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二十七
しおりを挟む「薄紅の君。私も笛を嗜むぞ。それに、薬を持ち歩くことも可能だ」
今日も今日とて煌びやかに現れた鷹継に唐突に言われ、ゆすらはぽかんと口を開けた。
い、いけない。
気づかれてない、わよね?
御簾越しで良かった。
我ながら間抜け面をしてしまった、とひとり慌てて表情を直すゆすらを、小笹がおかしそうに見つめる。
「ないしょね」
し、と指を口に当て小声で指示を出してから、ゆすらは鷹継へと向き直った。
「何のお話ですか?」
「薄紅の君から兄上への贈り物のなかに、手ずから作った笛の袋があったと聞いた。それ以前には、薬師少将に薬袋を作ったと」
「ああ、はい。それで?」
「鈍い!」
くっ。
似た者兄弟。
彰鷹とよく似た表情で言われ、ゆすらは言葉に詰まった。
しかし、分からないものは分からない。
「鈍い私にも判るように説明してくれます?」
やや拗ねた口調で言うゆすらに、鷹継は端切れを差し出した。
「これは。気に入りませんでしたか?」
それは先だって、種々のお礼に、とゆすらが鷹継に贈った布だったので、端切れになっていることが不思議でありながらもそう問えば、鷹継は思い切りため息を吐いた。
「違う。気に入らなかったのなら、わざわざ言わない。第一、端切れになどなっている筈が無いだろう」
「じゃあ、何ですか」
「私にも何か作ってくれ、という意思表示だ。ほんとに鈍いな」
さっさと望みを言え、と言わぬばかりの口調になったゆすらに、鷹継が呆れたように言う。
「何か、作れ?」
「その布はとても気に入った。だからそれで、笛の袋でも薬袋でも作ってくれ」
当然のように言われ、ゆすらは首を傾げた。
「私、確かに縫物は得意ですけど、本職の方には敵いませんよ?」
贈った布を気に入ってくれたのは嬉しいが、本職に頼んだ方が、と言えば鷹継がぱしんと扇でゆすらを叩く真似をした。
「何するんですか」
御簾越しなので、当然届くことはないけれど驚いた、とゆすらが抗議すれば鷹継が大きく首を振る。
「これほど話が通じない女人は初めてだ」
「すみませんね、機微に疎くて」
「私は、貴女から貰ったこの気に入りの布で、貴女に、何かを作って欲しい、と言っているのだ」
一語一語はっきりと言われ、ゆすらは、何だと息を吐いた。
「いや、だから職人の方が、って言ってるんでしょ。話、通じてるじゃない」
むす、としてゆすらが言えば、鷹継が床へと倒れ込んだ。
「ちょっと。大丈夫?具合悪くなったの?」
それは大変、と、ゆすらが女房に指示を出す前に鷹継がむくりと起き上がる。
「私は貴女が作ったものが欲しいんだ。よすがにしたいから」
「よすが?」
「ああ。もう通じなくてもいいから、何か作ってくれ。手間賃として、今日は揚げ菓子を用意したから」
そうして鷹継が女房に何かを指示し、女房は廊下へと向かって、そこで何かを受け取って戻って来た。
「いい匂い」
高坏に盛られた揚げ菓子を嬉しそうに見つめ、ゆすらは口元を緩める。
「ああ、あと。母が何かと貴女に寄こす嫌がらせも、無くなると思う」
「え?」
嬉しく揚げ菓子を手に取ったゆすらは、その言葉に首を傾げる。
「あっただろう?母自らのものも」
「ああ。春宮の寵を笠に着て、貴重な削り氷や甘葛を強請った、だけでなく甘栗までもを強請った、とか、その都度お歌を貰うわね。裏の意味では嫌味も籠っているのに、表面はきれいに整っていて、凄いお歌の才能だなあ、って思っているけど」
いい勉強になる、と言うゆすらを鷹継は奇異なものを見るように見た。
「いや。だったら却って申し訳なかったかもしれないが。いや、これからは普通の歌を贈るように言っておくから」
「お気遣い、ありがとうございます」
本心から礼を言えば、鷹継が楽しそうに笑った。
「いや。母は、歌を詠むのが好きなんだ。それに、その。あのひとが薄紅の君に嫌味な歌を贈った理由というのも、拗ねていただけ、というか」
「拗ねて?私が彰鷹様の妃になったから、でしょう?」
いわば敵陣に来た者への洗礼、だと思っていたゆすらは拗ねるという、余りに可愛らしい表現に疑問を持つ。
「まあ、ざっくり言えばそうなんだが」
「詳しく言うと違うの?」
「何というか。私と兄上のうち、左大臣が妹姫を差し出した方が春宮になる、と言われていたのは知っているだろう?」
「ええ。鈍くて疎い私でも知っているわ」
嫌味を込めて言うも、鷹継は真顔で流す。
「それは良かった。結果、左大臣は兄上を選んで、春宮は兄上と決まった訳だが、祖父と伯父にしてみれば当然面白くない。政治的に、今より弱い立場になってしまうからな」
「それ、中宮様にしても同じことよね?」
中宮は鷹継の母なのだから、当然我が子を春宮とし権勢を誇りたかったはず、とゆすらが言えば、鷹継が苦笑した。
「母は政に興味は無い。権勢にもさして執着していないと思う。まあ、きれいな物を着たり見たりするのは好きだがな」
「ええ?でも私、ここへ来た最初の時に、とても熱烈な歓迎を受けたけど?あれって、彰鷹様の妃になった私が気に入らない、認めないって意思表示でしょう?」
玉が転がって来たのは記憶に新しい、とゆすらは遠い目をしてしまう。
「ああ、それはそうなんだが。母は楽しみにしていたんだ。私の妃に薄紅の君を迎えて、私が春宮となることを」
「うん。だから、それって、鷹継様を春宮にしたかった、ってことでしょう?権勢とか政には興味無いのかもしれないけど、その望みはあったってことで」
だからやはり、最終的に彰鷹を春宮へ押し上げた左大臣とその妹である自分が目障りなのだろうとゆすらは思う。
そしてそれは、致し方のないことだとも。
「母は、私が春宮になることにさしたる興味は無いんだ。ただ、貴女が私の妃になれば、一緒に過ごすことが出来るから、それが楽しみだっただけで」
「え?」
「もちろん、祖父や伯父は違う。だから、そのふたりから話は聞いていると思う。それでもその、私が春宮になった時とならなかった時での母の違いは、貴女と共に過ごすことが出来なくなってしまったという、その一点なんだ」
「・・・・・」
「母は、私しか子が無いからな。姫がいれば、一緒にすごろくをしたり、貝合わせをしたりしたかった、というのが口癖で」
つまりなに?
中宮様は、私が鷹継様の妃となれば近しく接することも可能で、そうなれば一緒にすごろくや貝合わせが出来るから、楽しみにしていたのに、そうはならなかったから拗ねている、ってこと?
何それ!
思わず絶句するゆすらを、然もありなんと見つめ、鷹継は扇を開く。
「驚くのも無理は無い。それに、玉を転がしたのはやりすぎだと注意しておいた」
「ああ。確かに、物理ではあれ以来では矢の事件だけね」
「だが、そこから派生して嫌がらせ自体をやめる、という発想にはならなかったようで。貴女の反応を報告させて楽しんでいたらしい」
「そんなことするくらいなら、すごろくでも貝合わせでもお誘いくだされば・・・って無理か」
流石にそんなことは中宮の父である内大臣や兄の右大将が許さないだろう、とゆすらは口を噤んだ。
「いや、薄紅の君がいいなら、是非誘ってやってくれ。まあ、近く退去させられるかも知れないがな」
退去、の言葉にやはり寝所での事件の黒幕は内大臣一派なのか、とゆすらが思う間にも鷹継は言葉を繋ぐ。
「まあ、ともかく母からの嫌味は無くなる。私が、薄紅の君と親しくするようになって、未だ機会はあると考えたようだ」
「あ、そういえば。鷹継様は、何も言われないの?」
「祖父や伯父に何を言われようと、私の考えは変わらないから問題無い」
彰鷹を中心とした政を望む、その意志の強さをのぞかせる鷹継を、ゆすらは頼もしく見つめた。
「なら今度、中宮様も一緒に来てもらう、のは不敬だから私が伺うとか」
彰鷹に言ったら、叶えてはくれないだろうか、と考えを巡らせていたゆすらは、続く鷹継の言葉に絶句した。
「ありがとう。母も喜ぶ。何といっても、私が未だ薄紅の君を妃に迎えることを諦めたわけではないと知って、張り切ってもいたからな」
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