35 / 51
34、収穫祭 7
しおりを挟む「お、重い」
保管庫から取り出したパイを積み上げたサヤは、それを一度に持ち上げたところで、思わずそう呟いた。
「それは、そうよね。張り切って作っちゃったから」
アクティスにリクエストされたパイをはじめ、野菜だけのパイ、果物のパイ、そして勝手にナジェルが喜んでくれるかも、と燻製肉と野菜をたっぷり詰めたパイや、ひき肉の煮込みのパイも作ったのだから当然、とサヤはキッチンの作業台に積み上げたパイの塔を見つめる。
「よし、行きますか」
一枚一枚、特製の容器に入れてあるのだから、多少の事では崩れない、壊れないと判断し、気合を入れてサヤはそれらを持ち上げた。
「うっ・・・やっぱり重い。でも、ひとりでやるしか・・・・・!」
こんなことなら、レミアに付き合ってもらうべきだったのでは、と今更ながらに思いつつ、サヤは食堂で確保してあるテーブルへ転移しようとして、ぴたりと止まる。
「噓でしょ。もしかして、囲まれているってこと?」
しかしその場所には、サヤたちが転移する前と変わらず女性たちがたくさんいると知り、感知したサヤは、その数に頽れそうになった。
「アクティスも離れたから、もう大丈夫と思ったのに」
甘かった、とサヤは、仕方なしに確保してあるテーブルからは離れた場所へと転移する。
「はあ。やっぱり重い」
両手にずしりと重いそれを抱え、サヤは確保してあるテーブルに向け、とにかく人にぶつからないよう、転ぶことのないよう、足元に注意しながら慎重に歩き出した。
「やはり貴様、馬鹿だな」
「え?」
その時、心底呆れたような声をかけられたサヤは、同時に自分の進む方向に男性のものと思しき靴のつま先が見えたのを不思議に思い、顔を上げる。
「一度にその枚数を運ぶとか。馬鹿だろ」
「一度に運ぶのは馬鹿?・・・あ!もしかして、分けて運べばよかったってこと!?そうか。考えもしなかったわ」
「はあ。本当に馬鹿だな・・・ほら」
ぽんと手を打つ表情のサヤを苦笑して見つめ、アクティスはパイの塔をひょいと受け取ると、代わりとでも言うように、サヤの手に籠を渡した。
「アクティス?」
「そのくらいなら、持てるだろう」
「そりゃ、持てる、けど」
「行くぞ」
「あ、ちょっと待って!」
アクティスに渡された籠に入っていたのは、カトラリーと大量の紙ナプキンなので、もちろんサヤでも持つことが出来るが、そういうことではない、と言いつつサヤはアクティスの背中を追う。
「なんだ、自分で運びたかったのか?」
「そういうわけじゃないけど、全部持たせてしまうのは、悪いなと思って」
必死で言うサヤを、アクティスが不思議そうな顔をして、肩越しに振り返る。
「何故だ?」
「だって、重いでしょう?」
「いいや、問題ない。貴様とは、筋力が違うのだろう。貴様は、腕が震えていたからな」
可笑しみの籠った声で、パイの塔を持っていたサヤは腕がぷるぷる震えていた、と言われ、サヤは瞬時に言い返す。
「仕方ないじゃない!重かったんだから」
「だから、いいだろう。元より筋肉が違うのだから、弱いからと気にするな」
「もう。折角運んでくれているのに、そんな嫌味な言い方しなくてもいいじゃない」
「性分だな」
「ふうん。素直にお礼を言われるのが苦手なのね」
「・・・・・っ」
何気なく言ったサヤの言葉に一瞬アクティスが硬直するも、周りを見ていたサヤはそれに気づかなかった。
「ねえ、アクティス。みんな、楽しそうね」
「・・・・・・」
そして、呑気らしくそう言ったサヤに、アクティスは人知れずため息を吐く。
「私たちも、目いっぱい楽しみましょうね!」
「・・・・・好きにしろ」
弾んだ声で言うサヤにぶっきらぼうに答えたアクティスは、目的地にひとり座って、にやにやと自分たちを見つめているレミアに気付き、回れ右して戻りたくなる気持ちに陥った。
「ザイン出身。パトリックの娘の出迎え、ご苦労だったな」
「偉そうに」
「照れることはないだろう。パトリックの娘の転移の気配が、割とこの場所から離れている、とか何とか言って、テーブルに置いた籠を掴んでそそくさと行ってしまったくせに」
