男しかいない世界に転生したぼくの話

夏笆(なつは)

文字の大きさ
上 下
66 / 72

六十六、再会

しおりを挟む
  

 

 

「あー」 

 今ぼくは、扉を見つめて『ぼくって馬鹿だな』と、しみじみ思っている。 

 だって、だってである。 

 ぼくはちっさいので、扉の取っ手に手が届かない。 

 だから、部屋を出る時は棚を利用した。 

 この棚が、どっしりとした物だったから、ぼくが扉を開けるのに大活躍をしてくれたわけなのだが。 

 その棚が、廊下側には、無い。 

 いや、廊下のところどころに、花を飾るんだろうなって、何も飾られていない棚はあるんだけど、客室の扉の隣には無い。 

 そして、扉はきっちりと閉まっている。 

 当然だ。 

 ぼくが部屋を出た後、扉が部屋の外側に開くのをいいことに、ぱったんと締めたのだから。 

 

 もう。 

 普通、こういう処は内側に開くようになってんじゃないの? 

  

 扉の閉まる音で、カシムが起きた様子の無いのを安堵した、過去のぼく。 

 『棚を使って扉を開くなんて、ぼくって結構凄いんじゃないか?』『発想力、素晴らしくないか?』なんて思っていた過去の自分を殴りたい。 

 

 帰りのことも、考えろよな。 

 扉、自力で開けられないだろうが。 

 

「ひゃあ」 

 がっくりと項垂れても、取っ手は低くならない。 

 しかも『はあ』って発音できないから、何とも間抜けな響きになって、余計に辛い。 

 でも、いつまでも廊下で項垂れているわけにもいかないし、何より今のぼくには、怪しい男達のことをカシムに報告するという重大な使命もある。 

「ちかたにゃい。かちむ、ゆるしぇ」 

 小さく呟き、意を決して扉を叩こうとしたぼくは、その扉へと激しい足音が近づくのに気づいて、思い切り横へ飛んだ。 

 そして次の瞬間、大きく開かれた扉を、ぼくは、どきどきと見つめる。 

 

 あっ、危ない。 

 ほらみろ。 

 やっぱり、こういう客室の扉は、内側に開くように作るべきなんだよ。 

 ああ。 

 驚いた。 

 

「ジェイミー!すまない!怪我は無いか?だが、起きたらジェイミーが居ないから、気が動転してしまって」 

 言いながら、カシムがぼくの手足をさすって、怪我が無いことを確認してくれた。 

「らいじょぶ」 

  

 大丈夫だ、カシム。 

 驚いただけで、痛いところは、どこも無いから。 

 

「かちむ。じぇいみぃ、あやちいしと、みた」 

 それよりもと、気が急くままに報告しようとしたぼくを、カシムがきょとんとした顔で見る。 

 

 お。 

 そういう顔も、可愛いなカシム。 

 

「え?・・・・と、とにかく部屋に入ろうか。ジェイミー」 

「う」 

 それもそうか、廊下でするような話では無かったなと思いつつ、ぼくは、カシムに回収されて、無事に部屋へと戻った。 

 

 はあ。 

 一安心。 

 

「それで?ジェイミー。怪しいひと、というのも気になるけど。そもそも、どうして廊下に出たの?」 

「ごふじょ」 

「ああ。ご不浄か。私を起こせばよかったのに。それに、どうやって出たの?取っ手には、手が届かないよね?」 

 不思議そうに尋ねて来るカシムに、ぼくは胸を張って廊下へと出た経緯を語る。 

 棚を足場にして、取っ手を掴んだのだと。 

 つい先ほどまで、帰りのことを考えなかった馬鹿だと思っていたことなど、もう微塵も気にならない。 

 ぼくは、今を生きるのだ。 

「しょれで、あやちいしと、みた」 

 続けてぼくは、怪しい男達を見たことも語る。 

 すると、カシムの秀麗な眉が、どんどん寄っていく。 

「・・・・・隠し扉に隠し部屋。そこで、小麦の袋を運び出していたか。それは、怪しいね。それも、青い鹿の印があったとなると」 

 難しい顔で、暫く考え込んでいたカシムが、何かを決意したように顔をあげる。 

「ジェイミー。この宿、一週間ほど貸し切りにしよう」 

「ふぇ?」 

 そして告げられた、ぼくにとっては意外すぎるその言葉に、ぼくは間抜けな顔でカシムを見上げてしまった。 

 

 え? 

