上 下
9 / 32

八、ミスリード

しおりを挟む
 

 

 

「ピエレット様、ごきげんよう」 

「ごきげんよう、アンナ様」 

「お久しぶりですわ、ピエレット様」 

「ええ。エレーナ様。本当に」 

 にこやかに令嬢達と挨拶を交わしながら、ピエレットは内心でため息を吐いていた。 

 

 張り切って、早速エヴァ様に隣国第三王子殿下の件をお尋ねしに行くつもりだったのに、まさかのお茶会でした。 

 まあ、お茶会のこと、すっかり失念していた私が悪いのですけれど。 

 それに、いくらお許しいただいているとはいえ、緊急事態でもないのに、当日の朝にお伺いする旨をご連絡というのは、やはり失礼よね。 

 それこそ、突撃令嬢となってしまうわ。 

 

 婚約する前より、ピエレットは、いつでもエヴァリストを訪ねて良いと言われている。 

 もちろん、そのような不躾な事をしたことはないが、その朝に訪ねると連絡をくれればいい、とデュルフェ公爵家からも正式な許しを貰ってもいる。 

 しかし今回のことで、貴族の上下関係の礼節は守るべきとピエレットは改めて思った。 

 

 ルシール王女殿下のご婚約者様に秘密のお子が、というお話に浮足立って、後先考えずに行動しようとしてしまったわ。 

 気を付けなければ。 

 相手は、公爵家、公爵令息なのですもの。 

 

「・・・それでね。ルシール王女殿下には、密かに想う方がいらっしゃるとか」 

「ええ。わたくしも、聞いたことがありますわ」 

 内心は猛烈に反省しつつ、表面にこやかにカップを傾けていれば、聞こえて来るのは令嬢達のそんな噂話。 

 

 え? 

 ルシール王女殿下に、密かに想う方がいらっしゃる? 

 それは初耳ですけれど、その方って、エヴァ様の恋敵ということなのではありませんこと? 

 

 ルシール王女には婚約者がいるので、エヴァリストがルシール王女を想うのならば、公に婚約しているそちらこそが恋敵と認識しそうなものだが、ピエレットのなかで浮気者の隣国第三王子など既にして論外。 

 ルシール王女が想う相手、つまりはルシール王女を幸せにできる者こそ、エヴァリストにとって真の恋敵となり得る、とピエレットはぴくぴくと耳を動かして、情報収集に努める。 

「ルシール王女殿下。何でも、ご婚約者である隣国の第三王子殿下とは、あまりうまくいっていらっしゃらないとか」 

「まあ。でも、隣国の第三王子殿下は、あまり良いお話をお聞きしませんものね」 

  

 本当よね。 

 ルシール王女殿下とご婚約されてからも、色々な女性と浮名を流されて。 

 国同士で結ばれた婚約だというのに、隣国の第三王子殿下は責任というものを感じてはいらっしゃらないのかしら。 

 それにもし、秘密のお子様のことが本当なら、ルシール王女殿下はご苦労なさるに違いないわ。 

 お子をお生みになったという子爵令嬢のおいえは、権力をとても欲する方々のようですし。 

 ・・・・・ん? 

 あら。 

 でも、もしもその秘密のお子様の事が事実で、それを知らしめることが出来たら、ルシール王女殿下は晴れて隣国第三王子殿下から解放されるということなのではないかしら。 

 

「ピエレット様。デュルフェ公爵令息から、ルシール王女殿下のことで、何かお話を聞いていたりなさいませんか?」 

 そうなれば流石に、と思っていると、同じテーブルに着くアンナが、窺うようにピエレットに聞いて来た。 

 アンナが聞きたいのは、ルシール王女と隣国の第三王子の件に関してのことだろうと推測できる。 

 しかしここで、ピエレットが聞いたことを話すわけにはいかない。 

 なのでピエレットは、にこりと笑って軌道を外す。 

「エヴァリスト様は、ルシール王女殿下を大切にお思いですから」 

「ええ。それは承知しておりますわ。それで、ピエレット様に何かお話しなされたりは?」 

 焦れるように前のめりに尋ねられ、ピエレットは周りの令嬢達も興味に輝く目で自分を見ていることに気が付く。 

「それは、色々お話しくださいますけれど」 

「色々とは、どのような?ルシール王女殿下の想い人のことなどは?」 

 ルシール王女と第三王子の件をエヴァリストから聞いているか、というだけにしては令嬢たちの自分へ向ける目が、と首を傾げていたピエレットは、その言葉でぴんと来た。 

 

 あ! 

 もしかして、ルシール王女殿下が密かに想われているのは、エヴァ様ということ? 

 それで皆様、エヴァ様の婚約者である私に。 

 そう・・・ルシール王女殿下がエヴァ様を。 

 知らなかったわ。 

 ・・・あら? 