「え?テーブルにあった籠?」
今正にアクティスから渡された籠をテーブルに置いたサヤは、不思議そうにレミアを見、アクティスを見る。
「気にするな」
「ああ、そうだぞパトリックの娘。ザイン出身はな、貴公を迎えに行ったのだ。わざわざ、既にテーブルに持って来ていた籠まで持って。まあ、照れ隠しというやつか」
どうでもいい、気にする必要は無い、とサヤのパイをテーブルに置いたアクティスが言うも、レミアは楽しそうにサヤに話を振る。
「そうだったのね・・アクティス、ありがとう。すごく助かったわ」
「いや・・・いい」
サヤの言葉にそっぽを向いたアクティスにも、周りの女性は黄色い声をあげるが、彼女たちはアクティスに近づこうとしたり、声をかけようとしたりはしない。
「彼女らは、ザイン出身を見つめる会、というのだそうだ。決して邪魔はしない、と約束してくれた」
「そう・・なの?」
レミアの説明に、半信半疑で首を傾げたサヤに、是と答えるかのように、女性たちが周りのテーブルに着く。
そこに置かれているパイを見て、サヤは、彼女たちは彼女たちで収穫祭を楽しむのだと漸く納得した。
アクティスを鑑賞しながら、パイを食すと。
そういうことかしらね。
「なら、レミア。私たちは、特等席ね。だって、アクティスと一緒にパイを食べるんだから」
「はは。そういうことになるな・・・しかし、うまそうな匂いだ。早く皆、戻らぬかな」
「少しくらい、お待ちになれないのですか?ファラーシャの娘レミア」
レミアが大仰に呟いた時、呆れた声と共にフレイアが戻って来たものの、その手には何も持っていない。
「サヤ先輩!ただいまっす!・・あ、レミア先輩とアクティス先輩も」
ぴょこんとお辞儀をしたバルトが、持っていた数枚のパイをひょいとテーブルに置くのを見て、サヤはため息を吐いた。
「やっぱり、力持ちね」
「そうっすよ!俺、力だけはあるんで!フレイア先輩が、よろよろ持っていたパイも、無事に保護出来ました!」
「随分、偉そうに言いますね。そうできたのは、私とナジェルが貴方の転移を手伝い、貴方作のパイを持っていて差し上げたからなのではないですか?」
冷静な声と共に、目が笑っていない笑みを浮かべたレナードが、パイをその手に、苦笑するナジェルと共に現れた。
「そうもそうっすね!ナジェル先輩、レナード先輩、お世話かけました!」
「わたくしからもお礼を言いますわ。助かりました。ありがとうございます」
言いつつ手首を回しているフレイアを見て、サヤはぱあっと顔を輝かせる。
「フレイア!私と同じね!」
「藪から棒にどうしました?」
「だって、フレイアもパイを運ぶのに苦労したのでしょう?」
だから同じだと言うサヤに、フレイアが納得の表情を浮かべた。
「そういうことなら、そうですね。ですが、パトリックの娘サヤの方が、パイの数が多いですわ。これをひとりで運ぶのは骨だったでしょう。まあ、この枚数なら一度には運ばなかったのでしょうが、それはそれで、大変でしたね」
「あ、ええと、それは」
当然のように、複数回に分けて運ぶと言ったフレイアに、サヤは頬を引きつらせる。
「いやいや、それがな。ファラーシャの娘。まったく問題無かったのだ。何故かといえば、それらを全部一緒に運ぼうとしていたパトリックの娘を、それはそれは心配したザイン出身が迎えに行ったのだから」
「「「え」」」
そして、楽しそうに報告したレミアの言葉に、その場の全員が一瞬で固まった。
~・~・~・~・~・~・
いいね、お気に入り登録、しおり、投票、ありがとうございます。
10
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
前回は断頭台で首を落とされましたが、今回はお父様と協力して貴方達を断頭台に招待します。
夢見 歩
ファンタジー
長年、義母と義弟に虐げられた末に無実の罪で断頭台に立たされたステラ。
陛下は父親に「同じ子を持つ親としての最後の温情だ」と断頭台の刃を落とす合図を出すように命令を下した。
「お父様!助けてください!