 だって、隠し部屋とかを証拠に、悪党を捕かまえるんじゃないの? 

 え? 

 違うの? 

 

 

 

「・・・ごめんね、ジェイミー。七日も部屋に閉じ込めて。それに、おうちに帰るのも遅くなってしまうし」 

「んん。かちむ、わるない」 

 自分は何も悪くないのに、そう謝罪の言葉を口にして肩を落とすカシムに、ぼくは力強く首を横に振った。 

「ありがとう。ジェイミーに『かちむ、わるない』って言われると、本当にほっとする」 

「しょれは、よかっちゃ」 

 カシムがこの宿を貸し切りにしたのは、あの秘密の扉と秘密の部屋を見張るためだった。 

 あの日以来、何の動きも無いけれど、証拠を隠滅されても困るってカシムは言っていた。 

 何でも、青い鹿は、この辺りの領主をしている貴族の紋章に使われているとかで、ここの領主に訴え出ても、その領主が黒幕の可能性があるんだって、カシムは教えてくれた。 

 

 そりゃ、悪の親玉に訴えても、こっちが危険になるだけだよな。 

 

「でも、もうそろそろ、報告が来るから。もう少し、我慢してね」 

「う」 

 ここの宿屋の主人には、ぼくが体調を崩したと伝えて滞在を延ばしたので、元気に走り回るわけにもいかないのが辛いけど、あの日、怪しい男達を警護の騎士さんも外で見かけていて、ひとりは密かに後を追っていたとかで、秘密の集積場所とか、運ばれている経路なんかは、随分判明したと、カシムが言っていた。 

 流石、本職。 

 それで、そんな怪しい男達の所業をばっちり見てしまっているぼくは、危険でもあるので、保護の意味もあってのお部屋生活らしいので、文句を言うつもりはない。 

 カシムが、ちゃんと遊んでくれるし。 

 

 この地の領主ごと怪しいってことで、ここからは距離のある王城に、密書を届けてもらっているってカシムは言っていたからな。 

 他国の王族が絡むと嫌がられるだろうっても言っていたけど、国内の犯罪を見過ごすような王様じゃないといいな。 

 まあ、逆に、ぼく達を怪しいと思うかも知れないけど、調べてくれれば、嘘言っていないって分かると思うし。 

 てなことを考えていると、外で馬のいななきが聞こえた。 

 

「おしょと、おうましゃん、きた」 

「そうだね。馬が数頭、来たようだ。伝令かもね」 

 待ちに待った国王からの伝令かと、ぼくとカシムは期待に胸を膨らませる。 

 傍に控えていたナスリさんが、素早く外へ出て行く。 

「説明は私がするから、ジェイミーは、何も心配すること無いからね」 

「う。よろちく」 

 

 ぼくの拙い言葉で、国王の伝令が理解してくれるか分からないからな。 

 ちゃんと理解してくれて、隠し扉も隠し部屋も確認してくれているカシムに頼むのが一番だ。 

 ぼくは、いい子で大人しくしていよう。 

 

「ジェイミー!ジェイ!」 

「え」 

 そしていよいよ扉が叩かれ、ナスリさんの案内で入って来た、伝令と思しき人物。 

 そのあまりに意外な相手に、ぼくはあんぐりと口を開けた。 

 
~・~・~・~・~・~・
いいね、お気に入り登録、しおり、ありがとうございます。
今年、最後の更新になります。
一年、本当にありがとうございました。
佳いお年を、お迎えください。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です

新川はじめ
BL
 国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。  フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。  生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。

イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。 力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。 だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。 イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる? 頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい? 俺、男と結婚するのか?

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

処理中です...