25 / 32
二十四、ピエレットと護衛騎士、そして孔雀のぬいぐるみに仮住まいのエヴァリスト
しおりを挟む「お嬢様。あのご令嬢は、一体何をなさっているのでしょうか。今日、こちらへ入園の許可が下りているのは、お嬢様だけだと伺っているのですが」
「っ!」
こそりと背後から問われ、ピエレットは危うく声を出しそうになるのを何とか堪える。
そ、そうでした。
護衛がふたり、後ろから付いて来ていたのでした・・・・・!
「あ、あれは、アダン子爵令嬢です。以前、騎士団でお会いしたことがあるので、間違いないかと」
「・・・あれが」
ピエレットがそう言っただけで、護衛騎士が纏う気配に、アダン子爵令嬢に対しての嫌悪が混ざった。
その事実に満足して、エヴァリストは内心で頷く。
『よしよし。護衛騎士は、完全にあの女を要注意人物と把握しているな。この様子だと、護衛騎士全員に、きちんと説明がなされたのだろう』
あの騎士団でのアダン子爵令嬢の行為を、エヴァリストは即座に両親に報告し、デュルフェ公爵家として正式に抗議を行った。
同時にバルゲリー伯爵家とも連絡を取り合い、バルゲリー伯爵家としても抗議文を送ったことは知っていたが、この分だとバルゲリー伯爵家に仕える者たちも、アダン子爵令嬢に対し、警戒するよう共有の認識を持ったとみえる。
そのことに、エヴァリストは心の底から安堵した。
もちろん、デュルフェ公爵家の使用人には、アダン子爵令嬢からピエレットを守るよう、絶対命令を出してある。
『はあ。しかし、その守る側の俺が、この体たらくだからな』
今は孔雀のぬいぐるみに仮住まいで、移動もピエレットに頼むしかない我が身が、エヴァリストには口惜しい。
『あの女。ただではおかぬ』
「お嬢様。騎士団で、ということは、騎士団にてお嬢様に大変失礼な態度をとったという、あの令嬢ということですよね?では、お嬢様は絶対に接触なさいませんよう、私がお守り申し上げます。すぐに、こちらの警備が来ますので、このままお待ちください」
その言葉でピエレットは、護衛騎士ふたりのうちひとりは警備を呼びに走ったのだと知れ、こくりと頷いた。
「分かったわ」
そこまで冷静を装って、何とか会話したピエレットは、発した声と裏腹に、ばくばくと鳴る心臓を抑えるよう、孔雀のぬいぐるみを、ぎゅっと抱き締める。
『レッティ・・・だから、それちょっと・・・』
思うエヴァリストの心の声は、ピエレットに届かない。
すっかりエヴァリストとふたりきりのように思っていたが、少し離れた場所にはしっかりと、邸から付いて来た護衛騎士がふたり、いたのである。
それは、当然のようにいつもの事であるのだが、彼らは常に空気のように存在し、実際に声を掛けられることは稀なので、すっかりと思考から抜け落ちていた。
び、びっくりした。
すっかり、護衛の存在を忘れていたわ。
「お嬢様。それほど緊張なさらずとも、大丈夫です。私が、傍におります。必ず、お護りしますので」
焦った、エヴァ様との会話が聞かれていなくてよかった、と孔雀のぬいぐるみを抱くピエレットが不安そうに見えたのか、護衛騎士がそう言って安心させるように笑顔を見せる。
「ええ。お願いね」
『むっ。なんだ、こいつ。護衛とはいえ、レッティに近すぎやしないか?それに、俺達より少し年上くらいで。レッティが、頼れる感じで話をしているのも面白くない』
こんな孔雀のぬいぐるみに仮暮らし状態でなければ、とエヴァリストは護衛騎士を睨み付けるも、その意思が届くことはない。
「エヴァリスト様。そんな、うねうねとした虫を召し上がるなんて、どうかされたのですか?食べる物や、思考まで変わるなんて聞いていないのですが。ほら、焼き菓子をお持ちしたのです。こちらの方が、お好みでしょう?ご遠慮なさらず、どうぞ召し上がってください」
え?
食べる物や、思考まで変わるとは聞いていないとは、一体どういうことかしら?
・・・・・・っ!
まさか。
『は?食べる物や、思考が変わるとは聞いていない?それではまるで、俺があの孔雀に居るような・・・・っ。そういうこと、なのか?』
「は?お嬢様、あのご令嬢は、一体何を仰っているのでしょうか?もしや、心の病なのでは?」
アダン子爵令嬢は孔雀に語り続ける言葉を聞き、護衛騎士が意味が分からないと、そんなことを言い出した。
それに対し、ひとつの仮説を立てたピエレットは、冷や汗の出る思いで問いかけに答える。
「あの方は、エヴァリスト様に執着されていますから」
はは、と誤魔化すように言ったピエレットは、護衛騎士の言葉を否定しなかったなと自らを省みる。
しかし正直、答えを吟味する精神的余裕は皆無で、少しでも早くエヴァリストと会話をしたいというのが本音のピエレットは、焦る気持ちを堪えて、じっとアダン子爵令嬢の背中を見つめた。
「もう、エヴァリスト様ってば頑固なのですから。では、これでどうでしょう?このペンダント、覚えていらっしゃいますか?これがあれば、あの麗しいお体に戻れるのです。そんな、無理して焼き菓子を無視して、虫など食さなくても良いのです。ただ一言、わたくしと婚姻すると誓ってくだされば」
『貴様!貴色の悪いことをレッティの前で言うな!』
大声で叫びたくとも叫べないエヴァリストに代わるよう、護衛騎士が眉を顰めて音にした。
「やはり、心の病のようですね。ですが、それにしても許せません。お嬢様のご婚約者様になんてことを・・・といっても、あのご令嬢が求婚しているのは、孔雀ですが」
「そうよね。エヴァリスト様は孔雀がお好きだから、見立てて練習でもされているのかも、しれないわね」
言いつつ、何と苦しい言い訳だろうとピエレットは自分の頬が引き攣るのを感じた。
恐らくは違う。
もしや、あのペンダントでエヴァ様のお心を孔雀に移すつもりだったのではないかしら。
それは、奇天烈な見解ではあるが、この場合多分合っている。
そう考えれば、アダン子爵令嬢の行動すべてに説明がつく。
だがしかし、エヴァリストの許可なくそのような推察を口にするわけにもいかない。
『ああ。レッティも俺と同じ予測に辿り着いたようだな。しかし、勝手に話すのは憚られると思っているのだろう。そんなレッティも、堪らなく可愛い』
「お嬢様。警備隊が到着したようです」
エヴァリストが、でれっと思った時、護衛騎士がきりりとした声で、ピエレットにそう告げた。
~・~・~・~・~・~・
いいね、お気に入り登録、ありがとうございます。
何事もなく、台風が過ぎ去りますように。
25
お気に入りに追加
142
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】
霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。
辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。
王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。
8月4日
完結しました。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
デートリヒは白い結婚をする
人生に疲れてる
恋愛
デートリヒには婚約者がいる。
関係は最悪で「噂」によると恋人がいるらしい。
式が間近に迫ってくると、婚約者はデートリヒにこう言った。
「デートリヒ、お前とは白い結婚をする」
デートリヒは、微かな胸の痛みを見て見ぬふりをしてこう返した。
「望むところよ」
式当日、とんでもないことが起こった。
年に一度の旦那様
五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして…
しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと
暁
恋愛
陽も沈み始めた森の中。
獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。
それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。
何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。
※
・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。
・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる