トルサニサ

夏笆(なつは)

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22、策略

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「・・・でも、二位なのね」 

 ナジェルから頼りとされたい。 

 そのためにも、と万年二位からの脱却をと誓ったサヤだったが、結果は付いて来なかった。 

 決意から間もなく行われた学術の小試験の結果を確認しに来たサヤは、その淡く光る掲示板の前でがっくりと項垂れる。 

 

 かつてなく頑張ったのに、やっぱり二位とはこれ如何に。 

 はっ。 

 もしかして、私ってただの馬鹿だったのでは。 

 

「サヤ。見に来ていたのか」 

 ナジェルに、万年二位なのは無気力なせいのように言われ、その気になってしまったが、もしやあれがそもそもの自分の限界なのでは、と思うサヤに、やけに嬉しそうな声がかかった。 

「ナジェル」 

 喜びに満ちた気配に振り返れば、そこには予想通り、満面の笑みを浮かべるナジェルが立っている。 

「膠着からの脱却、おめでとう」 

「え?変わらずの二位だけど?」 

 脱却など出来ていない、と、じとっとした目をするサヤに、ナジェルが驚いたように目を見開いた。 

「何を言う。今までの二位とは、まるで違うだろう。確かに順位は変わっていないが、君の得点は伸びているし、こうして試験の結果を見に来たじゃないか」 

「そう聞くと、試験の結果も見に来ないって、もはや不真面目の域よね・・・って、得点?」 

 『大きな変化じゃないか。漸くだな』と自分のことのように嬉しそうに言うナジェルに、サヤは改めて自分の得点を確認してみるも、正直よく分からない。 

 

 得点、って言われても。 

 その時々で問題は当然違うし。 

 そもそも前の得点なんて、よく見てもいないから覚えてなんかいないし。 

 ・・・うーん。 

 ミスした場所に変化があったとか? 

 でも、そんなこと得点だけじゃ分からないし。 

 

