トルサニサ

夏笆(なつは)

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12、揺れ。それはすべての兆候。

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「サヤ。これなんかどうだろう」 

 その日、ナジェルとサヤは、士官学校の敷地内にある巨大な図書館で、ずらりと並ぶ書棚を前に、真剣な顔でバルトに教えるのに使う教書を選んでいた。 

「・・・うん。これならバルトの実力がどのくらいかの判断も出来ると思うし、いいんじゃないかな」 

 渡された書籍を見て、サヤはナジェルの教師としての能力の高さを知る。 

 自ら言い出した事とは言え、こうして教書まで選んで臨む姿勢は立派だと思う。 

「そうか。ならこれにしよう。買ってしまった方がいいよな?」 

「と、思う」 

 図書館の蔵書は、もちろん貸出もしている。 

 けれど、ここ士官学校では、欲しいものは取り寄せて買い物ができるシステムがある。 

 必要な物は支給されるのが基本で、外へ買い物へ行くということはせず、士官候補生達は卒業するまでの三年間を閉塞的な環境で過ごす。 

 異例は、士官学校の周りにある街か、シンクタンク側にある街への外出だが、そんな事をせずとも、この図書館のように幾つかある施設で気に入ったものがあれば購入申請をすれば新品が手に入れられるシステムが確立しているため、余り必要とはされていない。 

「よし、じゃあ行くか」 

 選んだ数冊を手に、ナジェルが笑顔でサヤを振り返った、そのとき。 

「・・・っ」 

 突如として起こった轟音と激しい揺れに、サヤは大きくバランスを崩した。 

 視界に入るのは揺れる世界と、雪崩落ちて来る書籍の数々。 

「サヤっ」 

 何とか踏み止まろうと棚へ伸ばした手を引かれ、力任せにナジェルに抱き竦められた、と思った時には、サヤは書棚の間から抜け出していた。 

「ナジェル!」 

「サヤ!怪我は無いな!?」 

「大丈夫。ありがとう。ナジェルこそ、怪我は無い?」 

「ああ。問題ない」 

 崩れ落ちて来る書籍に埋まる寸前、ナジェルによって瞬間移動したのだと理解したサヤが、感謝の言葉を口にする間も、揺れが完全に納まらない。 

 館内のあちらこちらで上がる、書籍が崩れ落ちる音と悲鳴、そして次々書棚の間から転がり出て来る人々の姿に、サヤは恐怖を抑えきれない。 

 見れば、自分たちが居た場所は、書籍が乱雑に散らばり、書棚も倒れかけている。 

「サヤ」 

「ごめんなさい、ナジェル。震えが止まらないの」 

 慣れない事とはいえ、士官候補生としてこれでは失格だと、サヤは自らを叱咤した。 

「謝ることは何もない。かく言う僕も、このような揺れは初めての経験で、動揺している」 

「うそ。とても落ち着いているじゃない」 

 自分とは大違いだ、とサヤが床に座り込んだままに言えば、ナジェルが困ったように眉を寄せる。 

「それは、サヤが居るからだろう」 

「え?ナジェル、それって・・・・あっ」 

 ナジェルの言う意味がよく分からず、思わず聞き返したサヤは、その時、か弱い声を聴いた。 

《たすけて・・・》 

「どうした?サヤ」 

「今、助けて、って聞こえたわ。誰か、逃げ遅れてしまったのかもしれない」 

 言いつつ周りを見れば、皆、放心したように床に座り込んでいて、サヤのように誰かの声に耳を傾ける様子は無い。 

「どちらの方から、聞こえた?」 

「あっちよ」 

 迷わずに言い、サヤは立ち上がると歩き出した。 

「気を付けろ。また揺れるかもしれない」 

 サヤを護るように歩きながら、ナジェルも周りを見渡す。 

「怪我をした者はいないか!?動けない者は!?」 

《こ・・ここ・・・!》 

「ナジェル、あそこ!」 

 幾つめかの書棚、その書籍の山の下から声が聞こえると、サヤは慌てて駆け寄った。 

「誰かいるのか!?聞こえるか!?」 

「た・・け・・て・・」 

「ああ!今、出してやる!頑張れ!・・・サヤ、僕が書棚を抑えるから、この書籍をどかしてくれるか?」 

「分かったわ」 

 ナジェルが能力で書棚を支え、サヤは能力で書籍を移動させる。 

 その分担により、ふたりは無事、書籍の山の下から一人の女学生を救出した。 

「ありがとう・・ございます」 

「動ける?」 

「へいきで・・・っ!」 

「ああ、無理はするな。サヤ、広場へ跳ぶぞ」 

 そう言うとナジェルは彼女を抱き上げ、そのまま移動して行った。 

「え?私は、もう少しここで・・って、聞いていないわね。珍しく慌てていたから」 

 怪我人を収容したのだから無理もない、と思いつつ、サヤは、ナジェルに抱き上げられた彼女の、その瞳の熱を思い出す。 

「あれが、運命の出会い、というやつかしら」 

 トルサニサでは、恋愛結婚などあり得ない。 

 それでも、その言葉があるのは、実際にそれを果たした人物たちが居るからで、サヤもそういった話を聞いたことはある。 

 そのきっかけとなるのに、今のは充分だったのではないか、と思いつつ、サヤは現実に目を向ける。 

 いずれにせよ、彼女にはナジェルが付いているのだから何も問題ない、とサヤは荒れ果てた図書館内を見た。 

 恐らく、逃げ遅れた者は他にもいるだろう、その状況。 

「動けない人はいませんか!?思念でもいいですよ!」 

 いつも整理整頓が行き届いていた面影など、微塵も無くなってしまった図書館を歩きながら、サヤはそう声をあげる。 

「こっちだ!こっちに、書籍に埋まって動けない者がいる!」 

 その声に答えるよう、救助を求める声がかかり、サヤを含め、複数の学生が集まった。 

「まず、書籍を移動させて、あちらに積み上げましょう」 

「ああ」 

「わたしも、協力します!」 

 サヤは、その場に居合わせた者同士、そして駆け付けた教員たちと共に、書籍を一定の場所に積み上げ、怪我人を収容し、と救助に奔走した。 

 

~・~・~・~・~・
しおり、ありがとうございます。
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