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二十六
しおりを挟む「あ、千尋くんの声」
彰鷹と向か合って座る自室で遠くから聞こえた懐かしい声にゆすらが反応すれば、彰鷹が運ばせた甘栗に手を伸ばしながら頷いた。
「今日の俺の警護は少将だからな。付いて来て、待機している」
「元気そう・・あ、薬師少将って呼ばれてる」
幼馴染の活躍が嬉しくて微笑むゆすらの前で、彰鷹が甘栗の鬼皮を器用に剥いて、一粒ゆすらの口元へと運ぶ。
「薬師少将、か。ゆすらは、どうしてそう呼ばれるようになったか、知っているのか?」
「いえ、知りません・・・あの」
口元へ栗を運ばれ、戸惑うゆすらを楽しむように、彰鷹は甘栗をゆすらの唇に当てた。
「いいから食べろ」
春宮に栗を剥かせるなんて出来ない、とふるふる首を振るゆすらの両頬をきゅっと掴み、彰鷹は殊更楽しそうに笑う。
「お、可愛いぞ」
「悪趣味な・・っ!・・あまい」
口を開いた途端、滑り込んで来た甘栗のおいしさに頬を緩めるゆすらを、彰鷹は満足そうに見つめた。
「そなたに何かを食べさせるのは楽しいな」
「餌付けですか」
「怒ったか?」
「いいえ。ですが、何もご自分で剥かずとも」
「俺が手ずから剥いて、食べさせたかった。心配せずとも、ゆすら以外にはやらぬ」
嬉しそうに言って、新しい甘栗を手にする彰鷹を見つめ、ゆすらもひとつ取ってみる。
「固い」
「ゆすらには難しいだろう」
「私も、彰鷹様に剥いてあげたいのに」
残念な思いで甘栗を見つめるゆすらの手から、鬼皮付きのそれが消え、代わりにきれいに剥かれた甘栗が乗せられた。
「剥かずとも、食べさせてくれることは可能だろう」
「はい!」
嬉しくなって、ゆすらがそっと抓んだ甘栗を彰鷹の口へ運べば、彰鷹がぱくりと口へと入れた。
ゆすらの指ごと。
「っ」
「うん。甘いな」
「!!!!!!!」
ぼんっ、と赤くなったゆすらを愉快そうに見つめ、彰鷹はその髪を撫でた。
「妬くことはない、か」
「焼く?何を焼くのですか?あ、栗?」
「その焼くではないな。薬師少将の名付けの由来について、俺が狭量な思いを抱いていたということだ」
苦く笑って彰鷹が言うも、ゆすらにはよく意味が分からない。
「何か、彰鷹様にとってご不快な由来なのですか?」
「ゆすら。少将に薬袋を渡したことがあるだろう」
言われ、ゆすらはこくりと頷いた。
「はい。出仕が決まった時に」
「少将は、その薬を突然の腹痛に悩む同僚に分けたのだそうだ」
「それは。役に立って良かったです」
薬がすぐに用意できないような事もあるかもしれない、と常備出来る薬を入れた袋を渡したゆすらは、それが役に立ったと知って嬉しいが、彰鷹の顔は苦い。
「少将はな。話を聞いた俺に『ゆすらが手ずから用意してくれた大切なものです』と嬉しそうにその薬袋を見せてくれた」
その時の苦い気持ちを思い出し、彰鷹は誤魔化すように栗の鬼皮を剥く。
「あの。それが彰鷹様にはご不快なのですか?薬袋に何か嫌な思い出でも?」
「鈍いな!」
「なっ」
「ゆすらが、少将に手ずから用意して渡した、というのが問題だと言っているんだ」
一語一語、区切るように言われゆすらはぽかんと口を開けた。
「そんなことで?」
「悪かったな」
ふい、と横を向いた彰鷹の手から剥き終わった栗を奪い、ゆすらはそれを彰鷹の口へと運んだ。
「何か、彰鷹様可愛い」
「可愛いって言うな」
「だって可愛いです」
「お前・・わざと言っているだろう」
「それに嬉しい」
「嬉しい・・・」
「はい、嬉しいです。なので今度、彰鷹様を嬉しがらせてさしあげますね」
くすくすと笑って、ゆすらは甘栗を彰鷹の口に、ぽん、と入れた。
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