トルサニサ

夏笆(なつは)

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23、父のような存在

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 他者の力に包まれ、他者の能力に頼って転移する。 

 そんな、幼少期以来の懐かしい感覚に身を預け、目を閉じていたサヤは、その優しい繭から出るように転移先へ着いたのを感じ、目を開けた。 

「大丈夫か?サヤ」 

「うん。ナジェルの力って、あたたかいわね」 

 うっとりと言ったサヤは、名残の心地よさに息を吐き、その現状に目を見開いた。 

「ナジェル!待って!」 

 転移した先は、救護室の扉の前。 

 そして今、ナジェルがその扉を迷うことなく開けようとするのを見て、サヤは全力でそれを止める。 

「どうした?」 

「え・・えっと、だから、私・・・本当に何ともなくて」 

 ぴりっとなったナジェルの空気にしどろもどろになったサヤが言えば、その藍色の瞳が益々細められた。 

「サヤ。そんなことを言って回避しようとしても無駄だ・・・ん?もしかして、薬が苦手だとか、そういった理由で逃げたいのか?」 

 『それは駄目だぞ。きいてやれない』と子供相手に言うように宥めるナジェルに、サヤはぶんぶんと首を横に振った。 

「苦い薬は確かに嫌いだけど、今はそうじゃなくて!本当に、何ともないの!」 

「そんな赤い顔で何を言う。分かった。僕からも、なるべく苦くない薬を頼んでやるから」 

「だから違うの!」 

 器用にサヤを片手で支え、そのまま扉を開こうとするナジェルを、サヤはその腕を掴むことで何とか止める。 

「サヤ」 

「本当に何でもないの」 

「だから、そんな赤い顔で言っても信憑性は皆無だと言っているじゃないか」 

「・・・・・恥ずかしいから、だから」 

「え?」 

「この体勢が恥ずかしいから、赤くなっているだけなの!」 

「・・・・・」 

 自棄になったように叫んだサヤに、ナジェルが絶句して固まった。 

「ナジェル・・・おろしてくれる?」 

「サヤは、この体勢が恥ずかしいのか?それは、僕が相手だからか?」 

 ナジェルの腕からおりようとするサヤを留めて、ナジェルが深刻な顔で問う。 

「ナジェル相手だからっていうか。慣れていないから」 

「そうか」 

「ナジェルは、平気そうね」 

「サヤだからな」 

 きっぱりと言って、ナジェルはそっとサヤを下ろした。 

「ありがとう」 

 

 ふーん。 

 私だから、か。 

 運命相手なら、動揺してそれどころじゃない、ですか? 

 はい、はい、ごちそうさま。 

 

「本当に体は問題無いんだな?」 

「まったく、問題ございません」 

 運命相手のナジェルはどうなるのか、などと考え、にやけそうになっていたサヤは、おどけて言って、その口元の緩みをそのせいにする。 

「何だか、嬉しそうだな」 

「うん。ナジェルは、私だと平気なんだな、って」 

  

 誰なら、平気じゃないのかな、って。 

 

「ああ。サヤなら、何も問題無い」 

「ふふ。ありがと。それから、巻き込んじゃってごめんなさい」 

 面倒をかけた、と頭を下げるサヤに、ナジェルが優しい笑みを浮かべた。 

「いや。辛くないなら、良かった」 

「お世話かけました。で、これからナジェルはどうするの?結果発表の所へ戻る?」 

 『そういえば、級友たちとの時間を邪魔してしまった』と改めて謝罪するサヤに、ナジェルは問題無いと首を横に振る。 

「そんなことは気にしなくていい」 

「でも」 

「本当に大丈夫だ。それより、サヤの方こそ大丈夫なら、食堂へ行かないか?」 

 「あ、それはいいわね」 

 夕食には少し早い時間だけれど、食堂は既に開いている。 

 つまり、いつもより混んでいないに違いないと、サヤは一も二もなく賛成した。 

「では、行くか」 

「ねえ、ナジェル。歩いて行かない?」 

 サヤの提案に、ナジェルが、ふっと笑う。 

「歩きが、気に入ったのか?」 

「うん。何だか気持ちがいいから。でも、ナジェルが嫌なら」 

「嫌じゃない。サヤとの散歩は、とても楽しいからな」 

「じゃ、行きましょう」 

 揚々と歩き出し、サヤはうきうきと空を見上げた。 

「凄く、きれいね」 

 食堂のある棟へ移動するため出た外には、夜へと向かうオレンジの世界が広がっていて、サヤは思わず大きく息を吸い込む。 

「ああ」 

「窓から見るのと、こうして空気を感じるのとでは大違いね」 

「そうだな。外の世界は、景色それ自体が何等かの音を奏でているようだ」 

「ナジェルってば、詩人」 

「サヤといるからだろう」 

「私といるから?」 

 言われた言葉に首を傾げたサヤは、ナジェルの耳が赤くなっていることに気が付いた。 

「分かった。詩人、って揶揄ったと思ったのね?違うわよ。本当にそう思ったの。それに、誉め言葉のつもりだったわ」 

「いや。僕は、サヤといると詩人に・・・いや、何でもない」 

 もごもごと何かを言いかけ、やめたナジェルを不思議そうに見てから、サヤはもう一度空を見上げる。 

「それにしても、懐かしかったな」 

「懐かしい?何がだ?」 

 やわらかな表情で言ったサヤに、今度はナジェルが怪訝な顔を向けた。 

「さっき、ナジェルが私を連れて転移してくれたでしょう?ああいうの、子供の頃以来以来だったから」 

「なるほど。言われてみれば、そうだな」 

 納得と頷き、ナジェルはサヤを見る。 

「私が未だ瞬間移動できなかった時に、父さんがよく抱いて跳んでくれたなって。もちろん、母さんもしてくれていたんだけど、ナジェルだからかな。より、父さんを思い出しちゃって」 

「父さん、か。それは、どういう意味でだ?」 

 照れたように言うサヤに、ナジェルが何故か眉を寄せた。 

「意味、って。ぬくもりっていうか、安心感っていうか」 

「まあ、悪くはないが。しかし、父さんか」 

 顎に指を当て、考え込むナジェルにサヤがにこりと笑いかける。 

「あ!そんな表情も、ちょっと父さんに似ているかも!意識したからかな、そんな風に見えるのは」 

「・・・光栄なのか、それとも・・いや、それほどに意識されていない、ということか?」 

「ふふ。何だか、父さんに会いたくなっちゃった」 

 ぶつぶつと言い続け、考え続けるナジェルの横を歩きながら、サヤは、故郷の両親に思いを馳せていた。 

 
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