「もしかして、己の得点が伸びているかどうかも分からない、そもそも前の得点を覚えていない、などとは言わないよな?・・・なあ?」 

「は・・はは」 

 妙な圧を感じさせるナジェルに、サヤは笑って誤魔化すという悪手を取った。 

「はあ・・・分かったか、サヤ。それが、君の無気力無関心、膠着の最大要因だ」 

「無気力無関心。なるほど。納得だわ」 

 自分の過去の得点と比べることも出来ないなど、士官学校全体でも自分くらいではないか、とサヤは改めて過去の自分を振り返る。 

 決して努力を怠っていたつもりはないが、諦観だの達観だのとナジェルが力説していた 

気持ち、その意味を、ことここに至って、サヤは漸く理解した。 

「だが、こうして得点も伸びたし、結果を見にも来たのだから、大きな一歩だ。何か、心境の変化でもあったのか?」 

「・・・悩みが、なくなったからかな」 

 本当は、ナジェルと並び立ちたい、信頼を勝ち取りたいからが正解だが、今は未だ言うには早いと、サヤはもうひとつ、こちらも要因のひとつといえる事実を口にする。 

「そうか。それは、よかった」 

「ナジェルのお蔭よ」 

 にっこりと笑って言ったサヤは『またお前が一番か』と、級友たちに攫われて行くナジェルを見送り、もう一度試験結果へと視線を移した。 

「珍しいな、パトリックの娘。今回の試験は、興味があったのか?」 

 その時、転移してくる気配を察したサヤがそちらを見れば、予想通りのレミアがいた。 

「まあね。これからは、もっと頑張ろうと思って。それより、どうしてレミアがここに?あ、もしかして行き先違いの途中とか?」 

「そうとも言うが、パトリックの娘に会えたからな。これはこれで、問題ない」 

 言い切って、にかっと笑うレミアに、サヤもまた頷きを返す。 

「そうね。私もレミアに会えて嬉しい」 

「しかし、遂にパトリックの娘がヴァイントの息子にライバル宣言か。これは、これからが楽しみだな」 

「ライバル宣言、って。そんなんじゃないわよ。ただ、もっと頑張るってだけで」 

 大げさな、と苦笑するサヤにレミアがにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべた。 

「ほう。それは、何のために?どうして急に?」 

「ナジェルが色々アドバイスをくれて。私も、そんな風になれたらいいな、と思ったの」 

「漸くか。ヴァイントの息子は、常々パトリックの娘を気遣っていたが」 

 『パトリックの娘は、激似か』と呟き、レミアはサヤを見やる。 

「そうか。ライバルでないなら、パートナーということか」 

「いやね、レミア。私もナジェルも海洋科なのよ?ラトレイア・パートナーにはなれないじゃない」 

 そう言って、からからと笑うサヤを『やはり激鈍』とレミアがため息吐くも、サヤは気づかない。 

「別に、ラトレイア・パートナーだけが、パートナーではないだろうに。ヴァイントの息子も苦労する」 

「レミア?」 

「ああ、いや。パトリックの娘の能力には、我も期待しているのだ。ヴァイントの息子と組めれば、それこそ最強のラトレイア・パートナーにもなれるであろうに。残念だ」 

 心底残念そうに言いながら、ちゃっかり”にも”と他のパートナーになれる点も指摘してみるが、やはりサヤに特別な反応は無く、レミアは重症だと、少々荒療治をすることに決めた。 

「時にパトリックの娘。そなた体調が悪かったりするのではないか?」 

「え?大丈夫だけど?・・・って、ええええ!?」 

 言いつつ額に手を当てて来たレミアに、サヤが怪訝な声を上げた時には、そのレミアに抱えあげられていて、サヤはあまりの驚きに叫んでしまう。 

「ヴァイントの息子!サヤが大変だ!」 

 美少女が同じ歳の少女を横抱きにしている。 

 その衝撃の事実に周りが固まるなか、ひとり駆け出していたナジェルは、レミアがそう叫んだ時には、既にサヤの傍まで来ていた。 

「どうした!?何があった?」 

「パトリックの娘が発熱している」 

「なっ・・ちがっ」 

「暴れるな!我ごと倒れたいのか!?」 

 発熱などしていない、と言おうとしたサヤは、しかしレミアの剣幕に押されてそれ以上の言葉を紡げない。 

「サヤ。熱があるのか。すまない、気づけなかった」 

「違うの、なじぇ」 

「ヴァイントの息子!急いで救護室へ頼む。我は先を急ぐ身ゆえ」 

「分かった」 

 何とか真実を伝えようとするサヤの声は何処にも届かず、おろおろとするうちにも、レミアが指示を出し続ける。 

「いいか、ヴァイントの息子。パトリックの娘は、発熱していて、自力での転移が難しい。だから」 

「ああ。僕の転移で、共に連れて行くから安心しろ。レミア、そのままサヤを抱いていてくれ。サヤだけ共に転移するから」 

 自分が転移する際に、サヤも共に跳ぶようにする、と当然のように言ったナジェルに、レミアの雷が落ちた。 

「馬鹿か!それで、途中で逸れたらどうする?サヤを迷い人にするつもりか!?」 

 迷い人。 

 それは、転移にしっぱいし、何処ぞの空間に置き去られることで、ラトレイアであるサヤには有り得ないとナジェルは思うものの、具合が悪いのだと言われれば、確かにと不安にもなった。 

「では、どうすれば」 

「抱いて跳べばいいだろう。密着していれば、問題ないのだから」 

「っ・・しかし。サヤは女性で」 

「その前に病人だ。ほら、早くしろ!」 

 躊躇うナジェルにサヤを押し付け、レミアは、ぱんぱんと手を打った。 

「では、頼んだぞ」 

「あ、ああ」 

「あのね、ナジェル!」 

「・・・サヤ、すまない。嫌かもしれないが、少し辛抱してくれ」 

 これまでになく近い距離で優しく言われ、周りからはあたたかい目で見られ、サヤは、恥ずかしさと居たたまれなさで、真っ赤になってしまう。 

「パトリックの娘。大事にな。では、我は先に行く。航空科の試験結果を見に行かねば」 

 そう言ってサヤの髪を撫でると、レミアは、その場から移動して行った。 

「さ、僕たちも行こう」 

「あのね、パトリック。私、本当に何ともないから」 

 その逞しい胸に手を突き懸命に言うサヤに、ナジェルは優しい笑みを向ける。 

「そんな赤い顔で言っても、説得力は無いな」 

「赤いのは、その・・恥ずかしいから、で」 

 今も周りから見つめられ『海洋科の一位と二位が』という囁きも聞こえ、サヤは羞恥で益々体が熱くなってしまう。 

「僕にこうされるのは、そんなに嫌か?」 

 心配そうに言うナジェルに、サヤは大きく首を横に振った。 

「嫌じゃないけど。ナジェルだって、恥ずかしいでしょう?」 

「恥ずかしいか。嬉しいが勝るな」 

「え?」 

 照れたように言ったナジェルの、その言葉にサヤが反応するも、ナジェルは気づかないふりで、サヤを大切そうに抱え直す。 

「サヤ。跳ぶよ」 

 ナジェルが言った瞬間、サヤは温かい力に包まれるのを感じ、そっと体から力を抜いた。 

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