18 / 28
十八
しおりを挟む「あんな仕掛けが出来るなんて」
彰鷹とゆすらを狙った矢は、彰鷹の予測通りその場に射手が乱入したのではなく、予め仕掛けられたものだった。
引き絞った矢を綱で固定し、その綱を半ば切り弱らせておく。
そうして時間の経過と共に細って行く綱がやがて限界を迎えて切れ、矢を解き放つ。
「仕組みは、何となく判ったけれど」
有能な近衛に依って、仕掛けの究明は迅速に成された。
そしてそれ以上の危険がその場に無いことも。
それでも、宮中奥深くで守られる春宮の寝所で起きたその事件が看過などされるはずもなく、当然のように近衛による捜査がなされることとなった。
っていうか、黒幕は間違いなく彰鷹様が春宮になって面白くない一門、ってことなんだから分かり切っているような気もするんだけど。
ひとり居室で脇息に凭れ、ゆすらは思考を巡らせる。
でも、確たる証拠も無いのに追及するわけにはいかない、か。
事件から三日。
もう危険は無いと言いながら、兄も彰鷹もゆすらが部屋から出ることを禁じていることを考えれば、相手が一筋縄ではいかない相手なのだろうとゆすらにも想像がつく。
春宮が彰鷹様に決まっても、諦めていないとは聞いていたし、嫌味や嫌がらせは満載だったけど。
命を直接狙われた今となっては、日常の嫌味や嫌がらせなど小さなことに思える、とゆすらはため息を吐いた。
「でも、千尋くんが居てくれるなら彰鷹様も安心かな」
今回の事件を捜査するため幾人もの舎人を指揮していた幼馴染の勇壮な姿を思い出し、ゆすらは頬を緩める。
「千尋くんが、彰鷹様を裏切るなんて無いもんね」
それはもう絶対だ、と床に置いた絵巻物を広げようとして、ゆすらはあの夜床に突き刺さった矢を思い出し身震いした。
「あんな仕掛けを彰鷹様の寝所に作れるって、誰なんだろ?昼間だって誰もが入れるわけじゃないし、警備だって・・・考えたくないけど、近衛に第二皇子派のひとが居るとか?もしそうなら、役職あるひとだよね」
可能性があるとするなら命じる立場にあるひと、とそこまで考えたゆすらはふと庭にひとの気配を感じ意識を研ぎ澄ませる。
誰かいる。
庭で作業、って感じでもないけど。
使用人が何かしているのか、それとも嫌がらせ部隊か、とゆすらはそっと立ち上がり、部屋の端に置いてある几帳の蔭から庭を盗み見た。
自分の庭なのに、盗み見にも慣れたわよね。
嫌がらせのために侵入して来る人物たちのお蔭で、気配の察知能力も上がった、とゆすらは遠い目になる。
なんていうか、益々普通じゃなくなっている気が。
まあそんな自分も嫌いじゃないし、何より近頃では彰鷹がそんなゆすらの変化を楽しんでいるようなのでそれでよしとする。
ええと、今日はどんな嫌がらせを・・・って、ええ!?
もう庭で何をされようと大抵の事には驚かない、と思ったゆすらはしかし、そこにとてつもなく派手な直衣を来た男の姿を認めて目を見開いた。
今までの侵入嫌がらせ実行部隊はすべて下女か下男であったというのに、今回の相手はとてつもなく派手でありながら仕立ての良さが遠目にも分かる直衣を着ている。
ちょっ・・まっ、待って公達が来るとか何事?
これも嫌がらせのひとつだったり?
あ、私の操が怪しいとするとかなんとか!?
「おや、これはこれは。うっかりと貴女の庭に入り込んでしまいました。驚かせて申し訳ない」
ひとり混乱に陥ったゆすらにかかる、華やかな声。
気づけば、ゆすらは几帳から半分ほど姿がはみ出してしまっている。
「こちらで何を?」
そんなゆすらを隠すよう素早く参上した小笹に感謝しつつ、ゆすらは几帳の蔭へと入り込み、そこから様子を窺った。
「実は、私の飼っている猫がいなくなってしまいまして。夢中で探すうち、こちらへ迷い込んでしまったようなのです」
決して意図したことではないのだ、と、本当に申し訳なさそうに言う公達の眉は下がり、声も少し落ち込んだ風ではあるが、その身に纏う馥郁たる香もさり気ない仕草も華やかで、その公達がかなり高位の存在だと分かる。
「猫、ですか」
「ええ。このくらいの、真白き小さな猫なのですが。ご存じではないでしょうか?」
そして両手で猫の大きさを示すも、ゆすらには覚えが無い。
「こちらで、そのような猫をお見かけしたことはございません」
そんなゆすらの前で、小笹がきっぱりと言い切った。
猫かあ。
身分あるひとが自分から探すなんて、よっぽど可愛がっているんだろうな。
無事、見つかるといいけど。
思いつつ、ゆすらは典雅に言葉を紡ぐ公達を見る。
それにしても、なんかすごいお衣装。
派手だけど下品じゃなくて、それどころか凄く優雅に着こなしてる。
ものっすごく派手だけど。
何ともいえず綺羅綺羅しい衣装なのに、着こなしてしまうのは凄い、とゆすらは感心して几帳の端から見つめてしまう。
「そうですか。こちらに来たと思ったのですが、残念です」
肩を落とすその姿に、これは本当に相当に可愛がっている猫なのだろう、とゆすらはその無事を願わずにいられない。
だとしても、今私に出来ることは何もないし。
第一、迷い込んで来た、と言ったって、今のこの状況ですら、いつもの嫌がらせ部隊に知られれば中傷の対象間違いなしだし・・・って、そうだ嫌がらせ部隊は!?
・・・ん、大丈夫。
今のところ、この公達以外の気配は無いわね。
「山桜桃、という花をご存じですか?」
「っ」
それに、彰鷹の立場を考えてもこれ以上この公達と関わってはいけないと判断し、その場を離れようとしたゆすらの耳に飛び込んで来た言葉。
自分と同じ名を持つその響きに、思わずゆすらの足が止まった。
「とても美しく可憐な花です。今度、一枝お持ちしましょう」
それだけを約束のように言い置いて、公達は優雅な身のこなしで去って行く。
「猫など、見え透いたことを」
その公達の後ろ姿を憎々し気に見つめる小笹に、ゆすらは首を傾げた。
「見え透いた?」
「猫が迷い込んだなど、嘘偽りに決まっています」
「でもわざわざそんな・・何のために?」
「こちらへ参るために、です」
「え?じゃあ、やっぱり私の操が、とかそういう嫌がらせをするつもりで?」
さあっ、と青ざめたゆすらに、小笹は更に厳しい言葉をかけた。
「嫌がらせで済めば、いい方かと。これはもっと悪辣な罠かもしれません」
今の状況を誰かが見ていて、ゆすらがどこぞの公達を招き入れている、などと噂が立てば春宮妃としての立場も危うくなる、と案じる小笹にゆすらは己の胸を打つ。
「あ、それは平気だと思うわ。あの公達以外の気配を感じなかったから」
「・・・・・」
気配を察知するのがうまくなったのよ、と笑うゆすらを小笹は呆然と見つめてしまう。
「大丈夫よ。ちゃんと彰鷹様に報告して、どこの家の方なのかの憶測はしてもらうから」
益々、益々何だか私の姫様が、と呟く小笹の肩を叩き、ゆすらは力強く言い切った。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

ようこそ安蜜屋へ
凜
歴史・時代
妻に先立たれた半次郎は、ひょんなことから勘助と出会う。勘助は捨て子で、半次郎の家で暮らすようになった。
勘助は目があまり見えず、それが原因で捨てられたらしい。一方半次郎も栄養失調から舌の調子が悪く、飲食を生業としているのに廃業の危機に陥っていた。勘助が半次郎の舌に、半次郎が勘助の目になることで二人で一人の共同生活が始まる。
ナポレオンの妊活・立会い出産・子育て
せりもも
歴史・時代
帝国の皇子に必要なのは、高貴なる青き血。40歳を過ぎた皇帝ナポレオンは、早急に子宮と結婚する必要があった。だがその前に、彼は、既婚者だった……。ローマ王(ナポレオン2世 ライヒシュタット公)の両親の結婚から、彼がウィーンへ幽閉されるまでを、史実に忠実に描きます。
カクヨムから、一部転載
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……
黄昏の芙蓉
翔子
歴史・時代
本作のあらすじ:
平安の昔、六条町にある呉服問屋の女主として切り盛りしていた・有子は、四人の子供と共に、何不自由なく暮らしていた。
ある日、織物の生地を御所へ献上した折に、時の帝・冷徳天皇に誘拐されてしまい、愛しい子供たちと離れ離れになってしまった。幾度となく抗議をするも聞き届けられず、朝廷側から、店と子供たちを御所が保護する事を条件に出され、有子は泣く泣く後宮に入り帝の妻・更衣となる事を決意した。
御所では、信頼出来る御付きの女官・勾当内侍、帝の中宮・藤壺の宮と出会い、次第に、女性だらけの後宮生活に慣れて行った。ところがそのうち、中宮付きの乳母・藤小路から様々な嫌がらせを受けるなど、徐々に波乱な後宮生活を迎える事になって行く。
※ずいぶん前に書いた小説です。稚拙な文章で申し訳ございませんが、初心の頃を忘れないために修正を加えるつもりも無いことをご了承ください。
江戸の櫛
春想亭 桜木春緒
歴史・時代
奥村仁一郎は、殺された父の仇を討つこととなった。目指す仇は幼なじみの高野孝輔。孝輔の妻は、密かに想いを寄せていた静代だった。(舞台は架空の土地)短編。完結済。第8回歴史・時代小説大賞奨励賞。

葉桜よ、もう一度 【完結】
五月雨輝
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞特別賞受賞作】北の小藩の青年藩士、黒須新九郎は、女中のりよに密かに心を惹かれながら、真面目に職務をこなす日々を送っていた。だが、ある日突然、新九郎は藩の産物を横領して抜け売りしたとの無実の嫌疑をかけられ、切腹寸前にまで追い込まれてしまう。新九郎は自らの嫌疑を晴らすべく奔走するが、それは藩を大きく揺るがす巨大な陰謀と哀しい恋の始まりであった。
謀略と裏切り、友情と恋情が交錯し、武士の道と人の想いの狭間で新九郎は疾走する。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる