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七、推しを訪ねて王城へ 2
しおりを挟むあら?
その煌めきは、護衛騎士の腰辺り。
何かと思い、デシレアがそのまま気づかれぬよう見ていれば、護衛騎士が腰に付けた小型の鏡らしきものを意図的に三度、光らせた。
釣られるようにその方角を見れば、建物内で人影が動くのが見える。
何かの合図、ってこと?
でも、何の?
この護衛騎士はメシュヴィツ公爵家の者ではなく、オリヴェルの執務室に居た王城の騎士を付けてもらったため、今日が初対面。
王城の騎士だけど、気を抜けないってことね。
騎士服の上衣と剣の柄にうまいこと隠して鏡を持っているなんて、あやしいしかないじゃない。
オリヴェル様を裏切っているのなら、許せないわ。
思い、何かあればオリヴェルを護ると誓って、デシレアは気を引き締めた。
「こちらになります」
あの護衛騎士は所属が城なので、確実完全にオリヴェルの味方とは言い切れない。
誰かに雇われて、オリヴェルを害そうとしている可能性もある。
オリヴェルはその立場から、妬まれることも多いと聞く。
それならまずはオリヴェルに報告した方がいいのか、それにしても何故あそこで鏡を光らせたのか、オリヴェルの安全を第一とするなら引き返した方がいいのか、いやそれも不自然か、と護衛の動向を気にしつつも導かれるがまま歩いていたデシレアの前で、先に廊下を進んでいた使用人の彼がひとつの扉の鍵を開けた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ここまで来たら仕方ない。
ひとまずは、オリヴェル様にパイとキッシュを食べてもらうことだけを考えよう。
なんといっても、オリヴェル様はとても強いのだから、その辺の騎士が束になっても敵わない。
自分如きがじたばたせずとも、オリヴェルならば対処できると信じ、デシレアは今出来ることに集中しようと決めた。
見れば、専用の厨房は狭めだと言っていたが、なかなかどうして充分な広さがある。
「これなら、温めるだけではなく、ここで調理も可能ね」
材料を持ってくればそれも可能だと思ったデシレアは、調味料を保管できる棚も見つけ、ほくほくと微笑んだ。
「お茶の時間などもありますので、専用の料理人を常時詰めさせている方もいらっしゃいます」
器用に竈に炭を入れながら使用人の彼が言うのに、デシレアは目を見開いた。
「ここ専用の料理人」
それは、何と贅沢なことだろうと思う。
「こちらには食堂もありますが、ある程度の身分のある方はそうされている方が多いです。専用の厨房を持たない方も、共同の厨房の竈で自分の家の料理人に調理させていらっしゃいますし」
はあ。
流石、貴族。
自分も貴族であることを忘れ去ったように思ってから、デシレアは首を傾げた。
「ということは、オリヴェル様も?」
「いいえ。オリヴェル様が厨房をお使いになるのは、今日が初めてです」
「初めて」
「はい。魔法師団団長閣下は、その、そんなことをしては女官との遭遇率が上がって色々面倒に巻き込まれる、と嫌がられまして。回避のため出歩くことも最小限にされていますから」
「ああ。おもてになるから・・・でも、料理人を雇えば済むのでは?」
「潜り込むのが上手い方は、何処にでもいらっしゃいますので」
苦い笑みを浮かべての使用人の彼の言葉に、リナも大きく頷いている。
なるほど。
どこでも突撃される危険がある、と。
特に口に入れるものだもの。
何を仕込まれるか分からない、というのは恐怖よね。
というかオリヴェル様、そっちの意味でかなり危険ということ?
思いつつ、デシレアはきれいに並んだ炭を見た。
「いい炭ね」
弾けそうになる感動を押さえつつ、デシレアはその炭を見つめる。
つやつや真っ黒で本当にいい炭。
ああ、お母様にも使わせてあげたい。
「仕事に誇りを持っているのが、よく伝わる炭だわ」
毎日、良質とは言い難い炭で苦労している生家の母を思い、デシレアは労いの言葉を掛けた。
「ありがとうございます。職人が、頑張ってくれているのです」
嬉しそうに言った使用人の彼が、竈で炭をおこしていく。
「きれいだわ」
その赤味を帯びていくさまも淀み無くきれいだ、とデシレアはうっとりと見つめてしまう。
「少し、時間がかかってしまうのですが」
申し訳なさそうに言われるも、デシレアは問題無いと首を振った。
「本来、事前に申し込んでおくべきものなのでしょう?突然、申し訳なかったわ」
調理に向いた熾火となるまで時間がかかるのは当然のこと、とデシレアは籠を置けそうな場所を探す。
「その間に温めるための器具を用意すれば、何の問題も・・・っ!」
「この貧乏女!さっさとオリヴェル様に婚約破棄されなさいよ!」
そして言いかけたその時、王城の侍女が突如飛び込んで来たかと思えば、叫ぶ言葉が終わるか終わらないかの内に躊躇なく水の攻撃魔法をデシレアと竈へ向けて放った。
「っ!」
何とか自分と籠を守ったデシレアが見たのは、一瞬で水蒸気をあげる竈。
瞬間、デシレアは悟る。
あの炭は死んだのだ、と。
「なんてことを」
ぷすぷすと白い煙をあげる竈を、デシレアは呆然と見つめた。
もう、あの炭を使うことは出来ない。
未だ、火をおこしただけで何も出来ていないのに。
あの炭はもう、死んでしまったのだ。
思えば悔しく、胸が塞がる思いがする。
「デシレア様!」
慌てて駆け寄るリナと使用人の彼に、デシレアは力なく微笑んだ。
「私は大丈夫。何とか防御魔法が間に合ったから。でも、私の力では竈が護れなくて。炭が」
「そんなことよりご自分のことをお考えください!すぐに、閣下の元へお送りします」
そう言って使用人の彼が取り仕切り、リナはしっかりとデシレアの脇に立った。
そんななかでも、護衛騎士はその場に居るだけ。
そして、犯人たる侍女の姿は既に無い。
何の罪も無い炭に、なんてことを・・・!
ここへ来る前に合図を送っていた、そして現行犯の侍女を取り押さえようともしないどころか、安易に逃走を許した。
いや、むしろ彼女を逃がしたのは、入口付近に居たこの男と考えるのが妥当だろう。
つまりは仲間。
あの合図はこのためだったのね。
結論。
今この時も何食わぬ顔で歩いている護衛騎士も黒、真っ黒だと判断し、デシレアは怒りに身体を震わせた。
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