8 / 72
八、衣装選び
しおりを挟むん?
なんか、見渡す限り白い霧みたいなのに覆われていて、何も見えないんだけど・・・ここはどこだ?
寒くもなく暑くもない真っ白な世界で、ぼくはひとり歩いていた。
赤ん坊のぼくは、未だ歩けない筈、なんて頭の片隅で思いながら、しっかりとした足取りで歩いて行けば、やがて霧の晴れたそこは、まさしくぼくにとっての理想郷だった。
・・・・・おお。
ここは、アイスの世界か!?
硝子の大きなテーブルに、色々なアイスが並んでいるのを見たぼくは、大盛り上がりでスプーンを手にする。
ヘーゼルナッツにダークチェリー、チョコもミルクもチョコミントもある!
それぞれが盛り付けられている器もきれいで、見ごたえ充分。
さて、何から食べよう!
「・・・おう!」
「おお、ジェイミー。起きたか?」
久しぶりのアイスにときめきながら、早速とスプーンで掬おうとしたぼくは『食べよう!』と言った、自分の声で目を覚ました。
ああ・・・夢か。
「さあ、じゃあジェイミーも行こう。母様達が待っているからね」
アイスが食べられなかった、がっかりな気持ちが溢れるけど、優しく抱き上げられ、白湯を飲ませてもらい、更に父様に頬擦りまでされれば、アイスへの未練は、割と簡単に断ち切れる。
固執したって、食べられない物は食べられないからな。
諦めも、肝心ってことだ。
無いものは無い。
でも、いつか必ず作ってやるから、待っていろアイス。
「ちーうえ」
「よしよし、いい子だ」
心の中で決意したぼくは、父様の強い腕に抱かれて、お昼寝をしていた部屋を出ると、長くて広い廊下をだっこで進んで行く。
陽が差し込んで、花が飾られて、清潔で。
ほんとに、幸せな空間だよな。
行き交う使用人さん達は、父様とぼくに礼をして、父様もそれに軽く手をあげたり、簡単な言葉を掛けたりして答えている。
「あ・・うー」
そんな関係が素敵だと思うから、ぼくも笑顔で挨拶をすれば、みんなも満面の笑みを返してくれた。
「あっ、あっ、うっ!」
「ご機嫌さんだな」
「あー!」
片手をあげて、幸せだと言えば、父様も優しく微笑んでくれる。
父様、大好き!
もちろん、母様も兄様達も好き!
みんな、大好き!
・・・ところで、今日は何をするんだろう。
母様達が待っている、って言っていたけど。
何をしているのかな・・・って。
え。
「お待たせの、ジェイミーのお目覚めだ」
そう言いながら父様が入った部屋には、布が溢れていた。
な!
生地屋さんでも始めるのか!?
「ふふ。ジェイ、驚いた?」
「ジェイ。今日は、ジェイの誕生日会の衣装を作るんだよ」
「布から選ぶんだぞ。ジェイは、どれが好きだ?」
「じぇい、なにいろがにあうかな」
既に、幾枚かの布を選んでいるらしき母様と兄様達を見て、ぼくは自分の間違いに気づく。
衣装選び!
そうか、生地屋じゃなかったか。
しかし、家に商人を呼んでっていう発想、ぼくの記憶にはないな。
これが貴族かと、ぼくは感心しきりで布の海を眺めた。
色も様々で、織り方も様々なんだろうとは思うけど、正直よく分からない。
「なあ。クリフ、イアン、ジェイ。みんなの色を、みんなで身に着けるっていうのはどうだろう?」
「お、それいいな!んじゃあ、袖は兄貴の金色か緑色・・・って、緑色は俺の色でもあるか。んじゃ、金色と緑色、それにイアンの赤とジェイの碧を、袖とか襟とか、それぞれに使ったらいいんじゃないか?」
「じゃあ、くつも」
いや、ちょっと待て!
みんの色っていうのはいいけど、袖と襟と身頃が違う色って、大丈夫なのか?
ぼくなんて、こんなにちんまいんだぞ?
色の見本市みたいになったりしないか!?
