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三、推しの私邸へお引越し

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「本日からお世話になります。デシレア・レーヴです」 

 よろしく、とデシレアが挨拶したのは、オリヴェルが王城近くに賜った私邸の使用人達。 

 メシュヴィツ公爵家が誇る王都邸からの選りすぐりだという彼等は、一糸乱れぬ一礼をもってデシレアを迎え入れた。 

「こちらのお邸の執事を務めます、ノアでございます。オリヴェル様ご誕生の折より、お傍で仕えさせていただいております」 

 背後に数多の使用人を従え、これぞ使用人の統括者、執事の鑑と言わぬばかりにぴしっと執事服を着こなした、それでいて、幾人もの従僕や侍女の頂点に君臨しているというには年若くも見える紳士に丁寧に挨拶され、貧乏伯爵家出身のデシレアは、緊張で顔が引き攣りそうになる。 

  

 凄い数の使用人。 

 予想はしていたけれど、緊張するなって方が無理。

 それにこのノアってひと、かなり出来る。 

 って、当たり前か。 

 オリヴェル様の私邸とはいえ、メシュヴィツ公爵家ゆかりの家だものね。 

 

 オリヴェルが生まれた時から傍に仕えているということは、次代をオリヴェルと共に担うよう教育されて来たのだろう、とデシレアは何処か遠い世界の事のように思った。 

「そしてこちらが、侍女長を務めます、エドラでございます」 

「エドラと申します。お部屋まで、ご案内いたします」 

「お願いします」 

 怜悧な容貌ながら、ノアがにこやかにデシレアへと紹介してくれたのは、貫禄たっぷりの、これまた仕事が出来そうな女性。 

 それこそ、見た目も動きも侍女長という立場に相応しいと感服する彼女に案内され、デシレアは自室へと向かった。 

「何か御用があれば、遠慮なくお呼びくださいませ」 

 自室に着き、そう言ってエドラが退室すると同時に、デシレアは大きく息を吐いてソファに座り込もう、として、その立派さに慄き、ちょこんと座り直す。 

「はあ。メシュヴィツ公爵家の王都のお邸も緊張したけど、こっちも緊張する。茶器ひとつ壊しても大変なことになりそう」 

 呟いて、デシレアは改めて案内された自室を見渡した。 

「それに、このお部屋も素晴らしい調度が揃っていて怖いんですけど。もし壊してしまっても、弁償とか絶対に出来ない。この中で一番価値がないのって私な気がする。はああ。それにしても、こんな立派なお屋敷が褒賞とか。推し凄し」 

 王城近くにこれだけ立派な庭付きの邸を賜るには相当の功績が、と思いかけてデシレアはひとり頷く。 

「そうでした。推しは、私と余り変わらない年齢ながら魔法師団団長を務めていて、その出自は富豪名門公爵家、しかも嫡男。極め付きに英雄なのでした。おお、改めて言ってみるとほんとに凄い経歴」 

 最早凄いしか言葉に出来ない、と恐る恐るクッションを抱き寄せたデシレアは、その心地よさにうっとりとなった。 

「ふわあ。寝ちゃいそう」 

 このお邸は、外見や中の調度が立派なだけでなく、とても居心地よく住みやすさを感じる。 

「ほんと、我が家とは大違い」 

 デシレアの生家、レーヴ伯爵家は有名な貧乏伯爵家である。 

 しかし、以前から今のように貧乏だったわけではない。  

 すべては二年前、レーヴ領内で起こった魔獣の異常発生に端を発している。 

 その時に受けた大打撃を未だ引きずり、すっかり貧乏となってしまったレーヴ伯爵家と、今回デシレアが住まうことになったオリヴェルの邸宅、更にはオリヴェルが継ぐ事になる公爵家の王都邸とでは、すべてに於いて雲泥の差であるのだけれど、それ以前、大打撃を受ける前のレーヴ伯爵家の普通と思われた生活から見ても、格差があるのは一目瞭然。 

「王都でこれなら、領都の本邸はお城みたいだったりして。それで、調度は国宝級なの」 

 はは、と冗談のように口にして、それこそそうに違いないと予想できたデシレアは、その頬を引き攣らせた。 

「まあ、頑張るしかないか」 

 この婚約により、メシュヴィツ公爵家からの援助を受けられることになったレーヴ領は、滞っていた復旧の見通しが立ったうえ、契約と知らない両親はとても喜んでくれたし、案じていたメシュヴィツ公爵夫妻も温かくデシレアを迎えてくれた。 

『何があっても結婚しないのでは、と案じていたの。ありがとう、デシレア』 

 そう言ってデシレアの手を握って優しく微笑んだ公爵夫人は、公爵家の礼儀作法に適っているか不安がある、と言ったデシレアのため、十日に一度、王都のメシュヴィツ邸にて実地で教える、という名目でお茶会をしましょう、とまで言ってくれた。 

  

 表面だけの妻だとしても、ご恩に報いるようにしないと。 

 

 そう決意して、デシレアは気合を入れるよう、両の手を拳に握った。 

 

 
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