうに笑った。 

「オリヴェル様って、ひとで遊ぶの好きですよね」 

 ぶすっとしてデシレアが言えば、オリヴェルもふと考える顔になる。 

「いや、そんな趣味は無かったんだが。デシレアが面白過ぎるからだろう」 

「なっ。普通ですよ」 

「少なくとも、俺の周りには居なかったな」 

 言葉だけ聞けばロマンスの予感もあるような響きだが、実際、オリヴェルの目の奥にあるのは隠し切れない笑いである。 

 それは、愛おしむような、だとか、優しい、などと形容の付く笑みではない。 

 本当におかしいのを楽しんでいるのが明確なそれを、デシレアは、不満いっぱいの細目になって見返してしまった。 

「ひとを珍獣みたいに」 

「ああ。似たような感覚かもしれない」 

 冗談のつもりで言えば、オリヴェル自身も深く納得したと言わぬばかりの真顔で答えられて、デシレアが言葉を失っているうち、ふたりは〈ブロルの工房〉へと着いた。 

 

 

 

「いらっしゃい。オリヴェル久しぶり、ってほどでもないか」 

「ああ。今回は、デシレアが世話になった」 

 ブロルとオリヴェル、工房に入るなり交わされたふたりの親し気な挨拶を、オリヴェルの半歩後ろで聞いていたデシレアは。 

 

 ふにゃあ! 

 推しが私の名前を呼んでくれるのには大分慣れて来たけど、こういうのはなんかこう、ぐっとくる! 

 

 という内心の動揺を押し隠しながら、オリヴェルに促されブロルに挨拶をする。 

「フォシュマン様。本日はお忙しいなか、お時間を頂戴しまして」 

「デシレアさん。そんな言葉遣いは不要です。僕のことも、前のようにブロルと呼んでください。僕も、デシレアさん、と呼んでいるわけですし」 

 ブロルが伯爵家の子息だと判明した以上、きちんとした貴族令嬢として挨拶しようとしたデシレアの言葉を遮り、ブロルが穏やかな笑みを浮かべた。 

「ですが」 

「ブロルがそれでいいというのだから、問題無いだろう。他に人目があるわけで無し」 

 オリヴェルにも言われ、デシレアは促されるままに工房の奥へと進む。 

「その様子だと聞いたようですね。僕とオリヴェルが友人だなんて、驚きましたか?」 

「はい」 

 

 それよりも、裕福な伯爵家の方が街で工房している方がもっと驚きましたが! 

 

 とは言葉にせず、デシレアはこくりと頷いた。 

「すみません。言ってしまおうかとも思ったのですが、オリヴェルから聞いた方がいいと思いまして」 

 困ったように眉を寄せて言われ、デシレアは心から大丈夫だと首を横に振る。 

「大丈夫です。驚きはしましたが、それだけですので。それより、知らなかったとはいえわたくしの方こそ」 

「デシレアさん?」 

 にこりとした笑顔で圧を加えられ、デシレアは硬直した。 

「ブロル。笑顔で脅しをかけるな」 

「脅しなんてかけていないさ。ただ、前と同じように話しして欲しいとお願いをしているだけで・・・ね、デシレアさん」 

「ブロルさん、怖いです」 

 目だけ笑っていない笑顔で言われ、デシレアは思わず呟いた。 

 

 

 

「お互いの取り分はそれでいいとして。申請する際のしるしが必要だな」 

「鈴蘭でいいんじゃないか?デシレアさんは、お前の鈴蘭の君なわけだし」 

「はへ?」 

 当事者であるにも関わらず、繰り広げられる難しい話に予想通り付いていけなかったデシレアが、せめて意識が飛ばないよう紅茶の水面を一心に見つめていると、突然有り得ない内容の言葉が聞こえ、余りの驚きに声をあげてしまった。 

