トルサニサ

夏笆(なつは)

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35、収穫祭 8

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「それでは、改めまして・・本当に素敵な演奏、お疲れ様でした!」 

「お疲れ様でした」 

「おつかれー」 

 サヤの発声にフレイアとレミアも続き、一同は手にしたコップを掲げる。 

「ああ・・・本当に旨そうだ」 

「レミアは、私たちへの労い労いよりも、食欲が勝っているのがありありですね」 

 そして、じゅるりと口元に手を当てたレミアに、レナードが皮肉るように言うも、レミアに響くことはない。 

「当然であろう。本当にどれも旨そうで、どれから手を付けるか迷う・・と、しかし。これは斬新なパイだな」 

 ずらりと並んだパイの数々を楽し気に見ていたレミアが、そのパイで視線を止めた。 

「確かに、凄いパイっすよね。魚の頭がにょっきり出ているなんて」 

「ふふ。それは、アクティスにリクエストされたパイなの。私も初めて見た時は驚いたわ」 

 明るく言ったサヤが、アクティスとレミアが厨房から運んでくれた飲み物を、コップに追加しながら笑う。 

「ザイン出身がリクエストしたパイ。これが」 

「初めて見るっす」 

「何というか。食べるのに勇気が必要ですわね」 

 レミア、バルト、フレイアが、恐る恐ると言うようにパイを見つめるなか、サヤはアクティスにナイフを渡した。 

「何だか、慣れていますね」 

 サヤに渡されたナイフを扱い、魚の頭が飛び出しているパイを起用に切り分けるアクティスに、レナードが揶揄うような声を出す。 

「アクティスは、子供の頃に親しんだパイというだけあって、切り分けるのも上手なの。私は、どうしても均等に切れなくて」 

「なるほど。それで、サヤがナイフを渡せばパイを切り分ける、という動作をごく自然にするようになったわけですね。アクティス」 

 何となく含みのある言い方にサヤは首を傾げ、アクティスは眉を顰める。 

「確かに、幾度か試食をしてもらったから、そういう流れが自然に出来るようになったけど、それが何かあるの?」 

「いいえ。何もありませんよ、サヤ。しかし、子供の頃の話などもしたのですねえ」 

 そう意味深に笑って、レナードはナジェルを見た。 

「サヤ。もしかして、燻製肉と野菜のパイもあるか?去年もらったあれは、とてもおいしかった」 

「作って来たわ!」 

 レナードの視線を受け止めたナジェルが、何故か気合の入った声で言えば、サヤがぱあっと表情を輝かせ、一枚のパイを指す。 

「では、そのパイはナジェルに切り分けてもらうのはどうでしょう、サヤ」 

「お願い出来るなら」 

「もちろん。僕でよければ」 

 にこりと言って問題無くパイを切り分けるナジェルを見て、レミアがにやりと笑う。 

「ザイン出身もヴァイントの息子も、いい夫になりそうだな」 

「「っ」」 

 トルサニサの一般家庭では、パイを作るのは妻、切り分けるのは夫の役目とされる傾向が強く、どんなパイでも均等に美しく切り分けるのが良い夫だとされている。 

「え!?俺もやるっす!ほら、レナード先輩も、こっちのパイ切って!」 

「バルト。私は別に」 

「そうっすか・・・でもまあ。俺のパイ、ごろごろ肉が入っているんで、自信ないなら避けた方がいいかも知れないっすね」 

 結構切り分けるの難しいんで、と言いながら自作のパイを切るバルトに、レナードの目が不機嫌に眇められた。 

「そう言われては、やらない訳にはいかないですね」 

 自信がないわけではない、とレナードは、バルトより美しくパイを切り分けていく。 

「フィネスの息子は、嫌味なだけでなく、負けず嫌いでもあるのだな・・・うん。旨い」 

「フレイアのパイも美味しいわ」 

 一部雲行きが怪しくなりつつも、和やかにパイや飲み物を楽しめば、自然と笑顔が広がっていく。 

「そういえば。ザイン出身は、パトリックの娘が迎えに行った時、どこに居たんだ?」 

「・・・・・」 

「海洋科の訓練室よ。ね?アクティス」 

 レミアの問いに、当然のように答えないアクティスに代わりサヤが言えば、レミアがにんまりと笑った。 

「そうか。海洋科の訓練室。なるほど、なるほど」 

「寄宿舎にいれば、サヤは迎えに行けないからな・・・そうか。最初からそのつもりで」 

 レミアの言葉にナジェルも呟き、それに対し皆も頷くのを、サヤは不思議な気持ちで眺める。 

「パトリックの娘サヤ。もし、ザイン出身アクティスが寄宿舎の自分の部屋に居れば、貴女は迎えに行けなかったでしょう?」 

「それは、そうね」 

 そんなサヤにフレイアが解説してくれるも、確かにそうだけれどそれがどうかしたか、としかサヤには思えず益々首を傾げれば、レナードが呆れたような声を出した。 

「つまり、アクティスはサヤの迎えを待っていた、ということですよ」 

「うん。でも、約束していたのだから、当然よね?」 

 パイも合格していたし、とサヤが言えば、皆が酢を呑んだような顔になる。 

「約束、していたのか。その、海洋科の訓練室というのも・・・いやしかし、あの時サヤは、探してから行ったよな?」 

「あの場所で、とは約束していなかったけど。パイを焼いたらクラヴィコードを弾いてくれる、って約束していたもの。ね?アクティス」 

「ああ」 

 アクティスにその通りだと頷かれ、サヤは呆然とする皆を見つめた。 

「無垢の勝利でしょうか」 

「いや、ザイン出身が約束を律儀に守るなど信じがたい・・というか、そもそもザイン出身と、我は約束をしたことが無いな」 

「・・・・・サヤ。アクティスと、約束の指合わせもしたのか?」 

「ええ。もちろんそうよ。私、クラヴィコードを弾けるひとと約束をした、とは言ったと思うんだけど」 

 そりゃ、アクティスとは言っていなかったけど、と不思議がるサヤをこそ、皆が不可解だと見つめる。 

「そのアクティスを相手に、指合わせの約束を交わし、しかも実行に移せたというのが、凄いのですよ、サヤ。恐らくサヤが、世界初です。快挙ですよ」 

「・・・・・黙って聞いていれば。貴様ら、俺を何だと思っているんだ」 

 まるで、アクティスと約束の指合わせをし、それを実行できたのは奇跡だと言わぬばかりのレナードのとどめの言葉に、アクティスが静かに吠えた。 

 
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