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二十五
しおりを挟む「薄紅の君。機嫌伺いに来たぞ。何だ、こちら側にも御簾を用意したのか」
表向きの顔はやめる、と言った通りざっくばらんな言い様で廊下側から鷹継が現れた時、御簾の用意は万端で鷹継が面白そうにそれを見つめる。
「どなたかが突然いらっしゃるので、少々仕組みを考えました」
少し嫌味を込めて言えば、鷹継が口の端をあげた。
「ああ。それが、あの鈴か」
鷹継が来るだろう方向の廊下に設置した鈴は、一番遠くのそれが揺れた時の振動で、順繰りに麗景殿側へと伝わるようになっている。
「不敬かとも思いましたが」
「言葉遣い。表向きは無し、だ。それに鈴も構わない。兄上は何と?」
「彰鷹様だと分かった段階で御簾や几帳を外せば問題無い、と言われました」
「兄上の時には御簾も几帳も無しなのか・・まあ、兄上の妃だし仕方ないか」
彰鷹の時には御簾も几帳も無いと聞き、面白くなさそうに片眉をあげた鷹継だけれど、すぐにゆすらの立場を思い出し、無理にも納得したように息を吐いた。
「それで、何かお話が?最近は、大人しくしていますが」
また何か問題行動をおこしてしまったか、と身構えたゆすらに鷹継が朗らかな笑みを見せた。
「そんな貴女に、今日は褒美を持って来た。先だって、兄上がとびきりの涼を薄紅の君に届けたと聞いてな。私のとびきりを持って来た」
そう言って、今日も今日とて鮮やかな直衣の袖を優雅に操って、鷹継は見事な蒔絵の箱をゆすらへと差し出した。
「これは・・絵巻物?」
「ああ。怪奇ものばかりを集めた、私薦めの特選品だ」
その箱の形状からそう推察して言ってみるも、絵巻物でどう涼をとるのか分からないと首を傾げつつ、箱にかかる紐を丁寧に解いたゆすらは、続く鷹継の言葉にぎょっとしえ手を止めた。
「怪奇もの」
「そのなかでも、特に宮中に特化したものを選んで来た。ここ、麗景殿の話もあるから、より身近に感じられると思う」
にこにこして言う鷹継は、ゆすらが絵巻物を開くのを待っているのだろう気配がする。
しかし、分かっていてもゆすらの手は動かない。
麗景殿で起こった怪奇のお話なんて読んでしまったら、普通に生活するなんて、無理。
「薄紅の君?本当に素晴らしいものだから、是非見てほしい」
早く、と急かされ、ゆすらはじっと鷹継を見た。
「・・・鷹継様は、ご覧になっていかがでしたか?」
もしや、これは自分に対する悪戯なのでは、と思ったゆすらが鷹継の反応を伺えば、その瞳がきらきらと光るのが几帳の隙間から見えた。
「何といっても目を引くのは、その絵の素晴らしさだな。様々な魑魅魍魎が生き生きと描かれていて、見飽きることが無い。そのうえ文章も秀逸で臨場感が物凄い。まるで、自分が体験しているかのようで、背筋が寒くなる。これぞ、涼に相応しい逸品だ」
「魑魅魍魎が生き生きと・・背筋の寒くなるお話・・・」
膝を乗り出して説明する鷹継から、本気で薦めてくれているのが分かったゆすらだが、背筋が寒くなる絵物語を見てしまったら、夜はもちろんのこと、昼間だって怖くて堪らなくなること受けあいだ、と開く勇気がもてない。
「薄紅の君?その、共に見ることは叶わなくとも、感想など語り合えたら嬉しい」
ゆすらが今、共に絵巻物を見ることが出来るのは彰鷹くらいだと理解している鷹継は、せめて感想を語り合いたい、と、その楽しみさが弾む声にも表れていて胸が痛むも、ゆすらは魑魅魍魎を見て平気でいられる自信が無い。
「あの・・私、怖いのは、ちょっと」
「ああ、なるほど。しかし大丈夫だ。いくら臨場感があるといっても所詮は物語なのだから、実際にその絵巻物から出て来るわけではない」
そういう問題では、無くて!
「それに、なかなか可愛い絵もある」
「え?」
どうやって開くのを回避しようか、と絵巻物を見つめて思い悩んでいたゆすらは、その言葉に顔をあげた。
「物語も、怖いばかりではないし」
そう言われてしまえば、読んでみたい、見てみたい気持ちが沸き上がる。
「怖いと思ったら、その部分はささっと通り過ぎればいい」
「なら・・少しだけ」
そう言って、鷹継推薦の怪奇ものを開いたゆすらは、その後暫く眠る時も彰鷹にしがみ付いていることとなった。
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