比翼連理

夏笆(なつは)

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十八

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 「あんな仕掛けが出来るなんて」 

 彰鷹とゆすらを狙った矢は、彰鷹の予測通りその場に射手が乱入したのではなく、予め仕掛けられたものだった。 

 引き絞った矢を綱で固定し、その綱を半ば切り弱らせておく。 

 そうして時間の経過と共に細って行く綱がやがて限界を迎えて切れ、矢を解き放つ。 

「仕組みは、何となく判ったけれど」 

 有能な近衛に依って、仕掛けの究明は迅速に成された。 

 そしてそれ以上の危険がその場に無いことも。 

 それでも、宮中奥深くで守られる春宮の寝所で起きたその事件が看過などされるはずもなく、当然のように近衛による捜査がなされることとなった。 

 

 っていうか、黒幕は間違いなく彰鷹様が春宮になって面白くない一門、ってことなんだから分かり切っているような気もするんだけど。 

 

 ひとり居室で脇息に凭れ、ゆすらは思考を巡らせる。 

 

 でも、確たる証拠も無いのに追及するわけにはいかない、か。 

 

 事件から三日。 

 もう危険は無いと言いながら、兄も彰鷹もゆすらが部屋から出ることを禁じていることを考えれば、相手が一筋縄ではいかない相手なのだろうとゆすらにも想像がつく。 

 

 春宮が彰鷹様に決まっても、諦めていないとは聞いていたし、嫌味や嫌がらせは満載だったけど。 

 

 命を直接狙われた今となっては、日常の嫌味や嫌がらせなど小さなことに思える、とゆすらはため息を吐いた。 

「でも、千尋くんが居てくれるなら彰鷹様も安心かな」 

 今回の事件を捜査するため幾人もの舎人を指揮していた幼馴染の勇壮な姿を思い出し、ゆすらは頬を緩める。 

「千尋くんが、彰鷹様を裏切るなんて無いもんね」 

 それはもう絶対だ、と床に置いた絵巻物を広げようとして、ゆすらはあの夜床に突き刺さった矢を思い出し身震いした。 

「あんな仕掛けを彰鷹様の寝所に作れるって、誰なんだろ?昼間だって誰もが入れるわけじゃないし、警備だって・・・考えたくないけど、近衛に第二皇子派のひとが居るとか?もしそうなら、役職あるひとだよね」 

 可能性があるとするなら命じる立場にあるひと、とそこまで考えたゆすらはふと庭にひとの気配を感じ意識を研ぎ澄ませる。 

 

 誰かいる。 

 庭で作業、って感じでもないけど。 

 

 使用人が何かしているのか、それとも嫌がらせ部隊か、とゆすらはそっと立ち上がり、部屋の端に置いてある几帳の蔭から庭を盗み見た。 

  

 自分の庭なのに、盗み見にも慣れたわよね。 

 

 嫌がらせのために侵入して来る人物たちのお蔭で、気配の察知能力も上がった、とゆすらは遠い目になる。 

 

 なんていうか、益々普通じゃなくなっている気が。 

 

 まあそんな自分も嫌いじゃないし、何より近頃では彰鷹がそんなゆすらの変化を楽しんでいるようなのでそれでよしとする。 

 

 ええと、今日はどんな嫌がらせを・・・って、ええ!? 

 

 もう庭で何をされようと大抵の事には驚かない、と思ったゆすらはしかし、そこにとてつもなく派手な直衣を来た男の姿を認めて目を見開いた。 

 今までの侵入嫌がらせ実行部隊はすべて下女か下男であったというのに、今回の相手はとてつもなく派手でありながら仕立ての良さが遠目にも分かる直衣を着ている。 

  

 ちょっ・・まっ、待って公達が来るとか何事? 

 これも嫌がらせのひとつだったり? 

 あ、私の操が怪しいとするとかなんとか!? 

