14 / 28
十四
しおりを挟む「ええと。これはどういうことかな」
閉ざされた扉を前に、ゆすらは柳眉を釣り上げる。
ゆすらの怒りはまず一点、己が住まいである麗景殿から彰鷹の下へと行く途中、内廊下は諸事情により使えないと言われ、外からの道へと誘導された。
そして彰鷹の住まう梨壺側の扉が閉ざされているのを確認したゆすらは、ああ、またくだらないことを、と思いつつ麗景殿側へと戻った。
しかし、いつもならそこからも問題無く麗景殿へと戻れる筈が、今日はそちら側の扉までもが閉まっている。
つまり、今現在ゆすらは外に立ち尽くす以外方法が無い状況に置かれている。
当然のことながら、麗景殿の使用人達はゆすらが梨壺へ向かった事を知っており、主が戻らないのに扉を閉めることなど有り得ない。
「これは。身内に裏切者が居るってことね。まあ、裏切りっていうか元から向こう側なのだろうけど」
仕方の無い、と呟くも胸は思うよりも痛む。
入内が決まってから、ゆすらに仕えることになった女房も多いがため、こういった事態が発生する可能性はあると言われてもいたし、覚悟もしていたつもりだけれど、実際に遭遇すると辛い、とゆすらは深い溜息を吐いた。
「一体誰が、このようなことを」
ゆすら同様衣を被ぎその傍に付き従う小笹も、信じられないものを見たかのように、閉ざされ、向こう側から深く閂の下ろされているのだろう門を諦められない様子で幾度も押す。
「小笹。そんなにしても開かないから」
そう言って小笹の肩に手を掛けたゆすらは、その身体が熱いことに気が付いた。
「小笹。こっち向いて」
そして、無理にも向かせた顔は赤く、息も荒くなっている。
慌ててその額に手を当てれば、それが常とは思えないほどに熱い。
「申し訳ありません。ゆすら様にはおうつししないよう気をつけ・・・」
「そんなの気にしなくていいから!」
自分こそは気づけなくてごめんと心のなかで言いながら、ゆすらはぐっと唇を噛んだ。
春宮唯一の妃、左大臣家の強い後ろ盾のある妃と言われても、このような暴挙に出られれば何をすることも出来ない非力な自分が悔しい。
「でもね。私は、私に出来ることで皆を守るの!」
自分にもっと力があれば、出来ることはもっと多いのだろう。
だけれど、今の自分にはそれほどの力は無いから。
だから、今の自分の全力で打開してみせる、とゆすらは懐から短刀を取り出した。
「守られるだけじゃ駄目だけど、ひとりじゃ無理だから力を貸して!」
叫ぶように言い、短刀を握り締めたゆすらの頬にかかる小糠雨。
常ならば心地いいと感じるそれも、今のゆすらには焦燥でしかない。
「ゆすら様、こちらの衣もお被りあそばして」
それなのに小笹は、自分の衣さえもゆすらに被せ雨を避けさせようとする。
「小笹。それは自分でちゃんと被って、これ持ってちょっと離れていて」
言いざま、ゆすらは短刀を鞘から抜くと、その鞘を小笹へと渡し扉と対峙した。
「短刀さん、刃こぼれしないでね・・なんて無理かな」
目の前にある頑健な扉を見、向こう側にある強固な閂を思って、ゆすらはこの短刀で果たして破れるのかと不安に思う。
「貴人様方を守る門だものねえ。そう簡単には破れそうにない、けどやるしかないのよ」
自分を鼓舞するように言い、ゆすらは気合を込めた。
「為せば成る!無理も通せば是真実!」
そして、気合一閃。
ゆすらは、全体重をかけて扉の閂目掛けて突撃した。
がきっ。
凄まじい音と共に、腕がじんじんと痺れる衝撃を受けるも、ゆすらは怯むことなく二撃、三撃と繰り返す。
「ゆすら様っ!」
身体をよろめかせ、息を荒くするゆすらを案じるよう小笹がその手を掴むも、ゆすらはただにこりと微笑み返した。
「大丈夫。あと少しだから、もう少し待って」
そして。
「これで最後!はあっ!!」
鬼気迫る掛け声と共に、身体ごと扉へと突き込んだ瞬間。
きい、と降参の音を立てて扉が開いた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

ようこそ安蜜屋へ
凜
歴史・時代
妻に先立たれた半次郎は、ひょんなことから勘助と出会う。勘助は捨て子で、半次郎の家で暮らすようになった。
勘助は目があまり見えず、それが原因で捨てられたらしい。一方半次郎も栄養失調から舌の調子が悪く、飲食を生業としているのに廃業の危機に陥っていた。勘助が半次郎の舌に、半次郎が勘助の目になることで二人で一人の共同生活が始まる。
ナポレオンの妊活・立会い出産・子育て
せりもも
歴史・時代
帝国の皇子に必要なのは、高貴なる青き血。40歳を過ぎた皇帝ナポレオンは、早急に子宮と結婚する必要があった。だがその前に、彼は、既婚者だった……。ローマ王(ナポレオン2世 ライヒシュタット公)の両親の結婚から、彼がウィーンへ幽閉されるまでを、史実に忠実に描きます。
カクヨムから、一部転載
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……
黄昏の芙蓉
翔子
歴史・時代
本作のあらすじ:
平安の昔、六条町にある呉服問屋の女主として切り盛りしていた・有子は、四人の子供と共に、何不自由なく暮らしていた。
ある日、織物の生地を御所へ献上した折に、時の帝・冷徳天皇に誘拐されてしまい、愛しい子供たちと離れ離れになってしまった。幾度となく抗議をするも聞き届けられず、朝廷側から、店と子供たちを御所が保護する事を条件に出され、有子は泣く泣く後宮に入り帝の妻・更衣となる事を決意した。
御所では、信頼出来る御付きの女官・勾当内侍、帝の中宮・藤壺の宮と出会い、次第に、女性だらけの後宮生活に慣れて行った。ところがそのうち、中宮付きの乳母・藤小路から様々な嫌がらせを受けるなど、徐々に波乱な後宮生活を迎える事になって行く。
※ずいぶん前に書いた小説です。稚拙な文章で申し訳ございませんが、初心の頃を忘れないために修正を加えるつもりも無いことをご了承ください。
江戸の櫛
春想亭 桜木春緒
歴史・時代
奥村仁一郎は、殺された父の仇を討つこととなった。目指す仇は幼なじみの高野孝輔。孝輔の妻は、密かに想いを寄せていた静代だった。(舞台は架空の土地)短編。完結済。第8回歴史・時代小説大賞奨励賞。

葉桜よ、もう一度 【完結】
五月雨輝
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞特別賞受賞作】北の小藩の青年藩士、黒須新九郎は、女中のりよに密かに心を惹かれながら、真面目に職務をこなす日々を送っていた。だが、ある日突然、新九郎は藩の産物を横領して抜け売りしたとの無実の嫌疑をかけられ、切腹寸前にまで追い込まれてしまう。新九郎は自らの嫌疑を晴らすべく奔走するが、それは藩を大きく揺るがす巨大な陰謀と哀しい恋の始まりであった。
謀略と裏切り、友情と恋情が交錯し、武士の道と人の想いの狭間で新九郎は疾走する。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる