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20、勝者
しおりを挟む「諦めろ、って・・っ。おいっ!」
叫び、止めようとするナジェルを気にもしない様子で、レミアはにこにことサヤに向き直る。
「今日の訓練。ヴァイントの息子は、訓練の最中に、珍しくも体勢を崩した。一瞬、痛みに顔を歪めて、な。明らかに様子がおかしかったゆえ、我もその訳を聞いた。で、その理由というのが」
「レミア!本当によせ」
そこまでにしろ、と言うナジェルに、レミアはうるさい羽虫を追い払うように、手を振る。
「うるさいぞ、ヴァイントの息子」
「そうよ、ナジェル。往生際が悪いわ」
続いてサヤにも黙っていろと言われ、ナジェルは一瞬息を呑んだ。
「僕の個人情報だとは、思わないのか?」
「レミアに言えたことなら、私に言っても問題ないでしょう?」
「どうしてそれほど聞きたがるんだ」
「なんでそんなに隠したがるのよ?」
互いに一歩も引かぬ様子のサヤとナジェルを、レミアが楽し気に見守る。
「それはな、パトリックの娘。そなたが関与しているからだ」
そして告げた言葉に、ナジェルが苦い顔をした。
「余計なことを言うな」
「余計、かどうかは、サヤが決めることだと我は思うがな」
「私が関与?・・・一瞬痛みに顔をゆがめて・・・あ!もしかして、あの時!?大きな揺れが来て、落ちて来る本から私を庇ったから」
あの大きく揺れた時、やはり何処か痛めていたのではと言うサヤに、レミアがにやりとした笑みを向ける。
「まあ、そういうことだ。では、今度こそ我は行く」
そう言うとレミアは、言い逃げをするようにその場から姿を消した。
「・・・相変わらず、滅茶苦茶な転移だな。あれで目的地に跳べるのか?」
「目的地、にはどうか分からないけど、一応きちんと、というか、人にぶつからないよう着地は出来るみたい」
能力の波動が乱れ切っている、と言うナジェルに、サヤは常日頃レミアが言っている言葉を伝える。
「それは。目的地へ跳べるよう、訓練すればいいのではないか?」
「しても直らなかったから、諦めちゃったんですって。それより、ナジェル。怪我のこと、どうして黙っていたの?」
「ああ・・それは。別に、どうでもよくないか?」
「よくないわね。誤魔化すのではなく、きちんと教えて」
レミアの転移能力のことで話題を逸らす意図もあったナジェルは、嘘は許さじ、と見上げて来るサヤに降参と両手をあげた。
「分かった。あの大きな揺れの時、多少痛めたらしい。しかし、本当に大したことではないんだ」
「大したことない、って。でも、痛むのでしょう?」
簡単な説明で済まそうとするナジェルに、サヤがぐっと距離を詰める。
「痛むといっても、常にじゃない。ただ、おかしな具合に捻ったらしくて、時折どうかした拍子に痛むという程度だ。心配いらない」
「それは無理よ、ナジェル。心配するに決まっているでしょう?それで、訓練に支障が出たのは事実なんだから」
本当に大丈夫だと言うナジェルに、サヤが眉根を寄せた。
「正直、僕もあそこで体勢を崩すまでになるとは、予測していなかった。レミアの攻撃はかなり激しいからな。思ったより負荷がかかったんだろう」
「それなのに、外出して、雨にまで濡れて・・・ナジェルは、本当に優しいのね」
「え?」
『いきなりどういう意味だ?』と首を傾げるナジェルに、サヤは困ったような笑みを浮かべる。
「だって、今日。私を連れ出してくれたのは、私に大丈夫だって伝えてくれるためでしょう?本当に気持ちが軽くなったもの。ありがとう、ナジェル」
「ああ、いや。それこそ、僕の自己満足だから気にしないでくれ」
「それに、あの時庇ってくれてありがとう」
「それも、当然のことだ。サヤ。この話は、これで終いだ」
きりりと言い切るナジェルに、サヤはくすりと笑った。
「うん、分かった。ありがとう・・・ということで、上着はお預かりします。待ち合わせは明日の朝、食堂前で!じゃあ、今日は本当にありがとう、ナジェル」
そう言うと、サヤは即座に転移する。
これで、自分がナジェルの濡れてしまった上着をクリーニングに出せる、とほっと息を吐き安心したサヤの耳に、ここで聞くはずの無い声が届いた。
「なあ、サヤ。待ち合わせ場所は、ここでよくないか?それで、共に食堂まで行けばいい」
「ナジェル!?なっ。なんで!?」
ちゃんと追跡不可にしたはず、と驚きに目を見開くサヤに、ナジェルが当然、と頷きを返す。
「何で、って。それは、サヤの現在位置を探知すればいいだけの話だし。第一、今は、サヤの行き先の予測が簡単に出来たからだろうな」
くすくすと笑いながら、ナジェルに手にした上着を指さされ、サヤはがっくりと膝を落とした。
「ああ・・やっぱり単純」
「いいじゃないか。誰に迷惑かけるでなし」
心底そう思っている様子のナジェルに、サヤはいやいやをする子のように首を振る。
「でも、何かいや」
「さっきは、単細胞でもいいと言っていたじゃないか」
「単細胞だから、そう言ったことを、もう忘れちゃったのよ」
ぽんぽんと言葉を交わしながら、サヤはため息を吐く。
「ほら、上着を渡せ。僕が出すから」
「それは駄目」
言いつつサヤは、ナジェルの上着から海洋科の記章を丁寧に外した。
「ありがとう。明日の引き取りも僕が来るから問題ない。ここまでしてくれて、感謝する」
当然、外した記章は自分に渡してくれるもの、とナジェルが手を伸ばすも、サヤはそれをぎゅっと握り込んで離さない。
「これは、私がお預かり。そして、受取人も私で!」
そして、呆気に取られるナジェルの前で、サヤはさっさと受け付けを済ませると、にっこりと満足そうな笑みを見せた。
~・~・~・~・~・
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