 ちょっと待って。 

 ルシール王女殿下は、エヴァ様のことを密かに想っていらっしゃる。 

 そしてエヴァ様も、秘密の恋心をルシール王女殿下に抱いていらっしゃる。 

 そうなると、エヴァ様とルシール王女殿下は密かに想い合っていらっしゃるということなのでは? 

 おふたりは、相愛であることをご存じなのかしら? 

 

「ピエレット様?」 

 ピエレットがそこまで考えた時、周りの令嬢たちの圧が増した。 

 待ちきれないと、その瞳がぎらぎらと輝いているのが恐ろしい。 

「ああ。失礼をいたしました。振り返ってみても、エヴァリスト様からルシール王女殿下の想い人のことなど、伺ったことがないなと思いまして」 

 まさか、おふたりは密かなる両想い、など口にするわけにもいかず、内心の動揺を見事に抑えると、ピエレットは、涼やかな笑みさえ浮かべて見せた。 

「では、ピエレット様も、ルシール王女殿下の想い人はご存じないのですか?心当たりなどは?デュルフェ公爵令息のお言葉の端々から、何か察することなどございませんの?」 

 ぐいぐいと詰め寄られ、瞬きもしない瞳で問い詰めるように言われ、ピエレットは胸が痛む。 

 

 これは。 

 分かっているのなら自分から身を引くべき、と言われているのかしら。 

 まあ、そうよね。 

 密かに想い合われているおふたりにとって、私は邪魔者でしかないもの。 

 

「ええ。残念ながら、そのようなお話を伺ったことはございませんの」 

 心のなかで繰り返し絶望の鐘が鳴るのを聞きながら、ピエレットは見事な笑みでそう答えた。 

 

 

 

「うっうっ、ぴぃちゃん・・・私、エヴァ様に婚約解消されてしまうかもしれないの。だってね、エヴァ様が私と婚約したのって、真実心を傾けていらっしゃるルシール王女殿下が、隣国の第三王子殿下とご婚約なされているからでしょう?でももし、その婚約が無くなったら?お互いに、密かに想い合われて来たおふたりは、何の障害も無く結ばれることが出来るのよ。私という、エヴァ様の婚約者さえいなくなれば」 

 ピエレットは伯爵家の娘。 

 対するエヴァリストは公爵家の子息で、ルシール王女は紛うことなき王族。 

 もしも王族と公爵家が縁を結ぶとなれば、伯爵家など発言さえ許されずに婚約は無かった事となるだろう。 

 既に婚姻しているとなればまだしも、まだ婚約者でしかないのだから、王家や公爵家にとっては、建築途中の建物を壊して更地にするよりも簡単な処理に違いない。 

『婚約破棄や解消では、レッティ・・・いや、バルゲリー伯爵令嬢に瑕疵がついてしまうから、この婚約は最初からなかったものとして、白紙としよう。ルシールも、君が傷つくことは望まないからね』 

 そう、優しく言うエヴァリストさえ想像が出来て、ピエレットはぎゅうっと孔雀のぬいぐるみを抱き締めた。 

「ぴぃちゃん・・・私、そんなの嫌。でも、それがエヴァ様のお幸せなら・・・うっうっ。嫌だけど、嫌だけどぉ・・・・わああん、ぴぃちゃああん・・・・!」 

 そうなったら、自分の想い、意見など聞いてもらえるとも思えない。 

 エヴァリストの幸せのためなら、と思わなくもない。 

 けれど、そんなのは辛くて嫌だと、ピエレットはえぐえぐと泣き続けた。 

 

 ~・~・~・~・~・
いいね、お気に入り登録、ありがとうございます。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】

霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。 辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。 王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。 8月4日 完結しました。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

デートリヒは白い結婚をする

人生に疲れてる
恋愛
デートリヒには婚約者がいる。 関係は最悪で「噂」によると恋人がいるらしい。 式が間近に迫ってくると、婚約者はデートリヒにこう言った。 「デートリヒ、お前とは白い結婚をする」 デートリヒは、微かな胸の痛みを見て見ぬふりをしてこう返した。 「望むところよ」 式当日、とんでもないことが起こった。

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

誰の子か分からない子を妊娠したのは私だと義妹に押し付けられた~入替義姉妹~

富士とまと
恋愛
子爵家には二人の娘がいる。 一人は天使のような妹。 もう一人は悪女の姉。 本当は、二人とも義妹だ。 義妹が、私に変装して夜会に出ては男を捕まえる。 私は社交の場に出ることはない。父に疎まれ使用人として扱われているから。 ある時、義妹の妊娠が発覚する。 義妹が領地で出産している間、今度は私が義妹のフリをして舞踏会へ行くことに……。そこで出会ったのは ……。 ハッピーエンド!

処理中です...