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五
しおりを挟む何よ、その目。
姫が水干を着るなんて信じられない、って?
姫らしくない、と幾度となく言われたことを思い出し、ゆすらは凛と顔をあげる。
「だったら何でしょう?もしかしなくても、そうですけれど?」
「いや、聞きしに勝ると。水干とは俺の予想の斜め上だったと思ってな」
「そうですか。どんな予想をしていたのか知りませんけど、私には関係ないので失礼します」
女性が水干を着ていても特に何とも思わない様子だったのに、姫なら許せないのか、とゆすらはひとりぷりぷりと怒りまくった。
「短気は損気と言うぞ」
「なっ。それこそ関係な・・なんですか?ひとのことじろじろ見て」
どうせ碌な事は言われないと思いつつも、男性と言えば兄の日垣か千尋しか知らないゆすらは、公達に頭の天辺から足の爪先まで見つめられてきまりの悪さを覚え、数歩後ずさってしまう。
「いや。似合うものだと思って。女人に水干もありなのだな」
そんなゆすらをしげしげと見た公達は、そう言って楽しそうに笑った。
「は?え?・・ありがとう・・ございます」
水干姿が似合うなど、普通の姫であったなら絶対に喜ばない言葉であるが、ゆすらにとっては違う。
予想外に初めて自分を認められたようで嬉しく、その気持ちのままゆすらは面映ゆい思いで素直に礼を言った。
「それにしても。何故水干なのだ?」
「動きやすいからです」
男でも身分の高い者は余り着ない装束を選ぶ理由は何かと問われ、ゆすらはきっぱり言い切った。
「なるほど。確かに、直衣などより動き易いか。ましてや、袿や五衣など、確かに動きづらそうだ」
ゆすらの言うことはもっともだと言って、公達がまた笑う。
「で、でも私も普段はそういうもの。袿などを、きちんと着ています」
水干を着るのは剣の稽古の時くらいで、今日着ているのだって移動距離が長かったからだ、とゆすらは懸命に主張して、そんな自分がおかしくなった。
いやだ。
別に、こんな風に必死に弁明することなんてないのに。
どうせ、今日を限りに会うこともない相手に何をと苦笑するゆすらの前で、公達がその懐から笛を取り出した。
「俺と、合わせてみないか?」
ゆすらの手にある琵琶を見、ゆすらの目を見てそう申し出た公達を、ゆすらは戸惑いを込めて見返す。
初対面の公達とこのように堂々顔を見せ合って演奏するなど姫として有り得ない、とゆすらでさえ理解している事柄を、出仕しているのだろう公達が知らない筈も無い。
ゆすらを蔑視しているのかとも取れる言動ではあるが、公達の瞳にそのような色は無い。
ただ純粋に合わせたいと思っているのだと感じられて嬉しく、何より自分も合わせてみたいと思う。
このひと、どんな音色を奏でるんだろう。
思えば聞きたくて堪らず、ゆすらは諾と頷いた。
「わかりました。一曲だけ」
そして満開の桜の下に敷かれた毛氈に座して体勢を整え、対して立ったまま笛を構える公達と目配せし合ってそれぞれの楽器を奏でる。
凄い。
心地いい。
公達の笛と自分の琵琶がまるで歌い合っているかのような一体感を感じ、ゆすらはうっとりと目を閉じた。
だから知らない。
その時、一心に琵琶を奏でるゆすらを見つめる公達の瞳が特別な光を宿したこと、そして優しくゆすらを見つめていたことを。
蒼穹に映える桜舞うなか溶け行くふたつの音色。
やがて名残惜しく最後の一音が風に消え、余韻を楽しむように桜の花びらがゆすらの髪に舞い降りた。
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