「まあ!それは素敵ね!それじゃあ、基本の形を同じにして、それぞれの色の宝石を身に着けて。他の兄弟の色も、何処かに入れましょうか」
「父様と母様の色もな」
いやいや父様。
ぼく達兄弟の色を全部入れれば、父様と母様の色網羅だから!
心配いらないって。
「おれの、あかも、いれるの?みどりだけじゃ、なくて?」
父様の主張に、思わず半目になってしまったぼくは、イアン兄様の戸惑うような声に固まった。
そうだ!
イアン兄様、自分の髪が赤いこと、すっごく気にしているんだった。
父様も母様も持たない赤色。
それは、父様の弟であるハロルドおじさまの色だってことで、色々影口を言われてきたイアン兄様は、とても傷ついていた。
最近、すっかり打ち解けていたから、忘れてた。
そうだよ。
あんなに傷つけられて、すぐに癒える訳がないじゃん。
「いぃにいに」
「当たり前だろう?赤は、イアンのきれいな髪の色なんだから」
「そうだぞ、イアン。イアンの赤は、紅玉かな。柘榴石かな」
「じぇい・・それに、かーるにいさま、くりふにいさまも、ありがと」
涙をうっすらと浮かべるイアン兄様を、母様と、それからぼくをだっこしたままの父様が抱き締める。
そもそも、赤い髪っていうのは、父様のおじい様、つまりぼく達兄弟のひいおじいさまの色だっていうんだから、ちゃんと正当性があるじゃないか。
口さがない奴らめ。
いつか、ぎゃふんと言わせてやる。
「いぃにいに・・いいこ」
だからぼくも、イアン兄様を短い腕で懸命に抱き締めて、それから、やわらかな赤い髪を撫でた。
「いいこ、って!ジェイ、またお話しできる言葉が増えたのね!」
「ぐっ。またイアンが一番」
「何言ってんだよ。兄貴は『あーと』って一番に言ってもらっただろ?俺なんて『・・・も・・・』だけなんだからな!・・・それでも嬉しいけど」
兄様達が、また平和な言い争いをしている。
いや、ぼくが原因なんだけど、それで険悪になるわけでもなし、話の種を提供していると思えば、これも潤滑油なのではと、ぼくはひとり納得しながら、一枚の布に手を伸ばした。
「なっ。ジェイ!?なんで、紫の布を!?」
「ジェイ、まさかカルヴィンの色だからなのか!?」
「じぇい!そうなの!?」
え。
いや、きれいな色だなって思って。
「ジェイ。ジェイミー。クロフォード公爵子息が気に入っているというのは、聞いている。だが、あの子息は、ジェイが『あいしゅ』と言ったのを、受け入れなかったんだろう?忘れなさい。そんな奴」
「もう、ブラッド。ジェイは、未だ赤ちゃんなのよ?」
「そうは言うがな、アレックス。クロフォード公爵子息は、八歳だろう?私は九つで、君に本気の恋をしたんだぞ?」
へえ!
父様と母様って、幼馴染みなのか!
その話、もっと詳しく聞きたい!
「それは、そうですけど」
「だろう?よって、奴の色である紫は却下だ。いらぬ誤解を招く原因は、徹底的に排除する。ジェイ、分かったな」
「う!」
別に、カルヴィンの色を身に着けたかったわけじゃなし、周りの人が誤解しないように、ってことなら理解できるし、何も問題無いと、ぼくは両手をあげて頷いた。
分かったから、父様、安心してくれ。
紫、身に着けない、絶対、だ。
鬼気迫る様子で言う父様に、内心で苦笑していたぼくは、後日、もっと鬼の形相になる父様を見ることになるなんて、この時には思いもしなかった。
~・~・~・~・~・~・
いいね、お気に入り登録、しおり、ありがとうございます。
78
お気に入りに追加
173
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
彩雲華胥
柚月なぎ
BL
暉の国。
紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。
名を無明。
高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。
暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。
※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。
※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。
※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です
新川はじめ
BL
国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。
フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。
生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。
イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。
力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。
だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。
イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる?
頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい?
俺、男と結婚するのか?
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい
オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。
今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時―――
「ちょっと待ったー!」
乱入者の声が響き渡った。
これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、
白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい
そんなお話
※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り)
※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります
※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください
※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています
※小説家になろうさんでも同時公開中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる