19 / 28
十九
しおりを挟む「あの。彰鷹様も猫を飼っていたりします?」
その夜、いつものようにふたり褥に座った状態で、ゆすらは会話の糸口を求めるようにそう口にした。
「猫?いや、俺は飼っていないが。飼いたいのか?」
「いえ、私が飼いたいということではないのですが、他の方が飼っていたりするのかな、と思いまして」
今日庭に現れた公達は、白い猫を探していると言っていた。
小笹は庭に入り込むための嘘偽りと断言していたが、あの公達にどこか憎めない印象を持ったゆすらは、事実として白い猫は何処かで飼われているのではないかと思っている。
「そうだな。まあ、父上の妃の誰かが飼っている可能性はあるだろうな。詳しいことは知らないが」
そう言った彰鷹が、何故か申し訳なさそうに眉を下げた。
「すまないな。母がこちらに住まわっていれば、情報も入手しやすいだろうし、そなたにもこれほど嫌がらせなどさせなかっただろうに」
頭まで下げられ、ゆすらは慌ててその肩に手を当てた。
「そんな!そんな風に思ったことないですから、顔をあげてください!ごめんなさい、気を遣わせて」
今後宮に住んでいるのは春宮妃であるゆすらを除けば、第二皇子の母である中宮はじめ彰鷹の父である帝の妃達ばかりで、そのなかに彰鷹の母は居ない。
確かに、宮家の血を引く彰鷹の母が後宮にいれば勢力図はもっと違ったものとなっていただろう。
しかし彰鷹の母は特別に独立した御殿を賜っており、彰鷹の下へ来るにあたって祝いの品と文は貰ったもののゆすらも未だ会ったことが無い。
「彰鷹様の母君にはいつかご挨拶したい、って思っていますけど、猫って言ったのはその、迷い猫を探しているって公達がこちらの庭に来たからなのです」
「公達が?」
「そう。ものっすごく綺羅綺羅しいお衣装を優雅に着こなして、香も素晴らしいものをお使いでした。彰鷹様は、そのような方にお心当たりありますか?」
あの時の公達を思い出しつつゆすらが問えば、彰鷹が難しい顔になった。
「そういった特徴の者に心当たりはある。だがその前に。ゆすら、そなた直接その者と対峙した、などと言わぬよな?」
きろりと睨まれ、ゆすらは慌てて首を横に振った。
「さ、流石にそんなことはしません!」
「それにしては、己が目で見たかのような話しぶりだったが?」
あ・・彰鷹様の背後に、吹き荒れる風と真っ黒な雲、そして凄まじい雨が見える!
つまりは、凄い野分!
返答次第では、そこに雷も足されそうだと思いつつ、ゆすらはこくりと息を飲んだ。
「ち、誓って直接はお会いしていません!お話しだって、小笹が相手をしました!本当です!私は、几帳の蔭から見ていただけで・・・!」
焦り言うなかで、ゆすらは半身を晒してしまったことを思い出すも、それくらいは誤差の範囲だと口を噤む。
「はあ。まあ、あいつならそなたに危害を加えることもないだろうが。あんな事件のあった後なのだから、もっと用心深くなっているかと思いきや。しかし、怯えているよりは安心なのか?いやだが危険を避けるどころか突っ込んで行きそうなのが怖いところだな」
堂々と几帳の蔭から覗いていた宣言をしたゆすらを前に、彰鷹はぶつぶつと言い募る。
「聞こえてますよ、もう。すみませんね、神経太くて」
「はは。そんなことをしても、可愛いだけだ」
つん、と横を向いたゆすらの頬をつついて彰鷹が笑った。
「なっ」
「そなたが『几帳の蔭から覗き見た公達』は、鷹継だな」
そしてあっさりと言われた名に、ゆすらは驚き目を瞠った。
「たっ・・ええ!第二皇子様ってことですか!?」
「ああ。それほどの洒落者、あいつしかいないだろう」
くつくつと笑う彰鷹に、ゆすらは思わず膝を進めてしまう。
「それってどういうことなんでしょう?こう言ってはなんですが、中宮様からは、それはもうと言いたくなるくらい、ことごとに熱烈大歓迎を受けているんですよ?その掌中の珠である第二皇子様がわざわざこちらにいらっしゃるなんて・・・やはり、私の不貞疑惑を広めるためでしょうか。ですがそうなると、第二皇子様のご評判だって落ちてしまいますよね」
ふむ、と考え込むゆすらに彰鷹は苦い笑みを零した。
「不貞疑惑か。確かに中宮が狙いそうなことだが、そなたも言ったようにその駒として鷹継を使うことは無いだろう」
「ですよね。だったら何故・・・。やはり本当に猫を探して、なのでしょうか」
こてん、と首を傾げたゆすらの長く美しい髪が揺れ、その動きに誘われるように彰鷹はそっとその髪を手に掬い取った。
「猫は十中八九口実だろう。ここへ来たのは。そうだな。奴もそなたに興味があるだろうからな」
だとしても渡しはしないが、と自信ありげに笑う彰鷹だが、その髪をずっと手遊びされているゆすらはそれどころではない。
ちょっ・・。
彰鷹様は、それこそ猫を扱うような気持ちなんでしょうけど・・・!
髪に神経がなくてよかった、と思いつつ、それに続く頭皮や首は、ばっちり彰鷹の手の動きを感じるため、彰鷹の手が触れる度、ゆすらは慣れない刺激にびくついてしまいそうになる。
「あいつは確かに中宮唯一の子だが、決して中宮や外祖父である内大臣の言いなりになるような男ではない。それこそ猫のように気まぐれに動くような奴だ。まあ、適当に相手してやってくれ」
「た、確かに腹黒いことを考える方には見えませんでした」
思い出しつつゆすらば言えば、くい、とゆすらの髪を引き、その髪を己が指に絡め、と楽し気にしていた彰鷹が、ふとその手を止めた。
「彰鷹様?」
漸く解放された、と肩の力を抜いて彰鷹を見たゆすらは、不安の浮かぶ目を不思議な思いで見つめる。
「異母弟とはいえ、俺とあいつでは似たところが無い。ゆすら、もしやあいつの方が好みか?」
「本気で言っているなら殴りますよ?」
何事かと思えば、と即答したゆすらを嬉し気に見つめ、彰鷹はその細い肩を引き寄せた。
「ありがとう。俺にもそなただけだ」
そしてゆすらが何を言う間もなく、彰鷹はゆるく抱き締めたゆすらの額に唇を落とした。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

ようこそ安蜜屋へ
凜
歴史・時代
妻に先立たれた半次郎は、ひょんなことから勘助と出会う。勘助は捨て子で、半次郎の家で暮らすようになった。
勘助は目があまり見えず、それが原因で捨てられたらしい。一方半次郎も栄養失調から舌の調子が悪く、飲食を生業としているのに廃業の危機に陥っていた。勘助が半次郎の舌に、半次郎が勘助の目になることで二人で一人の共同生活が始まる。
ナポレオンの妊活・立会い出産・子育て
せりもも
歴史・時代
帝国の皇子に必要なのは、高貴なる青き血。40歳を過ぎた皇帝ナポレオンは、早急に子宮と結婚する必要があった。だがその前に、彼は、既婚者だった……。ローマ王(ナポレオン2世 ライヒシュタット公)の両親の結婚から、彼がウィーンへ幽閉されるまでを、史実に忠実に描きます。
カクヨムから、一部転載
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……
黄昏の芙蓉
翔子
歴史・時代
本作のあらすじ:
平安の昔、六条町にある呉服問屋の女主として切り盛りしていた・有子は、四人の子供と共に、何不自由なく暮らしていた。
ある日、織物の生地を御所へ献上した折に、時の帝・冷徳天皇に誘拐されてしまい、愛しい子供たちと離れ離れになってしまった。幾度となく抗議をするも聞き届けられず、朝廷側から、店と子供たちを御所が保護する事を条件に出され、有子は泣く泣く後宮に入り帝の妻・更衣となる事を決意した。
御所では、信頼出来る御付きの女官・勾当内侍、帝の中宮・藤壺の宮と出会い、次第に、女性だらけの後宮生活に慣れて行った。ところがそのうち、中宮付きの乳母・藤小路から様々な嫌がらせを受けるなど、徐々に波乱な後宮生活を迎える事になって行く。
※ずいぶん前に書いた小説です。稚拙な文章で申し訳ございませんが、初心の頃を忘れないために修正を加えるつもりも無いことをご了承ください。
江戸の櫛
春想亭 桜木春緒
歴史・時代
奥村仁一郎は、殺された父の仇を討つこととなった。目指す仇は幼なじみの高野孝輔。孝輔の妻は、密かに想いを寄せていた静代だった。(舞台は架空の土地)短編。完結済。第8回歴史・時代小説大賞奨励賞。

葉桜よ、もう一度 【完結】
五月雨輝
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞特別賞受賞作】北の小藩の青年藩士、黒須新九郎は、女中のりよに密かに心を惹かれながら、真面目に職務をこなす日々を送っていた。だが、ある日突然、新九郎は藩の産物を横領して抜け売りしたとの無実の嫌疑をかけられ、切腹寸前にまで追い込まれてしまう。新九郎は自らの嫌疑を晴らすべく奔走するが、それは藩を大きく揺るがす巨大な陰謀と哀しい恋の始まりであった。
謀略と裏切り、友情と恋情が交錯し、武士の道と人の想いの狭間で新九郎は疾走する。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる