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39、とこしえの花
しおりを挟む「そっか。もう、花は終わっちゃったのか」
夜風に揺れる藍色の花を見たくなって訪れた岩場で、サヤはぽつりと呟いた。
「こら、不良。夜に来るのは避けるように、言われたんじゃなかったのか?」
「大丈夫です。波は、高くありません」
「まったく。ああ言えばこう言う」
言いつつ、岩場をゆっくり歩いて来たいつぞやの彼は、サヤの予想通り灯りを灯している。
しかも、指先や手を胸元に置くこともなく、その灯りはゆらゆらと彼の前で揺れていた。
「凄い技術ね。私、指を翳しておかないと灯りを保てないわ」
「そうか。出来ると便利だぞ」
何と言っても両手が空くからな、と言って彼はサヤに並ぶ。
「確かにそうでしょうけど、そう簡単には出来ません」
苦笑しつつ、サヤは、彼の出現により明るくなった場所をもう一度と見渡してみるも、やはり藍色の花はすべて終わってしまったようで、どの株もそよそよと葉がなびいているだけだった。
「何だ。今日は、花が目当てだったのか」
「そうなんですけど、終わってしまったんですね」
残念さが声に出てしまったサヤを、彼は面白いものを見るように見つめる。
「そうか。そんなに残念か。そんなお前に、朗報がある。実は俺、魔法使いなんだよな」
「は?」
それはあの、怪我を一瞬で治してしまうとかいう、子供の読み物に出て来るあれかと、サヤは冷たい目を向けた。
「ひどいな。その『何をお伽噺みたいなことを』って目。傷つく」
「笑いながら言われても」
傷ついてなどいないのは一目瞭然、と言うサヤに、彼は何かを取り出す。
「あ、あの花!」
彼が取り出したのは、透明な三角錐に収められた、あの藍色の花だった。
「どうだ、見事だろう」
「凄い。どうやって。これは、硝子?」
「ああ。強度は半端ないがな」
「中の花は?枯れたりしないの?」
「枯れない。この花がこの世からなくなるのは、この硝子と共に砕ける時、つまりはほぼ永遠ということだ。な?魔法使いだろう?」
冗談のように言う彼に、サヤはこくこくと頷きを返す。
「魔法使い、って、特級能力者という意味だったのね」
確かに凄い、と瞳を輝かせるサヤに、彼は口元を引き攣らせた。
「そんな、夢のない」
「根拠の無いお話より、ずっといいじゃない。信頼できるわ・・・ありがとう、見せてくれて」
「何を言っている。これは、君への贈り物だ」
うっとりと三角錐の中で咲く花を見つめ、そう言ったサヤは、思いもかけない言葉を返されて、きょとんと彼を見上げてしまう。
「私に?」
「ああ。気に入ったようで何より。それと、同じ物がもうひとつあるから、ナジェルに渡してほしい」
「ナジェルと、お友達なの?」
以前会った時、海洋科の天才だとナジェルの事を知っていた風ではあったが、もっと親しい仲なのかとサヤが問えば、彼は素直に頷いた。
「ああ。ナジェルもこの花が好きだからな。取っておいてやりたいと思った」
「ナジェルのこと、大事なのね。分かったわ。ちゃんと渡すから安心して。でも、私の分は遠慮する。だってこれ、相当な技術だって私にも分かるもの」
恐れ多くてもらえない、というサヤに、彼がにやりとした笑みを零す。
「いや。是非、ナジェルと揃いで持っていてくれ、サヤ」
「え?どうして、私の名前」
「それは、男の秘密というやつだ」
「男の秘密?」
首を傾げるサヤに、鈍いのも本当か、と笑いながら、彼はふたつの三角錐をサヤに渡した。
「俺はこれで、ナジェルに恩を売れるということだ。というわけで、俺の名はテス」
「私は、サヤ・・・知っていたみたいだけど」
「ああ、その・・一応言っておくと、別にナジェルも悪気があったわけじゃなく」
「分かっているわよ。ナジェルは、そんな人じゃないもの。手紙のやり取りか何かで、私の名前が出たのでしょう?同じ海洋科だし、よく話もするから当然よね」
別に気にしない、というサヤに、テスはほっとしたように息を吐く。
「よかった・・・ということで、サヤもそれ、もらってくれ」
「何が、ということ、なのかよく分からないわよ」
ナジェルの友人というだけの自分が、これを貰う資格は無いと思うと言うサヤに、テスは真剣な表情になった。
「記念に、持っていてくれ。相当な衝撃にも耐えるから、思い出のよすがになるだろう」
「それは、疑っていないけど。でも、私はまた来年見にくれば」
「その来年が、無いとしたら?」
「え?」
「とにかく、揃いでもらってくれ。あ、もちろん。ナジェルにその旨、必ず伝えてくれよ?揃いだ、って念を押して、な?」
先ほどまでの深刻さを消し去った軽妙な口調で言うと、テスは器用に片目をつぶって見せた。
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