私は決してネヴィルの名に恥じるような事はしておりません!
お父様ッ!!!!!」
ステラが断頭台の上でいくら泣き叫び、手を必死で伸ばしながら助けを求めても父親がステラを見ることは無かった。
ステラは断頭台の窪みに首を押さえつけられ、ステラの父親の上げた手が勢いよく振り下ろされると同時に頭上から鋭い刃によって首がはねられた。
しかし死んだはずのステラが目を開けると十歳まで時間が巻き戻っていて…?
娘と父親による人生のやり直しという名の復讐劇が今ここに始まる。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
全力で執筆中です!お気に入り登録して頂けるとやる気に繋がりますのでぜひよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
【完結】悪役令嬢の断罪現場に居合わせた私が巻き込まれた悲劇
藍生蕗
ファンタジー
悪役令嬢と揶揄される公爵令嬢フィラデラが公の場で断罪……されている。
トリアは会場の端でその様を傍観していたが、何故か急に自分の名前が出てきた事に動揺し、思わず返事をしてしまう。
会場が注目する中、聞かれる事に答える度に場の空気は悪くなって行って……
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
護国の鳥
凪子
ファンタジー
異世界×士官学校×サスペンス!!
サイクロイド士官学校はエスペラント帝国北西にある、国内最高峰の名門校である。
周囲を海に囲われた孤島を学び舎とするのは、十五歳の選りすぐりの少年達だった。
首席の問題児と呼ばれる美貌の少年ルート、天真爛漫で無邪気な子供フィン、軽薄で余裕綽々のレッド、大貴族の令息ユリシス。
同じ班に編成された彼らは、教官のルベリエや医務官のラグランジュ達と共に、士官候補生としての苛酷な訓練生活を送っていた。
外の世界から厳重に隔離され、治外法権下に置かれているサイクロイドでは、生徒の死すら明るみに出ることはない。
ある日同級生の突然死を目の当たりにし、ユリシスは不審を抱く。
校内に潜む闇と秘められた事実に近づいた四人は、否応なしに事件に巻き込まれていく……!
(完結)お姉様を選んだことを今更後悔しても遅いです!
青空一夏
恋愛
私はブロッサム・ビアス。ビアス候爵家の次女で、私の婚約者はフロイド・ターナー伯爵令息だった。結婚式を一ヶ月後に控え、私は仕上がってきたドレスをお父様達に見せていた。
すると、お母様達は思いがけない言葉を口にする。
「まぁ、素敵! そのドレスはお腹周りをカバーできて良いわね。コーデリアにぴったりよ」
「まだ、コーデリアのお腹は目立たないが、それなら大丈夫だろう」
なぜ、お姉様の名前がでてくるの?
なんと、お姉様は私の婚約者の子供を妊娠していると言い出して、フロイドは私に婚約破棄をつきつけたのだった。
※タグの追加や変更あるかもしれません。
※因果応報的ざまぁのはず。
※作者独自の世界のゆるふわ設定。
※過去作のリメイク版です。過去作品は非公開にしました。
※表紙は作者作成AIイラスト。ブロッサムのイメージイラストです。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる