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17、恋愛結婚
しおりを挟む「ナジェルって凄いわね。異能だと思って、ずっと後ろ向きにしか考えられなかったのに、今はこんなに気持ちが晴れ晴れとしているなんて。ここに来る前の私に言っても信じないと思う」
潮騒を聞きながら海風に吹かれ、ふたり並んで海を眺める。
そんな穏やかな時間のなか、ふたりの足元で楽しそうに風に揺れているのは、あの藍色の花。
「いや。僕は本当にそう思うだけだ」
能力の高さは強みでしかない。
そう言い切った時と同じ目で、ナジェルはサヤを見つめた。
「それでも。最初は、驚いたりしなかったの?」
「最初か。最初というと入学式の時なのだが」
何かを言いあぐねるようにして、ナジェルは空を見上げる。
「入学式!?そんな、訓練も何も始まっていない時に!?」
「あ、ああ」
「でも私、すっごく気を付けていたのよ?絶対、異能かもって言われないように」
それはもう物凄く気を張っていたので、絶対に大丈夫だと思っていたサヤは、結構な衝撃を受けた。
「僕はあの時、人を探していたんだ。ただ、相手は並外れて高い能力を有している筈ということしか知らなかったから、感覚を極限まで高めていて。それで、サヤを知った」
「戦闘時の索敵に匹敵する探知、ってことね。なるほど」
まさか入学式で、それほどの探知を行う人物がいるとは思わなかった、とサヤは首を竦める。
「というか。サヤの能力の高さは、あれが無くても訓練前には感じたと思う」
「え?」
「言っただろう?ある程度の能力の高低なら判る、と」
ナジェルの言葉に、サヤは考えるように頷いた。
「確かに、言っていたわね。じゃあ、私の能力って、それほどじゃないってこと?異能かも、なんて自惚れ?いやだ、恥ずかしい」
「いや。安心しているところ悪いが、それほどじゃないことは無いだろう。僕はあくまで高低が判るだけで、詳細を探知することは不可能なのだから」
「ああ。そこが異常なのだったわ」
あまりに詳細に判る相手の情報、そして先見と言われるような能力。
それを思えば、やはり異能という言葉がサヤの脳裏を過るが、それは不安を煽るというよりも、強みとして捉えられるようになっているのが、サヤには不思議な感じがした。
「私って、単純だったのね」
「別に、悪いことじゃないだろう」
「否定はしないのね」
はあ、とわざとらしくため息を吐き、サヤはちらりとナジェルを見る。
「悪いことではないのだから、いいじゃないか」
「うーん。単細胞か。まあ、いいけど。ところで、ナジェルの探し人って結局私ではなかったということ?」
ナジェルに探される理由がそもそも分からないけど、というサヤにナジェルはこくりと頷いた。
「ああ。違ったよ。本当に安心した」
心底ほっとした様子のナジェルに、サヤは首を傾げる。
「それ、私じゃなくてよかったってこと?どうしてか聞いてもいい?」
「・・・それよりも、サヤ。僕は不思議なことがあるんだ。君は、それほどの能力を有しているのに、何故、万年二位なのだろう」
「さあ。何故かしらね」
不意に真顔になって言ったナジェルに、サヤは渾身の演技力ですっとぼけた。
「何故かしらね、って」
「まあ、いいじゃないの。それはそれってことよ。能力はあっても、生かしきれないって・・あ、雨!」
ぽつぽつと、岩肌に染みていく雨粒を嬉しそうに見つめ、サヤは海面へと視線を移す。
「本当だ。そろそろ、帰るか・・・って、サヤ?」
本格的に降り出す前に。
そう言ったナジェルは、海をじっと見つめるサヤを訝るように呼んだ。
「ねえ。ナジェルは、雨って好き?」
ひと粒、ふた粒。
空から落ちて来る水滴を見つめ、ナジェルは幼い頃を懐かしく思い出す。
「僕は幼い頃、雨が降るのは乾いた大地が呼ぶからだと思っていた。だから、雨が降ると大地が喜ぶと」
「大地が喜ぶ、か。確かにそうかも。私は、雨が歌っているように思っていたかな・・っていうか、それは今もかも」
ふふ、と笑うサヤに、ナジェルは思わず目を見開いた。
「それ。僕の母親が、似たようなことを言っていた。雨は大地と踊っているのだと」
「踊っている、か。素敵なお母様ね」
「いつまでも少女のようでもあるんだ。本当に、父を一途に愛して、今も父が一番好きだと言って憚らない」
もちろんナジェルだって好きよ、と笑いながら言う母親を思い出し、ナジェルは苦笑を禁じ得ない。
「一途か。素敵ね」
「まあ、然もありなんというか。僕の両親は、恋愛結婚だから」
「!・・・そうなの!?」
ということは、ナジェルもやっぱり恋愛体質?
それで、運命と巡り会っちゃうのかしら!?
「ああ。というか、サヤは忌避しないんだな」
「忌避なんてしないわ。素敵なことじゃない」
ここ、トルサニサに於いて、結婚相手を決めるのは政府。
そのトルサニサで、数少ない恋愛結婚、己の想いを貫いて結ばれたふたりに、憧れさえ抱くとサヤは瞳を輝かせた。
「しかしな、サヤ。両親には、それぞれ政府の決めた婚約者が居た。母を雨と例えるならば、母が本来踊るべき相手は、大地ではなく海だったということだ」
母親を雨、父親を大地、そして母の元来の婚約者を海と例えて、ナジェルはじっと海を見つめる。
「海と雨が踊る、か。それもまた素敵よね。だってほら、輪舞をしているようじゃない」
「輪舞、か」
「そして、それは一瞬で、すぐに海と同化してしまう。ねえ、ナジェル。雨だって、降る場所を選びたいかも、って思わない?ナジェルのお母様はきっと、どうしても大地と踊りたかったのよ・・・なんて、偉そうにごめんなさい!さ、本当にそろそろ帰らないと濡れてしま・・・ナジェル?」
ぱさり。
その時不意にナジェルの上着を頭からかけられ、サヤはきょとんとナジェルを見上げた。
「もう少しだけ、一緒に居てくれ」
「分かったわ。じゃあ、ナジェルには私の上着をかけてあげる」
言いつつ、既にして上着を脱ぎ始めているサヤを、ナジェルは慌てて止める。
「大丈夫だ!気にしないでくれ」
「そういうわけにはいかないわ。ナジェルが濡れちゃうもの」
「俺が濡れるより、サヤが濡れる方が問題だろう!・・ほ、ほら、透けたりしたら・・その」
「あ!」
そこで、ナジェルが何を言おうとしているのか気づいたサヤは、慌てて上着を着直した。
「じゃあ、半分ずつ」
「そうするには、背の高さが違う」
「そこは、合わせてよ」
じゃれるように会話をしながら、ナジェルはサヤの弾けるような笑顔を眩しく見つめ、生まれて初めて、自分たちの想いを貫いた両親の気持ちを理解した。
~・~・~・~・~・~・
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