 

「おや、これはこれは。うっかりと貴女の庭に入り込んでしまいました。驚かせて申し訳ない」 

 ひとり混乱に陥ったゆすらにかかる、華やかな声。 

 気づけば、ゆすらは几帳から半分ほど姿がはみ出してしまっている。 

「こちらで何を?」 

 そんなゆすらを隠すよう素早く参上した小笹に感謝しつつ、ゆすらは几帳の蔭へと入り込み、そこから様子を窺った。 

「実は、私の飼っている猫がいなくなってしまいまして。夢中で探すうち、こちらへ迷い込んでしまったようなのです」 

 決して意図したことではないのだ、と、本当に申し訳なさそうに言う公達の眉は下がり、声も少し落ち込んだ風ではあるが、その身に纏う馥郁たる香もさり気ない仕草も華やかで、その公達がかなり高位の存在だと分かる。 

「猫、ですか」 

「ええ。このくらいの、真白き小さな猫なのですが。ご存じではないでしょうか?」 

 そして両手で猫の大きさを示すも、ゆすらには覚えが無い。 

「こちらで、そのような猫をお見かけしたことはございません」 

 そんなゆすらの前で、小笹がきっぱりと言い切った。 

 

 猫かあ。 

 身分あるひとが自分から探すなんて、よっぽど可愛がっているんだろうな。 

 無事、見つかるといいけど。 

 

 思いつつ、ゆすらは典雅に言葉を紡ぐ公達を見る。 

 

 それにしても、なんかすごいお衣装。 

 派手だけど下品じゃなくて、それどころか凄く優雅に着こなしてる。 

 ものっすごく派手だけど。 

 

 何ともいえず綺羅綺羅しい衣装なのに、着こなしてしまうのは凄い、とゆすらは感心して几帳の端から見つめてしまう。 

「そうですか。こちらに来たと思ったのですが、残念です」 

 肩を落とすその姿に、これは本当に相当に可愛がっている猫なのだろう、とゆすらはその無事を願わずにいられない。 

 

 だとしても、今私に出来ることは何もないし。 

 第一、迷い込んで来た、と言ったって、今のこの状況ですら、いつもの嫌がらせ部隊に知られれば中傷の対象間違いなしだし・・・って、そうだ嫌がらせ部隊は!? 

 ・・・ん、大丈夫。 

 今のところ、この公達以外の気配は無いわね。 

 

山桜桃ゆすら、という花をご存じですか?」 

「っ」 

 それに、彰鷹の立場を考えてもこれ以上この公達と関わってはいけないと判断し、その場を離れようとしたゆすらの耳に飛び込んで来た言葉。 

 自分と同じ名を持つその響きに、思わずゆすらの足が止まった。 

「とても美しく可憐な花です。今度、一枝お持ちしましょう」 

 それだけを約束のように言い置いて、公達は優雅な身のこなしで去って行く。 

「猫など、見え透いたことを」 

 その公達の後ろ姿を憎々し気に見つめる小笹に、ゆすらは首を傾げた。 

「見え透いた?」 

「猫が迷い込んだなど、嘘偽りに決まっています」 

「でもわざわざそんな・・何のために?」 

「こちらへ参るために、です」 

「え?じゃあ、やっぱり私の操が、とかそういう嫌がらせをするつもりで?」 

 さあっ、と青ざめたゆすらに、小笹は更に厳しい言葉をかけた。 

「嫌がらせで済めば、いい方かと。これはもっと悪辣な罠かもしれません」 

 今の状況を誰かが見ていて、ゆすらがどこぞの公達を招き入れている、などと噂が立てば春宮妃としての立場も危うくなる、と案じる小笹にゆすらは己の胸を打つ。 

「あ、それは平気だと思うわ。あの公達以外の気配を感じなかったから」 

「・・・・・」 

 気配を察知するのがうまくなったのよ、と笑うゆすらを小笹は呆然と見つめてしまう。 

「大丈夫よ。ちゃんと彰鷹様に報告して、どこの家の方なのかの憶測はしてもらうから」 

 益々、益々何だか私の姫様が、と呟く小笹の肩を叩き、ゆすらは力強く言い切った。 

 

 
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