「間抜け面に間抜けな声。まったく君は」 

 オリヴェルは呆れたように言い、眼鏡の細い縁をくいと持ち上げる。 

「照れるなよ、オリヴェル」 

 デシレアから見れば、まったく照れたようになど見えないオリヴェルだが、ブロルから見れば違うらしい。 

 にやにやと笑いながら言うブロルに肘鉄をかますも避けられるオリヴェル、という珍しいものを見るように見ていたデシレアに、ブロルは満面の笑みを浮かべた。 

「僕に、デシレアさんとの婚約の話をしたとき、オリヴェルが言ったんですよ。『例えるなら鈴蘭』って」 

「あれは!お前が、相手はどんなひとだ、と聞いたからだろう!」 

「だから、デシレアさんはオリヴェルの鈴蘭の君で間違いないってことじゃないか。ということでデシレアさん。岡持の印、っていうかデシレアさんの印は、鈴蘭でいいですか?」 

「私の印、ですか?」 

 そこから分からないデシレアが首を傾げれば、ブロルが頷く。 

「ええ、そうです。その印があることが本物である証明になるので、必須ですよ」 

「本物である証明」 

「あれは、紛うこと無き新製品だからな。それと、暫くはブロルしか作れないよう申請しようと思っているのだが、問題無いか?」 

 言われ、デシレアは益々首を傾げた。 

「その言い方だと、他の方が勝手に作りたがるように聞こえますが」 

 模造品を作られないための措置をとる、と言っているようだとデシレアが言えばオリヴェルが深く頷く。 

「そう言っている。あれは便利なものだからな。欲しがる者は多いだろう」 

「僕もそう思う。デシレアさんの着眼点は面白いね」 

 言われ、デシレアは首を捻った。 

「着眼点と言っても。私はただ、オリヴェル様に色々なお料理を運びたいだけで」 

  

 それなのに、なんでこんな大事に? 

 というか、そんな予防措置要らない気がするけど。 

 

 思うデシレアに、ブロルが優しい目を向けた。 

「オリヴェルのこと、本当に大切に想ってくれているんですね。友人として嬉しいです」 

 それにデシレアが何か返すより早く、オリヴェルがブロルを遮るように身を乗り出す。 

「ああ、それよりだなブロル。俺も注文したい」 

「え?オリヴェル様が?」 

 まさか邸で使うつもりなのか、と怪訝な顔になったデシレアにオリヴェルがにやりと笑った。 

「ああ。君の話を聞いていて、真似をしてみようと思った。事後承諾でも、その許可も取るべきか?言われてみれば、他の奴らも同じ事を考えるのは必至だな。それどころか、そこに特化した新しい事業を始める奴も出るかも知れない」 

「オリヴェル様?あの。お話の意味がよくわからないのですが」 

 オリヴェルが言おうとしていることが分からず問えば、横からブロルが口を挟んだ。 

「オリヴェルは、レストランの経営もしているんですよ。知りませんでしたか?」 

「えっ」 

 驚き目を見開いたデシレアに、オリヴェルは納得したように幾度か軽く頷く。 

「そうか。言っていなかったか」 

「聞いていません!・・・っていうか、それで私の真似とは?」 

 しかしそれが一体、今どう関係があってどうつながるんですか?と言うデシレアの額を、オリヴェルがぴんと指で弾く。 

「鈍い。食事を運ぶ、というあれだ。岡持があれば、レストランから運ぶことも可能だろう?ああ、安心しろ。岡持はきちんと登録するし、本物の証としてブロルが作成するすべての岡持に鈴蘭の印は彫り込むことになるが、鈴蘭の絵を模様として使えるのは君だけの特権とするから」 

 

 レストランから、食事を運ぶ。 

 おお、それぞまさしくデリバリー! 

 

 ときめき、目を輝かせれば何故かブロルが眩しそうにデシレアを見た。 

「デシレアさんは、本当にオリヴェルが好きなんですね。オリヴェルの言葉にそんなに喜んで。僕も絶対、他のひとの岡持に鈴蘭は描かないから安心してください」 

 そして、オリヴェルを頼みますね、などとにこやかに言われデシレアは固まるしかない。 

 

 た、確かにオリヴェル様の言葉に感動したけれども! 

 

 しかしそれはブロルが言った方ではない、とは言えず、デシレアは頬が引きつりそうになりながら、何とか微笑みの形にした。 

 

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