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九、推しと共有の使役魔

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「では、そろそろお暇しますね・・・あら?お見送りしてくれるの?」 

 空になった籠を持ちデシレアがそう言った時、それまでじっと部屋の片隅に居た小鳥もどきが、ぱたぱたと飛んで来た・・・と思ったら、籠を持つデシレアの指を、がじっと噛んだ。 

「つっ」 

「デシレア様!」 

 鋭い痛みにデシレアが顔を歪め、デシレアから籠を受け取ろうとしていたリナは、慌てて診ようとしたその患部を、小鳥もどきが舐めるのを見てぎょっとした。 

「こ、小鳥もどきさん!?」 

 それはデシレアも同じで、思わず素っ頓狂な声を出してしまう。 

「吾は小鳥もどきではない!耳長鳥みみながどりだ!」 

 しかし次の瞬間、目の前でそう叫ばれて絶句した。 

 

 え? 

 今しゃべったのって、小鳥もどきさん? 

 いや、まさか・・・ね? 

 

 混乱したままデシレアは、小鳥もどき、もとい、本人?曰くの耳長鳥を見つめてしまう。 

「どうした鈍ちん鈍くさ女。吾が話すのを聞いて、畏れ慄いたか」 

 ふふん、と小さな胸を張り言うのは、確かに小鳥もどき改め耳長鳥。 

 けれど普通の小鳥と違い、長い耳がその丸っこい頭の天辺に付いているとはいえ、やはり小鳥に一番近い姿の、その嘴から声が発せられるなど、デシレアには不思議で仕方が無い。 

「それは、俺が創り出した使役魔だ」 

 何故か面白そうに、デシレアと耳長鳥を見ているオリヴェルが、そう口を挟んだ。 

「ああ、なるほど。オリヴェル様の使役魔さん。だから、お話し出来るのね。でも『はーはっはっ』っていう鳴き声も可愛かったわよ。どちらも使えるの?」 

 納得した、とデシレアが言い、そして新たに不思議が出来たと問えば、耳長鳥が、ふんっ、と嘴を上に向けた。 

「そういうことだ。しかし、おぬし本当に何も知らぬのだな。吾は、ずっと話すことが出来た。だが、吾が契約を結ぶに値する相手かどうか、見極めておったのじゃ。契約もせず、話せることを知られれば何をされるか分からぬからの。つまり、おぬしは合格した、ということだな。これで、いつでも吾の声を聞けるぞ」 

 ふんぞり返って言う耳長鳥を、かわいいとデシレアが見つめる。 

「つまり、契約したから話せる、ということね?」 

「そうじゃ」 

 どうだ、嬉しかろうと言われ、けれどデシレアは首を傾げる。 

「確かに嬉しいけど、ここにはモルバリ様とリナもいるわよ?それはいいの?」 

 オリヴェルは生み出した主なのだから別としても、モルバリとリナの前でしゃべってもいいのだろうか、ふたりとも既に契約しているのだろうか、とデシレアはふたりを交互に見るも、同時に首を横に振られ、再び耳長鳥を見た。 

「う、うるさい!細かいことを気にするでない。とにかくおぬしは鈍くさいの極み、鈍ちん鈍くさ女だからな。吾が面倒みてやる」 

「でも、オリヴェル様の使役魔なのよね?私の面倒を見てくれて、大丈夫なの?」 

「吾を生み出したのはその男だからな。縁を切ることは出来ないが、その男が認めているのだ。問題無い」 

 そうなのだろうか、とデシレアがオリヴェルを見れば、確かな頷きが返った。 

「元々、君との連絡用に新たに創り出したのだから、傍に置くといい」 

 そう言われ、物語のなかでの使役魔は確かに違うものだった、とデシレアは思い出す。 

 

 オリヴェル様が、私との連絡用に新たに・・・! 

 可愛いし、嬉しい! 

 

「わざわざ、ありがとうございます」 

 内心では飛び跳ねて喜んでいるデシレアだが、そのような事はおくびにも出さず、表面では淑やかに微笑みそう言った。 

「そんなに大仰なものではない。魔石を核にしているだけだからな。魔石を扱うことが出来れば造作ない。しかし、喜んでくれたのならよか・・・何をしているんだ?」 

 少し照れたように言うオリヴェルの、言葉途中で耳長鳥の羽をいじり出したデシレアに、オリヴェルが不思議そうに問うた。 

「いえ、核、というものが何処にあるのかと思いまして。見た目は、その。普通の生物と変わりないので」 

 言えば、耳長鳥がぎょっとしたように身を捩ってデシレアの手から逃れる。 

「ええい!莫迦者!そのような、簡単に見える所にあるわけないだろうが!」 

「ええ?翼の下なのですから、すぐには見えないではありませんか。だから、この辺りに埋まっているのかと」 

 逃げられ、それでも心残り満載でデシレアが耳長鳥を見た。 

「ならば、おぬしの心臓はその髪の根本にでも埋まっているのか?違うであろう」 

「あ、なるほど」 

 つまり、核は身体の内部にあるのだと理解し、ぽんと手を叩くデシレアの頭を、耳長鳥がぱしぱしと羽で叩く。 

「おぬし、本当に愚鈍だな」 

「だが、契約したのだろう?それは、彼女を認めている、気に入った、ということではないか」 

 重厚な執務机に片肘を突き、その手に顎を乗せて、デシレアと耳長鳥の遣り取りを楽しそうに見ていたオリヴェルが、そう言って眼鏡の細い縁をくいと持ち上げた。 

  

 わあ。 

 あのオリヴェル様の姿絵も欲しい。 

 

 耳長鳥からオリヴェルへと視線を移したデシレアが、またも瞳にしっかりと焼き付けている傍で、耳長鳥が焦ったように羽をばたつかせる。 

「そ、それは・・・っ。余りに危なっかしいので、吾が面倒みてやる、ということだと言うているではないか!・・・ああ、もう!いいから感謝しろよ!?」 

 オリヴェルに慌てて言い訳し、デシレアに向かっては、ふんっ、とわざとらしく思い切り顔を背ける耳長鳥の頭を、デシレアはそっと指で撫でた。 

「ふふ。ありがとうございます」 

「まあ、仲良くしろ。それでだなデシレア。それの名を考えてやってほしい」 

 オリヴェルに言われ、デシレアは首を傾げた。 

「私が?オリヴェル様が既に名付けられているのではないのですか?」 

「正式には、俺の使役魔を君も共に契約する形だからな。名付けは君がした方がいい」 

「わかりました」 

 そういうことならば、とデシレアは耳長鳥の白く丸い身体を見つめる。 

「良き名をくれよ?」 

 耳長鳥は尊大に胸を張りながらも、デシレアを期待に満ちた目で見返す。 

 

 え、どうしよう。 

 こんな、凄く期待されてしまうと・・・! 

 

 名付けに自信の無いデシレアが戸惑っていると、オリヴェルが楽しそうに口の端をあげた。 

「そう難しく考えることはない。実を言えば、それがデシレアに名付けられることを望んでいるのだ。どんなものでも喜ぶ」 

「吾は、別に!」 

「なら、俺が付けてやろうか?」 

 オリヴェルの言葉に耳長鳥が叫べば、オリヴェルは意地の悪い笑みを浮かべる。 

「そ、それは・・・!おい、鈍くさ鈍ちんの極み!さっさと名付けろ!」 

 耳長鳥はデシレアの肩に乗り、急かすようにぱしぱしとその頬を羽で叩く。 

「本当に何でもいいぞ。<錆びたストーブ>でも<切れないナイフ>でも」 

「斬新ですね」 

 オリヴェルの案にデシレアが真剣に頷けば、耳長鳥がとんでもないと首を大きく横に振った。 

「そんなわけあるか!普通に付けろ、普通に!」 

 耳長鳥の叫びのなか、デシレアはゆっくりと指を唇に当てる。 

「かるかん」 

 白く丸い身体。 

 それを見ていてデシレアが思い出したのは、とある郷土菓子。 

「デシレア。それは、どういう意味だ?」 

 初めて聞く言葉に、オリヴェルが不思議そうな顔でデシレアに問うた。 

「あ、はい。お菓子の名ですが、誰も知らないかと」 

「誰も知らない菓子?ああ、君が考えた新しい菓子か。面白い響きだな。いつ売り出すんだ?」 

「いえ、あの」 

「かるかん!吾が名はかるかん!佳き名だ!気に入ったぞ!」 

 かるかんを売り出す予定は無い、とデシレアが言う前に耳長鳥が嬉しそうに踊り出し、歌うように、かるかんかるかんと言い続けるので、デシレアはそれ以上何も言えなくなる。 

「不安なら、売れる商品かどうか、俺が審査してやってもいい」 

「はは・・・その時は、お願いします」 

 そして、何故かオリヴェルにまで嬉しそうに言われ、デシレアは乾いた笑いを浮かべた。 

 

 かるかん、かあ。 

 材料、あるかな。 

 

 
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