上 下
23 / 32

二十二、想うのは君だけだと、いい加減思い知れ

しおりを挟む
 

  

 

「こうして、自分で自分を見るというのは、なかなかに複雑な気分だ」 

「ふふ。ですが、無事にお連れ出来て安心しました」 

 無事、バルゲリー伯爵邸にエヴァリストの体を移動し終えたピエレットは、心から安堵した様子で、手に抱いた孔雀のぬいぐるみを大切そうに撫でた。 

「しかし。バルゲリー伯爵家には、多大な迷惑をかけることになってしまったな」 

「まあ、エヴァ様。誰も、そんな風に思っていません」 

「ああ、確かに。有難いことだ」 

 デュルフェ公爵夫人指揮のもと発動した今回の作戦。 

 アダン子爵令嬢に襲撃されたエヴァリストの意識が、現在孔雀のぬいぐるみにあると告げられた、デュルフェ公爵、バルゲリー伯爵夫妻の反応は、一様にして、奇怪なことを聞いた、であった。 

 そして、然もありなんとエヴァリストが口を開き、その経緯を説明するに至っては、三人とも食い入るように孔雀のぬいぐるみを見つめていた。 

 しかし、既に一度侵入を許している王城ではエヴァリストの身が危険であるという意見は一致し、エヴァリストの体は、一旦デュルフェ公爵家へ戻った後、バルゲリー伯爵家へと移されることになった。 

「それにしても、デュルフェ公爵夫人はすごいですね。わたくし、一生付いて行きます」 

「いや、レッティ。それを言う相手は、俺だろう」 

 俺は実の母に負けるのか、とどんよりと肩を落とし、エヴァリストはベッドに横たわる自分の体を見つめる。 

 

『アダン子爵の娘は、元々エヴァリストに執着していましたからね。命を狙うというよりは、エヴァリストそのものが目的なのではないかと思うのです』 

『確かに。騎士団へお邪魔した時も、そのようにお見受けしました』 

 集まった面々にそう言ったデュルフェ公爵夫人に、ピエレットも自身が見聞きしたことを告げれば、エヴァリストも渋い声を出した。 

『確かに。気味が悪いほどに、付き纏われました』 

『そんな女ですもの。エヴァリストの意識を奪って、それで終わりとは思えませんわ』 

『そうだな。陛下に言上申し上げて、早急にエヴァリストを邸へ戻そう』 

 王城に置いておいては、あの娘がエヴァリストにまた何か仕掛ける、と言うデュルフェ公爵夫人の言葉に、夫であるデュルフェ公爵も頷きを返す。 

『ええ。ですが、それだけでは危険だと思いますの。幾ら秘密裡にといっても限界があります。あの娘が、どのような伝手を持っているのかも分からない状態ですし、実際には何をするつもりなのかも・・・考えたくもないですけれど』 

 悍ましそうに言ったデュルフェ公爵夫人に、ピエレットも戦慄した。 

『考えられるのは、何らかの手段を講じて、エヴァリスト様のお傍に居る資格を得ようとするのではないか、ということでしょうか。もしかすると、エヴァリスト様を目覚めさせるためのお薬を持っていて、それで自分が目覚めさせたのだから、と言うとか』 

 恩を着せて、というのは充分に有り得ると、ピエレットはぎゅっと孔雀のぬいぐるみを抱き締める。 

『れ、レッティ・・嬉しいけど、ちょっと理性が』 

『はあ。本当にエヴァリストだと、実感できる言葉だな』 

 エヴァリストがあまりの状況に昇天しそうになり、デュルフェ公爵がしみじみとそう言った時には、エヴァリストの体が、デュルフェ公爵邸経由でバルゲリー伯爵邸預かりとなることが決定していた。 

 

「あの、エヴァ様。アダン子爵令嬢に手を貸しているのは、隣国の方なのですよね?」 

「そのようだな。あの女、否定もしなかったから。あまつさえ、婚約すれば俺も一緒に使えるなどとほざきやがって」 

 無事、体に戻れたらどうしてやろう、と物騒な呟きをこぼすエヴァリストに、ピエレットは不安そうな目を向ける。 

「婚約。やはり、アダン子爵令嬢は、そう望まれているのですね」 

「俺には迷惑なだけだがな。おい、レッティ。まさかとは思うが、おかしな誤解はするなよ?」 

 エヴァリストはルシール王女を想っている、という勘違いを起こしたピエレットに、エヴァリストが先んじて言葉を放つ。 

「おかしな、って。アダン子爵令嬢に対して、エヴァ様が何とも想っていらっしゃらないことは分かります。ですが、ルシール王女殿下は」 

「ルシールに対してあるのは、いとことしての情だ。まだ疑っていたのか?」 

 不機嫌になったエヴァリストに、ピエレットは考えつつ言葉を発する。 

「疑う、というか。やはりお似合いですし、他の皆様もルシール王女殿下が密かに想われる方について、わたくしにお尋ねになりますので、その」 

 身を引けということかと、と続けようとして言い淀むピエレットに、エヴァリストはそうだろうなと、納得したような声を出した。 

「俺がレッティを溺愛しているのは、有名だからな。レッティ相手になら、俺もぽろっと言ったりするのではないか、という期待があるのだろう」 

「で、溺愛・・・・・」 

「ああ。もう開き直るくらいには、よく揶揄われる」 

 既にして慣れた、というエヴァリストに、ピエレットは真っ赤になってしまう。 

「俺も自覚しないでもなかったが、今日、改めて思い知ったな。移動の馬車でレッティに膝枕をしてもらうなんて、羨まし過ぎた」 

「え?わたくしが膝枕したのは、エヴァ様でしたけれど?」 

 王城からデュルフェ公爵邸、そしてデュルフェ公爵邸からバルゲリー伯爵邸への移動の馬車内で、確かに膝枕をしたけれど、と不思議そうに言うピエレットに、エヴァリストが渋い声を出した。 

「俺の意識はここにあるからな。俺の体が羨ましかった」 

「わたくしにとっては、どちらもエヴァ様です」 

「分かっているが、複雑なんだ。なあ、レッティ。俺が無事、体に戻れたら、もう一度膝枕をしてくれるか?」 

「もちろんです」 

 少し恥ずかしいですけれど、と言うレッティも可愛い、とエヴァリストはその髪を撫でる妄想をし、幸せな気分を味わう。 

「エヴァ様。ルシール王女殿下には、エヴァ様が本当は公爵邸ではなく、こちらにいらっしゃるとお伝えしましょうか?」 

 しかし、その幸せを害するようなことをピエレット本人に言われ、エヴァリストは心情的に苦い顔になった。 

「必要ない。第一、言っても来ない」 

「それは、外出されるのは難しいかもしれませんが、真実を知らされないというのも」 

「ああ、レッティ。すまないが、俺と君の目が合うよう、君の目の高さに俺を持ち上げてくれないか?」 

「え?あ、はい」 

 自分の言葉を遮るように言ったエヴァリストに驚きつつも、ピエレットは言われた通り、孔雀のぬいぐるみを自分の顔の正面に持ち上げた。 

「いいか、レッティ。ルシールと俺は、いとこであって、それ以上の関係にはない。まだ分かっていないようだから言うが、俺が想うのはレッティだけだ。そして、ルシールが想う相手というのも、俺じゃない」 

 言い切って、エヴァリストはじっとピエレットを見つめる。 

「レッティ。君だけをあい」 

「失礼します!ピエレットお嬢様。旦那様が、急ぎ執務室へいらっしゃるようにとのことでございます」 

「・・・・・分かったわ」 

「・・・・・」 

『なんで、今。なんで、この時に?』 

 偶然とは知りつつ、もしや娘に悪い虫が寄っていると判断した父親の勘か?と勘繰らずにはいられないエヴァリストだった。 



~・~・~・~・~・~・
いいね、お気に入り登録、ありがとうございます。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初恋をこじらせたやさぐれメイドは、振られたはずの騎士さまに求婚されました。

石河 翠
恋愛
騎士団の寮でメイドとして働いている主人公。彼女にちょっかいをかけてくる騎士がいるものの、彼女は彼をあっさりといなしていた。それというのも、彼女は5年前に彼に振られてしまっていたからだ。ところが、彼女を振ったはずの騎士から突然求婚されてしまう。しかも彼は、「振ったつもりはなかった」のだと言い始めて……。 色気たっぷりのイケメンのくせに、大事な部分がポンコツなダメンズ騎士と、初恋をこじらせたあげくやさぐれてしまったメイドの恋物語。 *この作品のヒーローはダメンズ、ヒロインはダメンズ好きです。苦手な方はご注意ください この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。 ※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。  元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。  破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。  だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。  初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――? 「私は彼女の代わりなの――? それとも――」  昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。 ※全13話(1話を2〜4分割して投稿)

変装して本を読んでいたら、婚約者さまにナンパされました。髪を染めただけなのに気がつかない浮気男からは、がっつり慰謝料をせしめてやりますわ!

石河 翠
恋愛
完璧な婚約者となかなか仲良くなれないパメラ。機嫌が悪い、怒っていると誤解されがちだが、それもすべて慣れない淑女教育のせい。 ストレス解消のために下町に出かけた彼女は、そこでなぜかいないはずの婚約者に出会い、あまつさえナンパされてしまう。まさか、相手が自分の婚約者だと気づいていない? それならばと、パメラは定期的に婚約者と下町でデートをしてやろうと企む。相手の浮気による有責で婚約を破棄し、がっぽり違約金をもらって独身生活を謳歌するために。 パメラの婚約者はパメラのことを疑うどころか、会うたびに愛をささやいてきて……。 堅苦しいことは苦手な元気いっぱいのヒロインと、ヒロインのことが大好きなちょっと腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(作品ID261939)をお借りしています。

たった一度の浮気ぐらいでガタガタ騒ぐな、と婚約破棄されそうな私は、馬オタクな隣国第二王子の溺愛対象らしいです。

弓はあと
恋愛
「たった一度の浮気ぐらいでガタガタ騒ぐな」婚約者から投げられた言葉。 浮気を許す事ができない心の狭い私とは婚約破棄だという。 婚約破棄を受け入れたいけれど、それを親に伝えたらきっと「この役立たず」と罵られ家を追い出されてしまう。 そんな私に手を差し伸べてくれたのは、皆から馬オタクで残念な美丈夫と噂されている隣国の第二王子だった―― ※物語の後半は視点変更が多いです。 ※浮気の表現があるので、念のためR15にしています。詳細な描写はありません。 ※短めのお話です。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません、ご注意ください。 ※設定ゆるめ、ご都合主義です。鉄道やオタクの歴史等は現実と異なっています。

婚約者はメイドに一目惚れしたようです~悪役になる決意をしたら幼馴染に異変アリ~

たんぽぽ
恋愛
両家の話し合いは円満に終わり、酒を交わし互いの家の繁栄を祈ろうとしていた矢先の出来事。 酒を運んできたメイドを見て小さく息を飲んだのは、たった今婚約が決まった男。 不運なことに、婚約者が一目惚れする瞬間を見てしまったカーテルチアはある日、幼馴染に「わたくし、立派な悪役になります」と宣言した。     

婚約破棄でみんな幸せ!~嫌われ令嬢の円満婚約解消術~

春野こもも
恋愛
わたくしの名前はエルザ=フォーゲル、16才でございます。 6才の時に初めて顔をあわせた婚約者のレオンハルト殿下に「こんな醜女と結婚するなんて嫌だ! 僕は大きくなったら好きな人と結婚したい!」と言われてしまいました。そんな殿下に憤慨する家族と使用人。 14歳の春、学園に転入してきた男爵令嬢と2人で、人目もはばからず仲良く歩くレオンハルト殿下。再び憤慨するわたくしの愛する家族や使用人の心の安寧のために、エルザは円満な婚約解消を目指します。そのために作成したのは「婚約破棄承諾書」。殿下と男爵令嬢、お二人に愛を育んでいただくためにも、後はレオンハルト殿下の署名さえいただければみんな幸せ婚約破棄が成立します! 前編・後編の全2話です。残酷描写は保険です。 【小説家になろうデイリーランキング1位いただきました――2019/6/17】

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

旦那様の秘密 ~人も羨む溺愛結婚、の筈がその実態は白い結婚!?なのにやっぱり甘々って意味不明です~

夏笆(なつは)
恋愛
溺愛と言われ、自分もそう感じながらハロルドと結婚したシャロンだが、その婚姻式の夜『今日は、疲れただろう。ゆっくり休むといい』と言われ、それ以降も夫婦で寝室を共にしたことは無い。  それでも、休日は一緒に過ごすし、朝も夜も食事は共に摂る。しかも、熱量のある瞳でハロルドはシャロンを見つめている。  浮気をするにしても、そのような時間があると思えず、むしろ誰よりも愛されているのでは、と感じる時間が多く、悩んだシャロンは、ハロルドに直接問うてみることに決めた。  そして知った、ハロルドの秘密とは・・・。  小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...