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15、出歯亀の代償
しおりを挟む「パトリックの娘サヤ。貴女に、狩猟者の称号を差し上げましょう」
訓練を終え、更衣室へ移動しようとしていたサヤが、自分の名を呼ぶ聞きなれた声に振り返れば、そこには、きらりと細縁の眼鏡を煌めかせる深紅の髪の級友が居た。
「フレイア。ふふ。野蛮、蛮勇って言っていいわよ?」
事実、そのように見えたに違いないと、サヤはため息と共に呟く。
はあ。
格闘の訓練だったとはいえ、相手を押し倒してしまうなんて。
フレイアだったら、野蛮の極み、くらいは言いそう。
実際、私もそうだと思うもの・・・はあ。
「パトリックの娘サヤ。貴女、なかなか面倒な性格をしていますね。ザイン出身アクティスの、あのような表情を引き出したのです。卑屈になるのはおよしなさい」
「え」
故意ではなかったとはいえ、我ながら頭が痛いと思うサヤは、つんとした表情のフレイアに言われ、ぽかんとしてしまった。
「ですから、そのような間抜け面はおやめなさい。あのザイン出身アクティスから、一本取ったのですよ?もっと自分を誇りなさいな。まったくもう」
「え・・・でも、押し倒してしまって」
「格闘の訓練だったのです。お互いに本気で臨めば、そういう事もあるでしょう」
「フレイア・・・ありがとう」
認めてくれたようで嬉しい、と気持ちの浮上したサヤの視界に、ふわふわとした桃色の長い髪が入り込む。
「あ、レミア」
「はあ。ファラーシャの娘も、なかなかですよね。見た目は完璧な美少女なのに、あの中身」
フレイアがため息を吐くほどに完璧な容姿をしているレミアは、しかし自分の姿になど頓着しない。
今も、多くの男子学生の視線を集めていながら、そんな彼らを気にする様子もなく、レミアは一心に目の前のナジェルを見上げていた。
「ヴァイントの息子。貴様本物の紳士だな」
「普通だろう」
弾んだ声で話すレミアを、優しく見つめているナジェル。
ナジェルも整った容姿をしているため、なかなかお似合いのふたりとも見える。
うーん。
ナジェルの運命は、誰なのかな?
あの彼女と、いい感じなのかと思ったけど。
「今日の訓練。ヴァイントの息子ナジェルと、ファラーシャの娘レミアが組だったようですから、そこで何かあったのでしょう。サヤが悩むようなことではありませんよ」
どちらがナジェルの運命なのだろう、ああこれではまた出歯亀とナジェルに疎まれてしまう、と思いながらも思考から消せないサヤに、フレイアが優しい笑みを浮かべた。
「そうよね。私には関係無いのだもの。でも、何か気になってしまって」
「無理もないでしょう。それに、パトリックの娘サヤ。貴女に無関係ということは、ないではないですか」
「え?」
ナジェルの運命がどちらか、否、誰であっても自分に関係ないのでは、と思うサヤがそれを言葉にする前に、レミアが大きな声でサヤを呼びながら近づいて来た。
「おお、パトリックの娘!今日は大活躍、大金星だったな!」
「確かに。あの、ほぼ無敗のアクティスを倒すなんて、凄いじゃないか。女子では初の快挙だろう」
そして当然のように、ナジェルもにこにこしながら歩いて来る。
ど、どうしよう、気まずい。
けど、ナジェルは何でか普通ね。
レミア効果かな。
あの、出歯亀事件で未だナジェルに気まずい思いを抱いているサヤは、心のなかでレミアに感謝した。
「ふたりとも、お疲れ様」
であれば、サヤとしても好都合、これを機会に関係を修復、といつも通りの笑みを浮かべてふたりを迎え入れる。
「サヤもお疲れ。見事な戦いぶりだった」
「あ、ありがとう」
心底そう思ってくれているらしいナジェルの藍色の瞳を見ていると、サヤはどうしてもアクティスの瞳、氷の薄蒼を思い出してしまう。
『先見でも出来るのか?』
けれど、いつも冷たいアクティスの瞳は、あの言葉を発した時にも熱があったとサヤは回想する。
「流石は、パトリックの娘だ。ザイン出身相手に大活躍だったではないか。見ていて胸がすうっとした」
サヤの腕を取り、自分の事のように言うレミアの屈託の無い笑みに、周りの男子学生が釘付けになるも、やはりレミアは気にした様子もない。
その事実に、サヤとフレイアは一瞬目を合わせて肩を竦めるも、レミアに何を言うこともなく、彼女の話に乗った。
「そういう貴女は、どうだったのです?ファラーシャの娘レミア。座学はともかく、体術はそれなりだったように記憶しているのですが」
細縁の眼鏡を押し上げる動作さえ、無駄を省いているかの如く洗練されたフレイアの動きに、サヤは思わず見惚れてしまう。
フレイアの所作って、本当にきれいよね。
見倣ったら、私も少しは近づけるかしら。
「ふんっ。相変わらず嫌味な女だな、ガウスの娘。今日の我の相手は、ヴァイントの息子だったのだぞ?海洋科主席に、我など敵いようもないではないか。まあ、それでもいいことは、あった」
むくれたように言いながら、それでもどこか嬉しそうなレミアに、サヤは首を傾げた。
「レミア、何か嬉しそう。何かいいことがあった?」
確信しつつもそう問えば、レミアが大きく胸を張る。
「パトリックの娘のお陰だ」
「え?どういうこと?」
ナジェルと訓練していて、何か嬉しいことがあったのよね?
それって、運命に関する何かじゃないの?
なのに、どうして私の名前が出るの?
意味が分からない、と混乱するサヤに、レミアがぴとりと張り付いた。
「ふふん。知りたいか?」
「焦らすのはおやめなさい、ファラーシャの娘レミア」
細縁眼鏡を持ち上げて言うフレイアに、レミアがべっと舌を出す。
「知りたいのなら、知りたいと素直に言えばよいものを。本当にガウスの娘は嫌味だな」
「貴女のように、単細胞ではないもので」
ああ言えばこう言う、の見本のようなふたりを見て、サヤは、これも友情なのではと感じる。
なんだかんだ言って、気が合っていると思うのよね。
フレイア、嫌だと思った相手には視線も寄こさないから。
「ああ。こういう時に、相手を限定した思念会話が出来るといいのだがな。ガウスの娘を焦らしたまま、パトリックの娘に真相を話すことが出来る」
「何を言っているのです、ファラーシャの娘レミア。普通の思念会話でさえ出来ない貴女に、そのような高度な真似、望むべくもないでしょうに。ああ、因みに、わたくしは出来ましてよ?」
「ふん。体術なら貴様に負けぬ」
「それ以外は、わたくしの勝ちですけれどね」
胸を張って勝ち誇るレミアに、きらりと光る眼鏡の光度をあげたようなフレイアが、女帝のような表情で言い切った。
「何を言う。能力総数値なら、我も負けてはおらぬのだぞ」
「それ故に、他者が迷惑を被る事も多いですわね」
激しくなる応酬に、流石にまずいとサヤはふたりの間に割り込む。
「ね、ふたりとも、そのあたりで」
「パトリックの娘サヤ。少し黙っていてください」
「パトリックの娘。危ないから、下がっていろ」
しかし、フレイアとレミアに同時に視線を向けられ、同時に言い切られて、ふたりの共同作業により、ひょいと場所を移動させられてしまった。
「やっぱり、仲いい」
《サヤ。この後、少し時間をもらえないか?》
何という息の合い方か、と苦笑したサヤは、不意に自分に向けての思念を受け取り、焦ってしまう。
《大丈夫よ、ナジェル》
完璧に制御され、サヤだけに届くような思念に、レミアはもちろん、フレイアでさえ気づけはしないだろう、と思いつつ、サヤもまた丹念に思念を練り上げ返事をした。
《なら、少し付き合ってくれ》
《了解》
ああ。
あの出歯亀事件のことね。
もちろん、と返事をしつつ、その内容に思い当たりがあるサヤは、有耶無耶にはできないか、と人知れず顔を引き攣らせた。
~・~・~・~・~・~・
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