トルサニサ

夏笆(なつは)

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31、収穫祭 4

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「なんか、物凄く女の数が増えていないか?」 

 舞台で演奏する三人プラスお手伝いバルトが去った後、ぞくぞくと食堂に入って来る女性たちを見て、レミアが目を丸くした。 

「本当に凄いわ。席、確保出来て良かった。あと少し遅かったら、危なかったわね」 

「恐らく、あの三人が演奏するということが知れ渡ったのでしょう。収穫祭委員が大々的に宣伝したのではなくて?」 

 後にはナジェル達と合流し七人となる席を確保し、ほっと息を吐いて言うサヤに、フレイアも頷き、悪戯っぽい笑みをレミアへと向ける。 

「そうであろうな。だがしかし、あの三人が揃うのだぞ?宣伝するなと言う方が、無理というものであろう」 

「今頃、委員の皆様もほくほくなのではなくて?今年の収穫祭、盛り上がりますもの」 

「ね。あの三人って、ナジェル達のこと?そんなに凄いの?」 

 レミアとフレイアの会話に、そう言って加わったサヤをふたりは信じられないものを見る目で見た。 

「本気で言っているか?パトリックの娘」 

「冗談、ということは・・・なさそうですわね。はあ。本当に、のほほんさんだこと」 

「もう、フレイア。その、のほほんさん、っていうのやめて。あんまり言うと、私の代名詞みたいじゃないの」 

 ぷくっと膨れて言うサヤに、フレイアは動じることなく首肯する。 

「だって、そのつもりで言っていますもの」 

「なっ」 

「まあ、しかし。あの三人の人気に気付いていないのは、パトリックの娘くらいだろうな」 

「レミアまで!」 

 裏切者、というサヤにレミアが困ったように肩を竦めた。 

「いや、だってだな。興味が無いにしても、気づくレヴェルだと思うのでな」 

「そうですわよね。ザイン出身アクティスに、ヴァイントの息子ナジェル、そしてフィネスの息子レナード、とくれば、士官学校内は言うに及ばず、街でも人気だと聞きますもの」 

「そうなのね。知らなかったわ」 

 しみじみと言うサヤに、レミアもフレイアも、呆れを隠せない。 

「本当に全然、知らなかったのか。士官学校内でも、よく女生徒が噂したり、熱視線を送ったり、もっとすごい時には突撃したりしているというのに」 

「そうですわよ、パトリックの娘サヤ。わたくしたちは、よく一緒に居るから、という理由だけで睨まれたりもしますのに」 

 のほほんさんに加え、鈍感さんでしたか、と呟くフレイアに、サヤは、あっと声をあげた。 

「ナジェルが、女生徒から人気があることは知っているわ。そうか、ナジェルには、運命の候補がたくさんいるのね」 

「パトリックの娘サヤ?それは、そんなに呑気に言っていいものなのか?ん?」 

「あ、レミアの前でごめん!でも、少し前に大きな揺れがあったじゃない?あの時、怪我をした女の子をナジェルが助けたのよ」 

「寝耳に水だが。サヤ、そなたも一緒だったのか?」 

 きらりと光るレミアの瞳に、親友に肩入れするのは当然と、一瞬他の女性たちに心のうちで謝罪し、サヤはあの時の状況を、ナジェルの情報を渡すつもりで語る。 

「ううん。私は、図書館に残って、お手伝いをしたから」 

「その話は、わたくしも伺っております。とても力強く、頼りになったと」 

 日頃の、のほほんぶりは発揮しなかったようですね、と誉めているのか貶しているのか分からないフレイアに、サヤは頬を引き攣らせた。 

「う、うん。ありがとう、って言えばいいのかな」 

「誉めているのです。もちろんでは、ありませんか」 

 何を惑う、とフレイアが細縁の眼鏡の上下を挟むようにしてサヤに言い切る。 

「・・・パトリックの娘サヤは図書館に残った、ということは、ヴァイントの息子ナジェルは、その女とふたりきりで跳んだということに・・・んん?待てよ。パトリックの娘サヤ。その女、航空科の下級生か?」 

「ええ、そうよ」 

 サヤとフレイアのやり取りにも参加せず、ひとり考え込んでいたレミアが、分かったと片方の拳で、片方の手のひらを軽く叩いた。 

「実はな。近頃騒いでいる下級生が居るのだ。士官学校の間は無理だが、正規の軍人となった暁には、ヴァイントの息子ナジェルのラトレイア・パートナーとなってみせる、運命の出会いをしたのだから当然だと言って歩いている、迷惑な輩がな」 

 そうか、あやつか、と眉を顰めるレミアに、フレイアも怪訝な表情になる。 

「まあ。それほどの才能の持ち主ですの?」 

「いいや。気になって調べたが、然程ではないな。パトリックの娘の足元にも及ばぬ」 

「運命だと、ラトレイア・パートナーを目指すの?」 

 きょとんとして聞いたサヤに、またもレミアとフレイアが憐れむような目を向けた。 

「いいですか、パトリックの娘サヤ。この国では、婚姻相手は国が決めます。となれば、共に居られる選択肢として、軍人はラトレイア・パートナーに浪漫を求めるものなのです」 

「フレイアとレミアも?」 

「わたくしは、運命の出会いというものを、そもそも信じていません。単にその時、気持ちが高揚していたとか、そういったことなのでしょう」 

「我も同じく、だな」 

 ふむふむと頷き言ったレミアに、サヤが目を見開く。 

「じゃ、じゃあ、運命の相手と婚姻したい、とかは、思わないの?」 

「はあ。婚姻相手は国が決めるのですよ?そんな、不毛な」 

「我は、もとより婚姻の意思がない」 

「え!?ね、ねえレミア、それは運命の相手とだったら、違うのではないの?運命の相手と添いたいから、国が決める婚姻は嫌という意味なんじゃ」 

「違うな」 

 言い切り、レミアはそっと周りを窺った。 

「パトリックの娘サヤ。あまり、大きな声でそのような話をするでない」 

「そうですわよ。はあ。ファラーシャの娘レミアに言われるなんて、よほどですよ、パトリックの娘サヤ。国に意見するような言動を取るなんて」 

「あ・・・ごめん」 

 確かにそうだった、考え無しに話をしてしまった、とサヤは首を竦める。 

「まあ、誰も我らの会話など聞いておらぬがな」 

「ですわね。それにしても、演奏が始まる前からこの人気。演奏を終えた後、彼らはここまで転移するしかなさそうですわね」 

「囲まれてしまいそうだものね」 

 フレイアの言葉にサヤが大きく頷いた時、その話題の三人が舞台へと姿を現した。 


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