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十二
しおりを挟む「彰鷹様、何か凄く偉いひとに見えた・・・って、ほんとに凄く偉いひとなんだけど」
正式に帝と後宮の主だった面々に挨拶をした後、彰鷹とも対面を終えたゆすらは漸く緊張から解かれ、自室に戻るなり崩れるように座り込んだ。
「元から威厳はあると思ってたけど、何かほんとに違う。場所とかお衣装とかのせいもあると思うけど」
並み居る側近を従えて、一段高い畳の上に威風堂々座るその姿は威容を誇り、ゆすらを圧倒した。
「何か今思い出してもこう、ほんとに彰鷹様?って言いたいくらいだった」
私的にしか彰鷹と会ったことのなかったゆすらは、物凄い衝撃だった、とそのまま床に倒れ伏す。
「ああ、それはこちらに!」
「ご寝衣はどちらですの!?」
「香はきちんと焚きしめられておりまして!?」
そんなゆすらの周りで、女房達が忙しく立ち働いている。
香かあ。
彰鷹様の香、凄くいい香りだったな。
教えてもらうのが楽しみ。
などと呑気に彰鷹の香の香りを思い出したゆすらは、次の瞬間はっとして起き上がった。
今夜、私がその香りに包まれる予定なのでは!?
「姫様・・いえ、お妃様。さ、お湯を使いましょう」
そんな、突然の緊張感に包まれるゆすらを誘導し、小笹はさっさと準備を進めていく。
「な、なんか。震えが」
「大丈夫でございますよ。すべて殿方にお任せすればいいのです」
にっこり笑顔で答えられるも、具体的には何も分からないゆすらは何をどう殿方に任せるのかさえ想像できず、只管に緊張し続けた。
「・・・おしずまりませ」
そして、静かに訪れた夜。
彰鷹とふたり、寝具へと誘われたゆすらは、自分が纏っている真っ白な寝間着が高灯台から漏れる灯りに映えるようで恥ずかしく、彰鷹の目を意識して自然と身体に力が入ってしまう。
やがて下がりゆく女房が持つ高坏の灯りも遠ざかって、周りは薄闇に包まれる。
「ゆすら」
緊張のあまり下を向いたままのゆすらは、彰鷹の声に心臓が跳ねるのを感じた。
こ、ここって春宮の寝所で、春宮っていうのは次の帝だからとっても偉いひとで。
わあ。
私、凄い所に来ちゃった。
自身、正式に春宮妃となったことも忘れ、大混乱を来しているゆすらに彰鷹がそっと近づいた。
「っ」
「しっ・・・何か、妙な音がしないか?」
「へ?」
思ってたのと違う彰鷹の言葉にゆすらがそっと顔をあげれば、緊張を孕んだ彰鷹が隙無く周囲を窺っている。
「まずいな。今夜あたり来るのか?」
その偽りの無い真剣な表情に、ゆすらは飲みこまれるように尋ねずにいられない。
「く、来るって何が?」
音にしてしまえば更なる肌寒さを感じ、知らず自分の腕を擦るゆすらに、彰鷹が意味深に笑った。
「聞いてはいないか?宮中は、ひとの恨みの吹き溜まりだと。罠に嵌って失脚させられた者や殺された者、それら無念のうちに死んで行った者達の魂が時折舞い戻って来る」
「っ・・き、聞いたことは、あります」
物語の題材としても読んだことがある、と周りを見たゆすらは、闇と灯りが織りなす光と影の動きや、光のまったく届かない場所にある漆黒の闇に恐怖し、思わず彰鷹の袖を掴んだ。
「そうか。まあ、魑魅魍魎のようなものだな。それらを見たことは?」
「ありません」
「ならば、これから見放題だな」
何処か楽しそうに言われ、ゆすらは涙目で彰鷹を見あげる。
「何でそんなに平気なんですか。っていうか、むしろ楽しそうだし」
「俺は、生きている者の方が怖いからな」
「ああ、まあ、それは確かに。でも、魑魅魍魎見ちゃったり、呪われたりするのも怖くないですか?」
「何だ。水干着て走る姫でも怖いのか」
「悪かったですね」
揶揄うように言われ、ふい、と横を向いてから、その視線の先にあった漆黒の闇に蠢く何かが見えてしまいそうだ、と慌てて彰鷹に向き直ったゆすらが見たのは、思わずといった様子で吹き出した彰鷹の笑み。
「わ、悪い。これほど信じるとは思わなかったものだから」
その言葉が意味するものに、ゆすらは恐怖も忘れて怒りを覚えた。
「は!?え!?嘘なんですか!?」
途端、信じられないものを見るように見られた彰鷹は、慌てたように弁解を繰り出す。
「い、いや、これは。緊張している風だったから、少しでも和ませようとだな」
「和ませる!?こんな恐怖話で!?あり得ませんよね、そんなの!」
ぷりぷり怒るゆすらが、信じられない、と掴んでいた彰鷹の袖を放せば、それ以上離れることは許さないとばかり、彰鷹がゆったりと抱き込んだ。
「悪かった。機嫌を直せ」
「むう。怖がるの見て楽しむとか、趣味悪いです」
「ゆすらにしかしない」
離れようとするゆすらと、それを拒む彰鷹の間で起きた攻防戦は、やがてあっさりと終結する。
「それに、まるっきり嘘という訳でもない」
「え?」
「まあ、俺自身は見たことないけどな。そういうことだ」
「それってつまり、見えるひとには見えちゃう、みたいな?」
「まあ。居たとしても見えなければいいんじゃないか?」
「いたとしても!?」
思わず絶叫しそうになったゆすらは、慌てて彰鷹に抱き付くことでその声を抑え、そのまましっかり彰鷹に抱き付いた。
「ああ、こうしていれば問題無い」
「意地悪されたことは忘れません」
強気で言うも、彰鷹にしがみ付いた状況では意味無いと思いつつ、ゆすらは離れることが出来ない。
「怖がらせて悪かった。未だ怖いか?」
「・・・少し。だって、あの闇から、何かがのそりと出て来そうで」
掠れるような声で言うゆすらを愛しそうに抱き寄せ、彰鷹はその背を優しく叩く。
「大丈夫だ。俺が居る。何があっても、ゆすらは俺が護るから」
その言葉に、ゆすらがぴくりと反応した。
「彰鷹様。お守りするのは、私の方です」
「何を莫迦な」
「莫迦ではありません。この国を担って行く彰鷹様こそ、誰よりも守られるべき存在とご自覚ください」
「そんなまた、小難しい言葉を」
そんな必要は無いと言い切る彰鷹に、ゆすらは真正面から向き合った。
「それが現実です。私よりも彰鷹様が大事。はい、復唱」
「ゆすら」
「復唱ですよ、それ違いますから」
「分かった。ならば、俺もゆすらも守る、それでいいか?」
「むう。では私も、彰鷹様も自分も守れるよう努力します」
「ありがとう。さ、もう横にならろう」
そう言うと彰鷹は、ゆすらをしっかりと抱き込んで褥に横になった。
「心地悪くはないか?」
「は、はい。大丈夫、です」
力強い腕に抱かれ、実際には心地悪いかどうかなど分からないほどゆすらの鼓動は跳ね上がる。
どうしよう。
どきどきが止まらない。
誰かの胸に抱かれて褥に横たわるなど当然初めてであり、これから何が起こるのか予想も出来るゆすらの鼓動は止まることを知らずに激しくなっていく。
山が燃えるよう、って言うけど本当かな。
思いつつ、それでも何とかじっとしたまま彰鷹の次なる行動に身を任せようと覚悟したゆすらは、聞こえた言葉に思考を停止した。
「ゆっくり眠るといい」
は!?
え!?
今夜という日の、その意味は。
思いつつ、ゆすらは優しく髪や背を撫でる彰鷹の手の心地良さに身を委ね、そのまま深い眠りへと落ちて行った。
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