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二
しおりを挟む「姫様、入内されたらさぞ窮屈な思いをされるでしょうね」
「そうね。こちらでのように書物や絵巻物を思い切り広げて読むなんて出来ないでしょうし」
「その前に。そもそも姫が書物なんて、と言われるのではありませんか。絵巻物だけならいざ知らず、ゆすら姫様は漢詩にも興味がおありだから」
今日もいい汗かいた、と剣の稽古を終え、部屋に戻る途中耳にした声とため息に、ゆすらはぎょっとなった。
「ね、ちょっと待って。それって、入内したら書物が自由に読めない、ということ?」
にゅ、と顔を出していえば、突如出現したゆすらに、女房達が目に見えて動揺する。
「ひ、姫様。剣のお稽古だったのでは?」
ほほほ、などと上品ぶって笑ってみせても、ゆすらが追求の手を緩める事は無い。
「今のは本当?宮中では、書物も自由に読めないの?」
真実を確かめようとゆすらが尚も質問するも、それに対して実のある返事は得られず、女房達は曖昧に笑うばかり。
「ここであなた達に言っても仕方ない、か」
そんな女房達にため息を吐いて、ゆすらはくるりと踵を返した。
「確か、今日はもう帰って来る頃よね」
だからこそ自分も剣の稽古を早く切り上げたのだから、とゆすらは日垣の部屋へ向かう。
「姫様!ま、まさか大臣にお聞きになるのですか!?」
それはお待ちくださいと慌てる女房達の声を背に、ゆすらは広い廊下を進んだ。
「書物が自由に読めない?書物でさえそうなら、剣の稽古なんてとんでもない、ということよね」
ゆすらは、自分が規格外の姫だという自覚がある。
剣を持つ姫など都中何処を探しても他におらず、この邸のなかでさえ異様だと言われていることも知っている。
それでも、ゆすらは剣を持つ事が好きだった。
そして、書物を読むことも。
「でもそうよね。宮中なんだもの。考えてみれば、当たり前のことだわ」
ゆすらにとって、窮屈で堪らない姫としての生活。
入内して春宮妃となるということは、その代表格のような存在になるということに他ならない。
御簾の奥深く守られているべき春宮妃が、剣を振るう。
思えば、そのような事許される筈も無い。
宮中へ行けば、今までのような自由な生活は送れないと知っていたつもりだった。
しかし。
「書物も剣も駄目なんて。私に死ねと言うのと同義よ」
呟くゆすらの言葉を聞けば、千尋などぎょっとして目をむいてしまったことだろう。
しかしゆすらは、本気で相手となる皇子に時には剣の稽古をしたいと申し出るつもりでいた。
申し出ることは可能であろう、かなり制限はされても何とかしてもらえるだろう、と。
「莫迦だな、私。そんな筈なかったのに」
そして今、己が現実を捉える未熟さを憂いながら、それでも間にあってよかったとゆすらは思う。
「入内してしまったら、もう何も言えないものね」
だからこそ、正式に決まるその前に打開策を講じなければ、とゆすらは日垣の部屋へと向かいながら、光速で思考を回転させ続けた。
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